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〇 ルーサー・ヴァンドロス死して15年、ルーサー特集(パート2)~翌年「ソウル・サーチン」で大トリビュート


〇 ルーサー・ヴァンドロス死して15年、ルーサー特集(パート2)~翌年「ソウル・サーチン」で大トリビュート

15周年。

稀代の名シンガー、歌手という単語は彼のような存在にあるルーサー・ヴァンドロス。彼が54歳という若さで2005年7月1日に54歳という若さで逝去して今年で15年。訃報が流れたところ、またその前の倒れたところからの記事リンクをまとめてルーサー追悼特集として昨日と今日と2日にわけてお送りします。今回はその翌年2006年7月1日に目黒のブルース・アレイで満員のお客さんを迎えてルーサー愛にあふれた『ソウル・サーチン:ザ・セッション』でルーサー・トリビュートを行ったことなどを。

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(本作・本文は約26000字。「黙読」ゆっくり1分500字、「速読」1分1000字換算すると、52分から26分。いわゆる「音読」(アナウンサー1分300字)だと86分くらいの至福のひと時です。ただしリンク記事を読んだり、音源などを聴きますと、さらに長いお時間楽しめます。お楽しみください)

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目次

1. ルーサーのブルックリン・アクセント
2. 葬儀はセレブレーション
3. 「ソウル・サーチン・ザ・セッション」でルーサー・トリビュート~感動の「バイ・ミー・ア・ローズ」
4. 満員御礼大感謝
5. 両手いっぱいの薔薇
6. 高山広さんとの接点
7. ルーサーの母死去
8.  高山広さんの一人芝居がルーサー→アレサ→マイケルへ




1. ルーサーのブルックリン・アクセント


July 06, 2005
Luther Vandross Talks In Brooklyn Accent
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_06.html

【ルーサーのアクセント】

後悔。

僕個人のルーサーへの思いもかなりある。1980年代後半から、どうしてもライヴを見たいアーティストで、見ることができないアーティストが2人いた。アレサ・フランクリンとルーサー・ヴァンドロスである。2人とも飛行機嫌いゆえに日本には来ないとされていたアーティストである。その後1990年代に入ってバーブラ・ストライサンドがそのリストに加わる。ストライサンドの場合は、めったにライヴをやらないから、これは難しい。しかも、引退とか言ってるし。アレサのライヴ情報は、けっこう追いかけ、結局1991年9月にニューヨークで捕まえることができた。だが、ルーサーはかなわなかった。僕の「ライヴ人生」の中でも最大の悔いかもしれない。

ルーサーは、基本的によくライヴをやっていた。1980年代後期に日本の業界関係者も何人か見ているし、またライヴのヴィデオも出ているので、その雰囲気はある程度はつかめる。しかし、あのヴェルヴェット・ヴォイスは一度生で見たかった。

ルーサーは、1976年に出たグループ「ルーサー」の時からずっとリアルタイムで聞いてきたので、同時代感がものすごくある。1981年『ネヴァー・トゥ・マッチ』で再デビューした時も、まずは、グループ時代からずいぶんと洗練されたなと思った。そして、何度もアルバムを聴くうちにその素晴らしさに感心するようになった。今ではルーサーのベスト・アルバムと言われる傑作だ。

その後アルバムを次々とだし、そのどれもが大ヒット。彼の後を追って、フレディー・ジャクソン、キース・ワシントン、ジョニー・ギルなど続々と登場した。

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ブルックリン訛り。

これは以前どこかで書いたか話したと思うが、ルーサーとは一度会ったことがある。場所はロスのスタジオ。記憶がはっきりしないのだが、1986~87年頃のことだと思う。誰かジャズかフュージョンのアーティストのレコーディングがロスのスタジオであり、その発売元のレコード会社(ポニー・キャニオンのパシフィック・コースト・ハイウェイというレーベル)の担当に連れられて、そのレコーディングを覗きにいった。主人公はそのアーティストなのだが、名前は覚えていない。(笑) ところが、そのレコーディング・セッションに大柄な黒人シンガーがきていたのだ。

(註:調べてみると、1989年10月にデイヴィッド・ラズレーの『ソルジャーズ・オン・ザ・ムーン』というアルバムが同レーベルから発売されており、ここにルーサーのクレジットが6曲でバック・ヴォーカルとして入っていた。ひょっとしたらこれからもしれない)


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(すごい値段がついている)

僕はあれ、どこかで見たことあるシンガーだな、と思い、ガラスの向こうの彼をじっと見て、まもなく、ルーサーではないかと思った。担当者に「ねえ、ねえ、あれってルーサーじゃないの」と聞くと、担当者は「知らない、わからない」という。もっともその彼はルーサー自身を知らなかったので、話にならなかったのだが。ただ、僕も半信半疑だった。まず彼がニューヨーク・ベースで活動していること、飛行機嫌いということから、ロスにいるわけはないだろう、と勝手に思い込んでいたのだ。それに、無名のこのアーティストのセッションにルーサーほどの大物が来るわけがないと。でも、そっくりに思えた。特に太り具合は。

ブログ ルーサー4 アー写

そこで、一段落してスタジオから出てきた彼に意を決してずばり尋ねた。「あなたは、ミスター・ルーサー・ヴァンドロスですか?」 後から考えると、とんでもない質問をなげかけたものである。鳥肌ものだ。相手はその時点で何百万枚ものレコードを売ってるスーパースター。アメリカの音楽業界人なら誰もが知っているそんな時期だった。すると彼は満面の笑みで「イエ~ス」と答えた。お~~、まじか~~と超びっくりし、これは一期一会だと思い、「インタヴューしてもいいか」と尋ねた。すると彼は「う~ん、ノー、今、僕はヴァケーション中なんだ」とあっさり断られた。

