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“まれびと”との遭遇 西九州と家船 梅木誠太郎

 ぱんっ!! モルタルの床に叩きつけられた何かの破片が足元に飛んできた。ついさっきまで照明のセッティングをしていた赤いスカートの女性が、こっちを向いたかと思うと、手に持った丸い物体を投げつけてきたのだ。なんなのなんなのなんなの!? ”犯人”がこちらに歩み寄ってくる。えっえっえっ…。勝手に高まる緊張感。”犯人”は横を通り過ぎ、観客の一番奥で見守っていたこの空間のオーナーの前まで行く。「この後の食事についてなんですけど」。重苦しい空気に包まれた会場に、この上なく”日常”なテンションの声が響いている。今、オレ、令和史上、最高に混乱している…。

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■”事件”は日常の間にある

 落ち着いて状況整理。ここは佐賀県有田町。焼き物の街だ。牛舎を改装したスペース。オーナーは「雑貨屋」だといっているが、置かれているものはプラスチックの玩具や古いゲームといった、ちょっと謎なものばかり。工事が終わって数年になるが、正式にはオープンしていないようだ。
 パフォーマンス2日前、隣接しているカフェに遊びにいったら、オーナーに今回のことを教えてもらった。その日は会場の隣で「感染対策を十全に実施」した上で、友人と配信ライブを見る予定。アーティストの名前もどういうプロジェクトかも聞いてないけど、あのオーナーが自分の空間でパフォーマンスを許してるんだから間違いないはず。
 そして当日。オーナーと一緒に会場へ向かう。辺りはぼんやり暗くなっている。ガラス越しに見える会場にはすでに数十人の観客がいて、置かれたオブジェを熱心に見つめていた。駐車場に停められた車のナンバーから推測するに佐賀県外からが多数のようだった。
 会場に入ると、床に不思議なオブジェの数々が置かれている。この空間の住民である”商品”と共鳴していて、元々ここにあったかのような佇まいだ。どこからが作品でどこからが商品なんだろう。散乱といっても良いような状況なのだが何らかのルールを感じる。特に入口側に置かれた小さな注連縄からは独特の緊張感が伝わってくる。そんなことを考えながら会場にいたら謎の破裂音だ。
 日常の延長にあり、日常を変容させてしまう”暴力”。「今から割りますよー」的な仕草をすることもパフォーマンスの選択肢としてあったと思う。事前に分かっていれば身を守ったり、覚悟を持ってそこに立つことができる。安全だし、表現としてもメリハリが効いている。ほとんどのアーティストがそっちを選ぶとも思う。
 今回はそうではなかった。「準備」、「破裂」、「連絡」が特に抑揚もなく連なっていた。”日常”と”事件”がシームレスだった。だからこそ恐怖を感じたのだ。そういう意味ではまさしく「テロ」。巻き込まれる側になんの心構えも許さない。そして、それを経験してしまった後は、風景の見え方も変わっていく。
 散乱した磁器の破片を慎重に避けつつ、再びオブジェたちを見る。以前は空間と同化するくらい息を潜めていたのに、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」に出て来るスタンドのような不思議な生命感が漂い出す。動き出しそうでヤバイ。

