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鳥肌が止まらない


いま、正に、原爆ドームをみながら書いている。


広島は、人生で1度は来たかった場所。

いや、来なければならないと思っていた場所。


広島駅からあるいて向かうと、高いビルや商店街、お洒落なカフェに昔ながらのお店、とにかくたくさんの人と建物が目に入ってくる。


しばらく歩いて商店街をぬければ、
スッと空気が変わる。


すぐに橋が見えて、渡ってる途中に原爆ドームが目に飛び込んできた。


あれか。









平和記念公園に着いてから、鳥肌が止まらない。

一つひとつの記念碑やモニュメントを
見つけては鳥肌が立ち、
説明書きを読んでは鼻の奥がツーンとする。




資料館は完全予約制で、今日のチケットは終了。

せっかく来たのに資料館に行けない現実に苦笑いしつつも、それだけ多くの人がたのしい4連休中に、原爆や戦争という凄惨な過去に向き合おうとしてることに、なんだか嬉しさを感じる。





秋の到来を感じさせる風が吹いて、
青空が広がり、
子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

セミの鳴き声と木々の葉が揺れる音がひろがり、
戦死者や犠牲者を弔う。


先人たちは、この光景を望んだだろうか。

それとも、アメリカを殺すことを望んだだろうか。







終戦から75年、日本の戦争を経験した人は、もうそろそろいなくなる。
事実はもうほとんど、史実に変わっている。



生きている親戚のなかでただひとり、戦争を経験している祖母は「当時は焼夷弾が空から降ってきてねぇ。」と笑って話していた。
本当かどうかはわからないが、焼夷弾が降ってきた後、その火で焼き芋を作ったという話もきいた。

ぼくらは、戦争をただただ悲惨なものとしてとらえる。
ただ、祖母は笑って話していた。ぼくらの世代が戦争を学ぶとき、必要以上にシリアスになる必要はないのかもしれない。

そうであるならば、戦争の悲惨さを学びながら、その悲惨な戦争を生き抜いた人間の強さを知りたいとおもう。




まもなく、日本人にとって戦争は史実になる。

だけど、世界では今もどこかで争いが起こっている事実がある。
その人たちにとっては争いがあることが日常で、ないことが非日常もする。




話も考えもまとまらないが、

日本人として、ここに来られてよかった。


そして、ここに来て、

こういう風に感じられるように育ててくれた、家族と社会に感謝をしたい。

こういう風に感じられるように成長した、自分を誇りに思いたい。





2020年9月21日
しっぱいノート205日目
えだちゃん。

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