インタヴューは断られたが、なぜロスにいるのか、というと「今、ロスに住んでるんだ」と答えが返ってきた。ニューヨークではないかのか疑問に思ったら、ニューヨークにもロスにもどちらにも家があるという。なるほど。たまの移動は、なんとか飛行機に乗るらしい。

その時、写真を撮っていいかと尋ねると、「かまわない」という。そこで写真を撮ることにしたが、カメラを向けると、「胸から上だけにしてくれ」と注文をつけられた。やはり太っていることを気にしていたのだ。(その写真はどこかにあるはずだ)

Luther Vandorss – Perfect Best

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それから何ヶ月後かに、ルーサーに電話インタヴューをする機会があった。1987年10月のことだった。(註:デイヴィッド・ラズレーのアルバムは2年近く制作にかかったということになる) どういう時期かというと1986年秋に『ギヴ・ミー・ザ・リーズン』のアルバムが出たほぼ1年後というタイミングである。今から考えるとなぜ、そんな中途半端な時期にインタヴューが取れたのか、よく覚えていないのだが、なんらかの理由で電話インタヴューはできた。

その時の印象は、はっきりした発音で、独特の訛りがあるなということ。そして、その訛りを以前に聞いたことがあった。話しているうちに誰か考えていたのだが、ふとわかった。カシーフだった。カシーフも、ルーサーもどちらもニューヨークのブルックリン生まれ。いわゆる「ブルックリン・アクセント」というものだった。その後、確かあのウィル・ダウニングと話をした時もその「ブルックリン・アクセント」を感じた。そういえば、ウィル自身もずいぶんとルーサーの影響を受けたシンガーではないだろうか。

ルーサーよ、Always & Forever!

ブログ ルーサー 2-4 カシーフ

(ブルックリン・アクセントのカシーフ)

ENT>OBITUARY>Vandross, Luther/2005.07.01(54)

(追記)

ライヴ。

ルーサーのライヴは見たことがないと書いたが、正確には一度だけある。1986年か1987年頃にニューヨークのライヴハウス、「ミケールズ」でのことだ。その日はシシー・ヒューストンがこのミケールズでライヴをやるというので、見に行った。すでに大ブレイクしていたホイットニーも観客でいたり、飛び入りで出てこないかな、などと淡い期待をしていたのだが、ホイットニーは出てこなかったが、なんとルーサーが終わり間際に出てきたのだ。


ブログ ルーサー 2-5 ミケールズ看板

たぶん客席にいて、シシーから紹介され、ステージに上がって一緒に何かを一曲歌った。その歌った曲を失念しているのだが、ルーサーの曲ではなかったはずだ。スタンダードか、シシーがカヴァーしている曲かをコーラスっぽくはいったような記憶がうっすらある。その頃、今のようにブログがあれば絶対に細かく書いていただろうに、と思うのだが。

ブログ ルーサー 2-6 シシー・ヒューストン

(シシー・ヒューストン)

その時は、ライヴ後にルーサーに突撃とまではいかなかった。たぶん、周りに多くの人がいたからかもしれない。

僕のルーサーとの接点のひとつである。

(2020年7月追記ここまで)

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2.葬儀はセレブレーション

July 10, 2005
Luther's Funeral Was Celebration
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_10.html

【ルーサー葬儀はセレブレーション】 

セレブレーション。

去る(2005年)7月1日に死去したソウル・レジェンド、ルーサー・ヴァンドロスの葬儀が、2005年7月8日(金)午前11時(日本時間9日午前0時)からニューヨーク・マンハッタンのリヴァーサイド教会で多くのエンタテインメント界の友人などに囲まれ行われた。スティーヴィー・ワンダー、アレサ・フランクリン、パティー・ラベルなどが歌い、スピーチをした。地元のR&Bステーション、WBLSはこの日24時間ルーサー・トリビュートを放送した。

リヴァーサイド教会は120丁目から122丁目までをまたぐイーストサイドにある大きな教会。この日、関係者、友人などが2400名以上が教会に訪れ、さらにこのほか一般のファンが沿道に列をなした。一般のファンは、5列に並んで献花したが、その列は125丁目のアポロ劇場のあたりまでつながっていたという。中にはマイアミから1400マイル(2240キロ)も車を運転してこの葬儀にかけつけたファンもいた。

ブログ ルーサー 2-1 リヴァーサイド教会 空から

(リヴァーサイド教会)

この日はアポロ劇場のマーキー(歩道につきでている看板)には、ルーサー・ヴァンドロスの名前が出ていた。

ブログ ルーサー 2-2 アポロ マーキー

(アポロシアターのマーキー)

ヴァンドロスのゴールドのカスケットは、教会の中央に置かれ、その横で友人のシンガーたちが歌った。スティーヴィー・ワンダーは、先ごろのロンドンでの同時多発テロについて「殺戮とテロリズムは、神の願うところではない。愛だけが(人々を救う)唯一の方法だ」とコメントしてから、レイ・チャールズの葬儀の時と同じく「アイ・ウォント・コンプレイン」を熱唱した。

Stevie Wonder - I Wont Complain


https://www.youtube.com/watch?v=Yr8kpYH6PSc

(スティーヴィーのレイ・チャールズの葬儀での歌とコメントについての日記)


http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200406/diary20040622.html

「アイ・ウォント・コンプレイン」

いい時もあった。
苦しい時もあった。
涙にくれた時もあった。
眠れぬ夜もあった。

だが終ってみて振り返れば、
良かった時の思い出が、
苦しかった時の思い出を凌駕する。
だから、私は不平不満など言わない。

時には雲が低くたちこめ、
進むべき道がわからないこともある。
そこで神に尋ねる。
「なぜ、こんなに苦しまねばならないのですか?」
だが神はそれが私にとっての最高の試練だという
ことを知っている。
涙にあふれた目からはわからないが、
私は神にありがとうと言う。
私は、不平不満は言わない。

