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死生感

「だからさ、自分は結局 違う人の彼女になったよ、とか浜崎あゆみのmの歌詞と同じなんやて」

サムギョプサルとサンチュの向こう側にいる、40歳の男が私に絶えずそう言う。次のドラマの取材で、大学教授の授業の話を聞いてきたんだという。

「私その両方知らない」
「検索したら出てくるから読んでみ?」

私こんなに未練タラタラじゃない。こんな人たちとは違う。

「元カレは、って話してる時点でこの人らと同じやって。比べてるんやって。後悔があるんやろ?人生の先輩として言うけどさ」

目の前の人が言ってることは間違ってはない。3ヶ月前にも同じことを言われて症状が再発した。だけどいくら後悔したって、覆せない過去くらいあるでしょ?

交通事故とか病気とか、そういうのと同じもんだと、もう整理をつけたんだ。避けられたのかもしれないけど、結果的に避けられなかったこと。受験に失敗したとか、就職に失敗したとか、そういうことと同じかもしれない。いや失敗ではないから違うのかもしれない。こればっかりは人と人の人生の話だから、もう事故としか言いようがない。衝突事故。

自分にまだ残された道があるだけ良いではないか。
その道を自分の正解の道にすればいい、その道を精一杯歩いて幸せになればいい、周りを幸せにできればいい、それだけの話だ。所詮人生なんてあと60年。どんどん加速していくらしいんだから、あとちょっとだ。所詮死ぬんだ。人生にこだわりを持ちすぎるから人は苦しむんだ。なるようになるし、もう、なるようにしかならないんだ。

自分が進んだ道を信じて、それを彩っていくしか正解は無い。後ろを振り返って、ああだこうだと言っていれば、結局その道すらなくなってしまって、また事故が起こるかもよ。

親のことは、来たる未来の心配事。わかってたこと。できることをすれば良い。誠心誠意全部できることはする。それだけ。



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