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■結構わんぱくだった家船

 ここに至り、ようやくプロジェクトの公式サイト https://ebune.net/ を見る。会場となった「GENIUS LOCI(ゲニウスロキ)」と覚しき建物の前で一つ目の妖怪?が手に赤くて丸い何か(その後、有田で戦時中に作られていた磁器製手りゅう弾を模したものということが分かった)を持っている。プロジェクト名はなんと「EBUNE(家船)」!!! 実は個人的に「家船」にはずっと興味があった。「家船」とは陸に上がらず船の上で生活していた漂流漁民のこと。1960年代まで日本に存在していたという。今回のプロジェクトは瀬戸内国際芸術祭2019の一環として、香川・女木島(めぎじま)で制作された作品からスタートしている。実は瀬戸内海と並ぶ家船の一大拠点が長崎県西海市大瀬戸。有田から車で1時間ほどのところにある東シナ海に面した港街だ。個人的なルーツがこの辺りであることが数年前に分かり「家船」についてもちょっと調べ始めていた。
 西海市大瀬戸町歴史民俗資料館には家船の1/3スケール模型が展示されている。帆が2本。船倉の船尾側には煮炊きができる設備があり、船首側は畳が敷かれ居住スペースとなっていたようだ。コンパクトだけど居心地は悪くなさそう。同資料館で同じようにフューチャーされている展示が「石鍋」。大瀬戸がある西彼杵(にしそのぎ)半島には石鍋製作遺跡が数多く残されている。原材料の滑石(かっせき)は加工しやすく保温性が高いので煮炊き用の鍋として重宝されていたそうだ。平安時代から室町時代にかけて生産されていて、12世紀始めの記録では「石鍋4個で牛1頭」の価値があったらしい。現在でいうと数10万円くらいのイメージ? 近畿から沖縄まで広く使用されていたことが知られていて、その流通の一旦を担っていたのが「家船」の人々であるという説があるようだ。
 在野の民俗学者・谷川健一は著書「甦る海上の道・日本と琉球」 (文春新書、2007年)の中で「家船はばらばらに存在したのではなく、統率する首長の下に、掟を守って集団として暮らしていたことが分かる。この統率された家船集団は軍事行動のさいにすぐれた能力を発揮した」と書いている。素潜りを主な漁法としていた家船の人たちは海中から敵船に穴を空けることで大きな戦果を得ていたという。実際、戦国時代、戦に参加した功績として領内の漁業権を得たとする「由緒書」が同資料館に展示されていた。いつ海賊に襲われるか分からない海域で高価な石鍋を運ぶのに、軍事的能力もある「家船」ほど適した存在はいない。軍事集団であれば、いきなり手りゅう弾を投げてきても不思議ではない。むしろそっちが正しい。
 石鍋についても今回のプロジェクトと奇妙な一致がある。製作遺跡のひとつに「目一つ坊製作所」という場所があったのだ!! 公式サイトに登場した一つ目妖怪?とシンクロしている!!! 元新聞記者で郷土の歴史を掘り起こしている東靖晋は著書「西海のコスモロジー 《海人たちの時間と空間》」(弦書房、2014年)の中で、前述の谷川の説として鉄や銅を製錬する人たちの職業病に由来した「目一つの神」の伝承を紹介している。「長い年月、彼らは炉の炎を見つめながら作業してきたせいで、いつの間にか一眼を失った者が多く、その果てに『神』と崇められるようになった」というのだ。そして同地は昔から入山すると必ず「たたりがある」とされていたという。金属製錬という”秘術”を持った集団の存在がそこに感じられる。 

■「元アート」という”秘術”

 「芸術」が「街おこし」のツールとして使われるのが当たり前になった現在、「アート」は何にでも使える便利な言葉として消費されていく。地域の課題を掘り起こし可視化することは大事なことであるが、それを「アート」と呼ぶのは正直気持ち悪い。テーマの発見だけで終わるものや、展示のセンスの良さだけで見せるものが多い気もする。それでは地方をお題とした”大喜利”ではないのか。”かつてアートとされていたもの”に期待していたのは「訳の分からない強さ」じゃないか。理解できなくても体験した人の心に淀み、血肉の組成を少しずつ変えていくような錬金術。何げなく放たれた”手りゅう弾”が居合わせた人の日常を少し溶かし、そのインスピレーションが現実と奇妙にリンクしていく。呪術的空間が日常と地続きに存在している。そう実感できることこそ「元アート」が持っていた大きな魅力じゃなかったか。
 「元アート」という”秘術”を載せた「EBUNE(家船)」が”まれびと”として、どんな”事件”を起こしていくのか。今後の航海が楽しみです。


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うめき・せいたろう 
1975年、長崎市生まれ。佐賀の地元新聞社で10年勤務した後、フリーマガジンの編集長を務める。2020年、コロナとかいろいろあって完全フリーに。2015年、チェルフィッチュ「女優の魂」佐賀公演、ジョン・ダンカン佐賀・鹿島公演をサポート。2019年、佐賀・有田町のゲニウスロキで「MINING〜ジム・オルーク✗石橋英子✗日高理樹」を主催。そのほか、地元洋菓子店のデザインをやったり、福岡で1カ月限定のおでんやさんやったり。原研哉とナガオカケンメイのどこが良いのか分からない。http://umekiseitaro.com/


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見出し画像:三毛あんり
EBUNEウェブサイトにて漫画連載された、三毛あんりによるEBUNE佐賀・有田漂着より抜粋。
https://ebune.net/replaysaga1/
https://ebune.net/replaysaga2/
https://ebune.net/replaysaga3/

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『EBUNE 佐賀・有田漂着』レポート  じょいとも
レビューとレポート第25号(2021年6月)
https://note.com/misonikomi_oden/n/n5423bb500e6d

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EBUNE 佐賀・有田漂着アーカイブ> https://ebune.net/stage-sagaarita/
特設ページ> https://ebune.net/info-tokusetusaga/

EBUNEの物語はこちらで更新中!
 
https://ebune.net/

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