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スピーチをするあらゆる人からヴァンドロスを、アーティストとしてだけでなく、ひとりの人間として賞賛する声が続いた。

パティー・ラベルは、ゴスペル曲「アイ・ドント・フィール・ノー・ウェイズ・タイアード」を歌い、ルーサー・ヴァンドロスの母、メアリー・アイダが息子に向けて書いた詩を読み上げた。「神はあなたに世界のために歌う機会を与えました。そしてあなたは神からいただいた物を世界に返したのです。それは、愛です」

Rev. Demarcus Howard – I Don’t Feel No Ways Tired


https://www.youtube.com/watch?v=E7vjEEIXWAU
(パティー・ラベルのヴァージョンがなかったので、こちらで)

親友アレサ・フランクリンは、ソウルフルな「アメイジング・グレイス」を熱唱。アドリブでヴァンドロスの家族への言葉をメロディーにのせた。ルーサーの葬儀は、セレブレーションになった。

Aretha Franklin "AMAZING GRACE" LIVE 2011


https://www.youtube.com/watch?v=TtugO6WE_o4

ルーサーを乗せたカスケットは、リヴァーサイド教会からアポロ劇場の横を通り抜け、墓地に向かった。その時、マンハッタンには小雨が降り注いでいた。

ENT>OBITUARY>Vandross, Luther/2005.07.01(54)

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September 15, 2005
Luther Tribute Will Be Out On October 26 In Japan
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200509/2005_09_15.html

ルーサー・トリビュート・アルバム2005年10月26日発売

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3.「ソウル・サーチン:ザ・セッション」でルーサー・ヴァンドロス・トリビュート~感動の「バイ・ミー・ア・ローズ」

毎回一組のソウル・レジェンドを選んで、そのアーティストについてのトークと生バンドによる生演奏を聴かせる「ソウル・サーチン:ザ・セッション」で、2006年7月1日、ちょうど1年後の命日にルーサー・ヴァンドロスを取り上げ、目黒のブルース・アレイでライヴを行った。現在まで15回行っている「ソウル・サーチン」イヴェントの中で、どれも思い出深いがベストの「ソウル・サーチン」だったと思う。

June 30, 2006
Soul Searchin: The Session Vol.1 Coming Up On Saturday: Buy Her A Rose
【「ソウル・サーチン・ザ・セッション」いよいよ土曜日】
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200606/2006_06_30.html

【「ソウル・サーチン・ザ・セッション」いよいよ土曜日】

リハーサル。

それにしても、かなり盛りだくさんな内容になっている。木曜、都内のスタジオで長時間リハーサルをやった。ケイリブとソウル・サーチャーズたちが一堂に会し、ルーサー曲の練習、音合わせ。音が出来上がっていくのを聴いていると本当にわくわくする。

最初がバンド、途中からシンガーたちがやってきて、歌っていく。ディーヴァ・グレイに初めて直接会った。気のいいとてもフレンドリーな人物だった。彼女の歌のリハを終えた後、少々雑談。すると、しゃべるしゃべる。

ベリー・ベスト・オブ・シック


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ルーサーとの思い出話とか、ニューヨークのスタジオ・ミュージシャンの話とか、「わかった、わかった。とめといて、本番までとっておいてください」というくらいの立て板に水状態だ。おもしろかったのは、シックの最初のヒット「ダンス・ダンス・ダンス」をルーサーと一緒にレコーディングした時のこと。「あの時のギャラは、1曲歌って115ドルだったわ。まあ、通常のセッションとしては、OKっていう金額かしら。で、それが大ヒットして、次の『ル・フリーク』の時は、『ワン、ツー、ア~~、フリークアウトッ』っていう歌詞でしょ。ルーサーと一緒に、レコーディングが終わったら馬鹿みたいな歌詞ね、と、馬鹿にしてたのよ。(笑) そしたら、その何週間か後に、ルーサーが電話してきた。『おい、信じられないぞ、ビルボードを見てみろ、あのアホな曲がナンバーワンになってる! (笑) この曲はアトランティック・レコードの史上もっとも早いスピードでナンバーワンになった曲なのね」

ブログ ルーサー 2-7 ディーヴァグレイ アー写

(ディーヴァ・グレイ)

で、「ル・フリーク(おしゃれフリーク)を歌った時のギャラはいくらだったんですか」と尋ねた。「スリー・フィフティーン(315ドル)よ」 しかし、この中途半端な15ドルはなんなんだ? (笑) 「でも、この曲にはまだあとの話があるのよ。(車の)フォードがCMを作る時に、『フリーク・アウト』をもじって、『ブレイク・アウト』という曲を録音したの。それを私が歌ったのね。ルーサーは参加しなかった。その曲で私は4万ドルもらったのよ(笑)」 へ~~~、すごいっ。(註・1978年は、1ドル200円前後)

ディーヴァは現在音楽学校で、ヴォーカル・トレーニングの先生をしている。日本人は日本語の発声の仕方ゆえに、歌う声の出し方がなかなかむずかしい、というかなり専門的な話をしてくれた。日本語は、特に小さな声でしゃべると「口元でしゃべる」感じで、英語を話す時は「おなかから声をだしている」感じがある。もちろん、日本語もマイクを通して、ちゃんとしゃべろうとすると、おなかから声を出すようになるが、日本語がそれほどはっきりと声をださなくてよい言語らしく、その違いを痛切に感じるという。

「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」。


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少々ネタばれになるが、彼女が歌う予定の曲をそっとお知らせしよう。ディーヴァ・グレイが歌う曲は、ルーサーの最後のスタジオアルバム『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』に収録されている「バイ・ミー・ア・ローズ(バラを買って)」という曲だ。何年か連れ添った夫婦の間にはもう愛がないのかもしれない。愛している気持ちを、表して欲しいと願う彼女。そんな彼女の願いは、「バラを買って」という些細なもの。

ルーサーが倒れた後、有志が集まりテレビ番組『オプラ・ウィンフリー・ショウ』で、ルーサーがよくなるようにと、みんなでこの曲が歌われた。ディーヴァはその番組を見ていて、自分も歌うならこの曲をぜひ歌いたいと申し出てくれた。改めてCDで聴くと、なんとも素晴らしいバラードだ。もし、ルーサーのアルバムをお持ちの方は、ぜひ予習してみるのもいいだろう。

Luther Vandross - Buy me a rose


https://www.youtube.com/watch?v=0XPWqEtbq2w

先ほど、彼女がリハで歌っているところを見て、素晴らしいなと感動した。そして、ちょっとしたアイデアを思いついた。土曜日に『ソウル・サーチン・ザ・セッション』にいらっしゃる方の中で、もしよければ、一輪でいいのでバラの花をお持ちいただけないだろうか。彼女は第二部でトーク・セッションの後、この曲をケイリブのピアノ演奏で歌う。その時、途中から、ディーヴァにバラの花を観客席から彼女にあげるというのはいかがだろうか。僕もバラを何本か用意していくつもりだ。

シンガーが観客にバラを手渡すシーンは何度も見たが、観客からシンガーにバラを渡すというのは見たことがない。もし、そんなことをやってもいい、と思われた方は、ぜひ当日1本のバラをお持ちください。(笑) 「Buy Me A Rose」と、ローズは単数なのだ。(笑) 1本でいいから、バラでも買って、というニュアンスなんでしょう。

こんな歌です。

『バイ・ミー・ア・ローズ』

彼は、彼女が欲しいと思ってるものをすべて与えようと
一生懸命働いている
だが、そんなものは彼女の心には触れないので、
彼女は涙にくれる
夜遅く帰ってきて、おやすみのキスをするために、彼女を起こす
彼女のこんな思いを、彼は読めないのだろう

「1本でいいからバラを買って、
仕事場から1本でいいから電話をして
私のためにドアを開けて、別になにも損はしないでしょう
あなたの愛を心の目で語ってほしいわ
私の人生でもっとも欲しいものが、そんな些細なことなの」

こうして彼女は長年、孤独を感じてきた
彼に何かまちがったことをしてしまっただろうか
彼を振り向かせるためには、なんでもしていたからか
そんなことして、何か変わるのか

男は年を取れば取るほど、愛を表現しなくなる
だが、女が愛を与えれば与えるほど、男にもわかるはずだ
そう、これは君と僕の物語だったんだ

だから、僕は帰り道、バラを買ってきた
僕が傷つけてしまった君の心を癒すために
僕の愛を、僕の目に感じて欲しい
これから一生、僕はちゃんと君を愛していく
君を抱きしめ、些細なことを一生やっていくよ

(大意:ザ・ソウル・サーチャー)

Buy Me A Rose
(Written by Jim Funk & Erik Hickenlooper)
(Sung by Luther Vandross)

He works hard to give her all he thinks she wants
But it tears her apart cause nothing's for her heart
He pulls in late to wake her up with a kiss goodnight
If he could only read her mind, she'd say?

[CHORUS]

Buy me a rose, call me from work
Open a door for me, what would it hurt
Show me you love me by the look in your eyes
These are the little things I need the most in my life
Now the days have grown to years of feelin' all alone
As she sits and wonders if all she's doin? is wrong
Cause lately she'd try anything just to turn his head
Would it make a difference if she said, if she said?

[CHORUS]

[BRIDGE]
And the more that he lives the less that he tries
To show her the love that he holds inside
And the more that she gives the more that he sees
This is the story of you and me
So I bought you a rose on the way home from work
To open the door to a heart that I hurt
And I hope you notice this look in my eyes
Cause I'm gonna make things right for the rest of your life
And I'm gonna hold you tonight, tonight
Do all those little things for the rest of your life


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July 01, 2006
Luther's Previously Unreleased Songs Would Be Revealed At "Soul Searchin’; The Session Vol.1"
【ルーサー新曲を、ソウル・サーチンで披露】
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_01.html

未発表。

Luther Vandrossというわけで、昨日は一日中、今日の準備をしていた。時間を配分して計算したところ、かなり予定時間よりオーヴァー。それだけ内容があるということなのだが、どこをどう削るか、今夜もう少し悩んでみる。本当にたくさんの方々にご出演いただき、感謝感激だ。

セットリストをいじり、トークネタなどを進行表に書き込んでいると、まるで旅行の計画を練っている時のような楽しさを覚える。どこそこに行って、何をしてとか、行く前が楽しい、あれだ。

それはさておき、木曜夜、8時間にわたるリハーサルはなかなかおもしろかった。ディーヴァ・グレイがやってきて、後半に歌う曲のコーラスをやる部分になった。ディーヴァが、シャンティとマルに、こう歌うというのを口で指示する。文字では書き表せないが、なるほど、ディーヴァが指示をだすと、ほんの些細な言葉の発音の違いなのだが、グルーヴ感が生まれる。

ミュージシャンたちが7時に片付けをするのと入れ替わりに、一人芝居を担当する高山広さんが登場。誰もいなくなったリハ・スタジオで彼は演目をやってくれた。ネタバレになるので、現時点では書かないが、一言、彼に頼んでよかった! 

さて、すべてを終えて、ケイリブなどと軽くお茶をし、家路につくと、路上で当日トーク・パネルで登場する松尾潔さんとばったり遭遇。なんという奇遇。「いままで、リハ、やっていたのよ」 「あ~、それはそれは。吉岡さん、今度、ルーサーのベストが出るの知ってます? そこに未発表曲が入るんですよ」 「あ、なんかで読んだ、読んだ」 「それ、かけません?」 「お、いいね、いいね、いいね。CDRかなんかで、かけましょうよ」  ということで、ルーサー未発表曲、フルでということはむずかしいですが、かけます。

これは、「シャイン」というタイトルでジャム&ルイスのプロデュース作品。松尾氏によると、「ちょっと『グロウ・オブ・ラヴ』みたいな、アップテンポの曲ですよ」とのこと。どうやら、シックの「マイ・フォービッドゥン・ラヴァー」をサンプリングしているらしい。(僕は未聴のため未確認) もう1曲はバラードらしい。『ベスト・アルバム』は、ルーサーが所属していた各レーベル(エピック、ヴァージン、Jレコード)からの作品を集めて、全米では8月22日、Jレコードからリリースされる予定。全米ではすでに5月末からラジオでプレイされている。

今日「ソウル・サーチン」ご参加される方は、バラ一輪ね。(笑) (昨日のブログを参照) 

ENT>MUSIC>ARTIST>Vandross, Luther

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4.満員御礼大感謝

【感謝感謝感激感激】

July 02, 2006
Big Big Thanks For Joining "Soul Searchin': The Session Vol.1"

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_02.html

【感謝感謝感激感激】

(この「ソウル・サーチン」で、一人芝居の匠、高山広さんが初めてアーティスのキャリアを一人芝居の作品として発表した。これが翌年のアレサ・フランクリン、さらにマイケル・ジャクソンへつながっていく。高山広+ソウル・サーチン・コネクションの記念すべき第一弾が2006年7月1日のここだった)

感謝。

「ソウル・サーチン・ザ・セッション・Vol.1~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス」、ご来場いただいたみなさま、ありがとうございます。おかげさまで、大盛況でした。立ち見の方も多数いらして、しかも会場はかなりの熱気で長時間厳しかったかもしれませんが、ありがとうございます。出演者一同みなみなさまの熱い声援に感謝感激しております。出演者を代表して、改めて、御礼申しあげます。観客のみなさんも最高でした。

いやあ、それにしても盛りだくさんで、詰め込みすぎました。(笑) 前日、進行表をブルースアレーに送ったら、マネージャーの高橋さんから、「吉岡さん、10時45分くらいには終わってくれない? うち、上がホテルでしょ、だから、10時半くらいには終わりたいんですよ・・・。マックス11時には・・・」との電話が。あ~~。とはいうものの、なかなか削るところがなくて・・・。

ブログ ルーサー 2-8 ケイリブ

(ケイリブ・ジェームス)

今回も出し物が多くて、みなさん大変喜んでいただけたようですが、アンケートをさらっと見たところ、一人芝居の高山広さん、ディーヴァ・グレイの歌がよかったという声が多かった。もちろん、全員、全部よかった、というお答えも多く、ひじょうに嬉しく思っております。また、バンドもひじょうによかった。(冒頭で、ルーサー本人が着ていた衣装の紹介もおもしろかった)

一人芝居は、後半、かなりの方が号泣していたようですね。高山さんは、舞台を天国にして、そこで、ひとりのおじさんが、天国にやってきたルーサーを迎え、いろいろ話すという状況を作った。そのおじさんは、ルーサーの過去を振り返らせ、天国のいろいろな掟などを教える。その中で、ルーサーの性格、習慣などがたくみに盛り込まれ、最後にじつはそのおじさんが、ルーサーの父親だった、ということがわかる。そして、最後に「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」が流れ、そこで、父と息子が二人で一緒に踊るシーンで暗転していく、というもの。

「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」の中で、お父さんが子供のルーサー・ジュニアを両手で上に持ち上げるシーンを高山さんがやるが、それを見ていた黒沢さんも号泣。観客からもすすり泣きが聞こえた。いやあ、見事。すばらしい。

Luther Vandross - Dance With My Father


https://www.youtube.com/watch?v=wmDxJrggie8
(2012年にアップされていた動画。様々なセレブたちの写真も登場する)

そして、その余韻もなくならないうちに、木下航志くんが登場し、「スーパースター」をケイリブと二人で。このアコースティックでのこの曲。これまたノックアウトさせられた。ちょうど僕はたち見のところでディーヴァと一緒に見ていたが、ディーヴァも「恐れ入った」という感じで感心していた。これは聞く側も集中した。この曲はあってるなあ。深みがでてた。本当に、航志君の声には磁力、吸引力がある。ついついぐいぐいと引き込まれていくのだ。リハのときよりもさらにテンポを落として歌う。「ドンチュー・リメンバー・・・」ではなく、「ドン・ユー・リメンバー・・・」とルーサーの如く丁寧に歌う。う~ん、うならせられる。(なお、この「スーパースター」は、7月23日日曜の「ソウル・ブレンズ」に航志君がゲストでやって、生で歌う予定だ)

ファーストが始まった時は10分押しだったのに、ファースト終了ですでに25分近く押していた。どこで、この押した分を取り返せるのであろうか。(笑) 

(この項続く)

■メンバー
Cast & Stuff

BAND MEMBERS : Kaleb James & The Soul Searchers

Kaleb James: Keys/Vox (Musical Director)
Gary Scott: Sax/Perc/Vox
Hino Kenji: Bass
Takada Shin: Drums
Gats: Gtr/Vox

Guest Vocalists:

Maru
Shanti Snyder
Kishita Kohshi
Wada Masaya

Opening Act:
"The Soul Division" (acappella group): Uno Mitsuyoshi, Matsuura Michiko, Sakamoto Ryuta, Wakabayashi Yuusuke, Nakata Keiichiro

Special Guest:

Diva Gray

Surprise Guest:

Kurosawa Kaoru

Special Guest Actor:

Takayama Hiroshi

Panelists:

Yoshioka Masaharu (MC)
Matsuo Kiyoshi
Odai Junko
Oka Nobuaki

Translator:
Maruyama Kyoko (for Kaleb and Diva on stage)
Okita Shino (for Kaleb and Diva and other American singers off stage)

■Soul Searchin' The Session Vol.1 Setlist

1st set

show started 19:44
00. Acappella Medley: (Here & Now, Superstar, Never Too Much, Dance With My Father, Luther Forever)(The Soul Division)
01. Stop To Love (Kaleb James & The Soul Searchers)
02. Never Too Much (Gats & The Soul Searchers)
--. Shine (New Song, Previously unreleased)(CD)
--. Got Me Home (New Song, Previously unreleased)(CD)
03. If Only For One Night (Shanti & The Soul Searchers)
04. Creepin (Kaleb & The Soul Searchers)
05. "Heaven's Studio" (One Man Play by Takahayama Hiroshi)
06. Dance With My Father (CD)
07. Superstar (Kishita Kohshi & Kaleb James)
show ended 21:28

2nd Set

show started 21:45
01. (medley) Don't You Know That (Kaleb & The Soul Searchers)
--Since I Lost My Baby (Kaleb& The Soul Searchers)
--Your Secret Love (Kaleb & The Soul Searchers)
--Wait For Love (Kaleb & The Soul Searchers)
02. So Amazing (Kurosaw Kaoru & Maru & The Soul Searchers)
03. Give Me The Reason (Shanti & The Soul Searchers)
04. Buy Me A Rose (Diva Gray & Kaleb James)
05. A House Is Not A Home (Wada Masaya & Kaleb James)
06. Love The One You're With (Soul Searchin’ All Stars)
Enc. Ain't No Stoppin' Us Now (Soul Searchin’ All Stars)
show ended 23:16

(2006年7月1日土曜、目黒ブルースアレー=「ソウル・サーチン・ザ・セッション VOL.1~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス」)

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5.両手いっぱいの薔薇

July 03, 2006
"Soul Searchin' : The Session Vol.1" (Part 2): Full Of Roses In Her Arms
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_03.html

【両手いっぱいの薔薇】

薔薇。

Never Too Much

ソウル・サーチャーズのメンバーがステージにあがり、ケイリブが紹介を始めた。ジーノ(日野賢二)は、足元にマイ扇風機を持っていて、そこから吹いてくる風で彼の前髪がふわふわ揺れる。マイケル・ジャクソンみたいだ。(笑) 彼の説明では「暑くて汗かくと譜面読めなくなるからね」とのこと。ケイリブが言う。「ルーサーには本当にいい曲がたくさんある。次にやるときには、2晩にわたってやらないとね」 ということで、ここでは4曲をさらりとメドレーに。

そして、サプライズ・ゲストでゴスペラーズから黒沢さん登場。やはりレコーディングで来られない可能性が高かったのだが、水曜あたりに電話で来られることになった。元々もし来られることになったら、「ソー・アメイジング」か「ノックス・ミー・オフ・マイ・フィート」を歌いたいというリクエストだったので、ケイリブとは「ソー・アメイジング」を準備。黒沢さんが来られない場合は、ケイリブとマルとのデュエットで歌われることになっていた。

さすがに黒沢さんはステージ慣れしていて、一気につかむ。そして、マルも堂々とした歌いっぷり。見事なデュエットだった。これを聴いていた航志君は後から僕に「くろさわさんとまるのでゅえっとは、100000てんですよ」とメールをくれた。

「歌い手側から言わせてもらうと、スティーヴィーとルーサーの歌い方は真逆の人なんですよ。スティーヴィーは押しの人、ルーサーは引きの人。(歌い方を一瞬やってみせる) だから、(二人が両極端なので)むずかしいんですけど・・・」と黒沢さんが解説。とはいうものの、スティーヴィー節とルーサー節を端々に入れ込み、さらに黒沢節もまぶし、このあたりは、歌い方の徹底的な研究家である黒沢さんらしさが存分にでている。「僕はぱっとひらめきで歌えないんで、スティーヴィーを歌うとなると、100回聴くんですよ」という。黒沢さんのこの研究熱心なところは、頭が下がる。しかも彼の「歌いたがり」のところは大好き。(笑) 

黒沢さん、マルに続いて、シャンティの2度目の登場。ここではアップテンポの「ギヴ・ミー・ザ・リーズン」。マルやケイリブのバックコーラス、ゲイリーのサックスソロ、ちょっとアーニー・アイズレー風のガッツのギターなど、いかにもソウルっぽいバンドサウンドがまとまっている。

そして、今回のルーサー・トリビュートの中でのハイライトのひとつが、ルーサーと親交のあったディーヴァ・グレイの登場だ。ディーヴァは、ルーサーのいろいろな話を、おもしろおかしく話してくれた。

「みなさんはご存知ないと思いますが、ルーサーは、私、ロビン・クラークなどとともに、シックのアルバムで歌っていたんです」 「ルーサーはふだんはとってもおもしろい人なんです」 「私もダイエットをしていて、新しいダイエット方法があると、電話してきた」 「ルーサーは、倒れて病床にあった時でも、見舞いに行ったら、一言『アイ・ラヴ・フード』(食べることが大好きなんだ)と言ってた。(笑)」 「シックのレコーディングのメンバーと(ジャケットなどに映ってる)写真のは違うのよ。(コーラスをしているメンバーが違うという意味)」 「遅刻していったら、ナイル・ロジャース(プロデューサー)がギャラを差し引くと行った。ルーサーは、仕事をした分はしっかりギャラをもらうべきと、彼らと戦ってくれた(笑)」 

チェンジのヒット曲「パラダイス」もディーヴァが歌っていた。すると、ケイリブが反応。すぐにピアノでワンフレーズを弾き始め、ディーヴァも一緒に歌いだす。しばし、「パラダイス」が歌われ、会場も拍手して大歓迎。

Change – Paradise (1981)
https://www.youtube.com/watch?v=ky1XcnJTiFU

トークを終えてディーヴァが「バイ・ミー・ア・ローズ」を歌う。ルーサーが病床にあったときに、友人たちがよくこの曲をルーサーの枕もとで歌っていたという。ディーヴァは、ゴスペル、ソウルだけでなく、実はクラシックも歌えるようで、ここではしっとりと感動的に少しオペラ風に歌いあげた。しかも、この曲は元々男性(ルーサー)の視点で歌われたもの(6月30日付けブログの歌詞を参照のこと)だが、ディーヴァは女性なので、しっかり女性の視点で歌うために、歌詞の一部を変えていたのだ。

ブログ ルーサー 2-10 ディーヴァ 1

(ディーヴァ・グレイ、後ろのアコースティック・ギターはガッツ)

So I bought you a rose on the way home from workのところをYou bought me a rose に、Do all those little things for the rest of your lifeをDo all those little things for the rest of my life にしていた。なるほど、さすがだ。

ブログ ルーサー 2-11 ディーヴァ 2 薔薇数本

(最初はバラが数本だったのだが…)

そして、2番の後半あたりから、一輪の薔薇が彼女の元に。実は僕のほうでも少し用意していたのだが、曲が終わると一斉に薔薇を持った人たちがステージにかけつけたのだ。途中から、ディーヴァもさすがに驚いたようで、「オー・マイ・ゴッド」を連発。ディーヴァが持ちきれなくなり、ゲイリーが代わりに受け取って持つほどまでに。ディーヴァの両腕は抱えきれないほどの薔薇で一杯になった。ディーヴァも感激しただろうが、僕も感激しました。ディーヴァはおそらく汗もかいていたがきっと涙も混ざっていたと思う。


(なんとケニー・ロジャースもカヴァー)
Buy Me A Rose - Kenny Rogers [Lyrics]


https://www.youtube.com/watch?v=zwRM3qWWKSw

ディーヴァが叫んだ。「オー・マイ・ゴッド、誰か助けて。ルーサー、これはあなたのものよ。アイ・ミス・ユー・ソー・マッチ!」 両腕に薔薇を抱えてマイクをもてなかったので、僕が彼女の口元にマイクを持っていった。「アメリカでは、ブラック・ミュージシャンはなかなかポップへクロスオーヴァーできないけれど、ルーサーはそのことについて戦っていました。いいものは、いい。いいものはいい。(good is good is good...) でも、ルーサーは(グッドよりも上の)エクセレント(すばらしい)でした。ルーサーは素晴らしいものを作るために、努力し戦っていました。この光景をルーサーが見ていたら、どれほど嬉しかっただろうか、きっと喜んでいたと思います」

ブログ ルーサー 2-12 ディーヴァ 3  薔薇たくさん

(両手で持ちきれないほどの薔薇が集まった…。後ろのゲイリーが束を預かったほど)

みんなが薔薇を手渡すのに、しばし時間がかかった。4-50本はあったのかなあ。驚きました。薔薇を持ってきていただいたみなさん、本当にありがとうございます。

興奮冷めやらぬうちに、最後のゲスト登場。昨年のミニアルバムでルーサー曲「ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム」をカヴァーしていた和田昌哉さんだ。プログラム進行的には、このディーヴァの後に歌う人は誰でもつらいものになる。逆にしておけばよかったと後で反省。

実はここは、最初は「ア・ハウス」だったが、誰も「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」を歌わない感じだったので、和田さんの歌で「ダンス・・・」を行こうということにしていた。ところが、リハのところで高山さんが「ダンス・・・」をCDでフルでかけることになったので、また「ア・ハウス・・・」に戻していただいた。和田さん、バタバタしてすいませんでした。

最後はアップテンポの「ラヴ・ザ・ワン・ユア・ウィズ」(スティーブン・スティルスのオリジナル、アイズレー・ブラザースのカヴァーでも有名)を全員で。全員総立ちになった。ミュージシャンがステージから引いて、また戻る時間がもったいなかったので、ケイリブが「戻ったことにして、アンコールをやろう」といい、アンコール曲へ。

これもルーサーがアルバム『ザ・ソングス』でカヴァーしていたマクファーデン&ホワイトヘッドの作品「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」だ。このアップテンポ2曲、予想外によかった。ライヴバンドとしてのグルーヴがとてもよかった。僕は、「ラヴ・ザ・ワン・・・」より、「スーパーレイディ」あたりで終わって欲しいとリクエストしたのだが・・・(笑)。結果大正解だった。「エイント・ノー・ストッピン」はもちろん大好きな曲。ディーヴァがさきほどとはまったく違ったファンキーな歌声を聴かせた。航志くんの声もすごい。熱い暑いアンコール終了は、23時16分だった。

(2006年7月1日土曜、目黒ブルースアレー=「ソウル・サーチン・ザ・セッション VOL.1~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス」)

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July 04, 2006
"Soul Searchin': The Session Vol.1"(Part 3): Behind The Back Stage
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_04.html

【ソウル・サーチン・ザ・セッション:舞台裏では・・・】

サプライズ。

楽屋でケイリブにショーが始まる前に僕が言った。「ねえ、この薔薇、どこかディーヴァに見つからないようにおいといてよ」 「う~む、そうだな、じゃあ、冷蔵庫にいれておこう」 「それはいい」 

岡さんにいろんな色の薔薇を10本ほど買ってきてもらっていた。まあ、いわゆる仕込というやつですが。10本くらいあれば、演出にはなるかな、と思い。その中の1本、青い薔薇(ブルー・ローズ)はとても綺麗だ。なんとか、ケイリブが小さな冷蔵庫の中に薔薇を押し込む。「折らないようにね」 幸い冷蔵庫は空だった。

そして、ディーヴァのトークが終わり、歌へ。後半から1本、また1本と薔薇がステージで歌うディーヴァの元に渡される。そして、曲が終わると、一斉に何人ものお客さんが片手に薔薇を持ち立ち上がって、ステージに押し寄せた。

「オー・マイ・ゴッド! ドント(やめて、うそでしょう?)」とつぶやいた。ピアノの前で見ていたケイリブが驚いた表情を見せた。「一体どうなってるんだ? 冷蔵庫にはこんなにいれてなかったぞ」 バックでパーカッションをプレイしていたゲイリーが前に出て、抱えきれなくなっていた薔薇をファンから受け取った。両手一杯、さらに、ゲイリーが持ち、ディーヴァは一言メッセージを。「ルーサー、ディス・イズ・フォー・ユー」 そして、ルーサーのことを一言述べ、ステージを降りた。その間も拍手は鳴り止まない。ケイリブが一言もらした。「ホワット・ア・サプライズ(なんというサプライズだ)」。

そして、ショーがすべて終わって、ケイリブが尋ねてきた。「おい、薔薇、あんなに冷蔵庫にいれていたっけ?」 「いや、10本だけだよ」 「どうしたんだ?」 ということで、ブログで前日に呼びかけたことを明かした。ケイリブが言った。「そうか、じゃあ、マサハル、君は薔薇を買う必要、なかったな(笑)」 「ははは」

それにしても盛りだくさんでした。笑いあり、感動あり、涙あり。こんなに密度濃くていいんだろうか。(笑) 僕としては、まったくの新しい試みで一体どうなるか興味津々だった高山広さんの一人芝居が圧倒的に支持され、大好評だったのでひじょうに嬉しかった。熱演でした。彼は小さなワイアレス・マイクを使ったのだが、これは普段はブルースアレーにはなかったので、わざわざ準備してもらった。これで彼は両手を使えるので思う存分演技ができるわけだ。

実は木曜日に音のリハーサルの後、同じスタジオで高山さんにほぼ完成品を見せてもらった。その時点では、原稿というか台本をちらちら見ながら、演技してくれたのだが、後半は僕もかなりぐっときて、「これはいける」と確信した。そして、本番ではぐっとおしゃれな衣装に身を包みルーサーを演じてくれた。ベストに帽子に。すばらしい。機会があったら、ぜひどこかで再演をお願いしたい。一度リハで見ていても、最後はさすがにやられた。ストーリーの組み立てが実にうまい。

「感動を与えるのに、知識の量は関係ないですね(笑)」と松尾さんのコメント。というのは高山さんは、僕と会うまでルーサーのことは知らなかった。僕がいくつかの紙資料とCDを何枚かお渡しして、「ご自由にお作りください」と言ってできてきたのがこれだった。

それにしても、リハでは台本を見ながら、途中、つっかえたりもしていたのに、本番では完璧に完成しているのだから、さすがプロだ。また、リハでは「ねえ、みなさん」と観客に尋ねるシーンがあったが、本番では見事に観客から拍手が巻き起こり、感動した。高山さん、そして、観客のみなさん、ありがとうございます。

(続く)

■ソウル・サーチャーズで堂々ギターとヴォーカルを担当してくれたガッツのライヴが今日(7月4日)、あります。ブルースアレー、7時半。

http://gats.tv/

http://www.bluesalley.co.jp/

■関連アーティストのウェッブ一覧を明日掲載します。

(2006年7月1日土曜、目黒ブルースアレー=「ソウル・サーチン・ザ・セッション VOL.1~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス」)

ENT>MUSIC>LIVE>Soul Searchin': The Session Vol.1

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July 05, 2006
"Soul Searchin': The Session Vol.1"(Part 4): After The Dance...
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_05.html

【話はエイント・ノー・ストッピン・・・】

エンドレス。

本編でも書き足りないことはまだまだある。例えば、今回歌われなかったルーサーの曲。"How Many Times Can We Say Goodbye", "Until You Come Back To Me", "There's Nothing Better Than Love", "Any Love", "She Won't Talk To Me", そして、"Here And Now", "Power Of Love", "The Best Thing In Life Are Free", "Take You Out", "I'd Rather"...。この他にもまだまだある。チェンジ時代の作品、バイオニックブギーのもの、クインシーのアルバムで歌っていた作品などなど。

オンステージは通訳もいれると計22名。スタッフはさらにこれ以上います。ちょっとした大所帯のツアーだ。

さて、終わった後・・・。ソウル・サーチャーズのメンバーたちと近くで軽く打ち上げ。いきなり、ジーノとケイリブのジョーク合戦が始まった。

ミュージシャン、シンガーたちから次は何をやるの、という声がかかる。そこから出る声は、例えば、アル・グリーン、カーティス、テンプテーションズ、アレサ・フランクリン、アイズレーなどなど。みな、それぞれやってみたいアーティストがあるようだ。ガッツは「アイズレーだったら、俺、ロナルド(リード・ヴォーカル)とアーニー(ギター)、両方できますよ」と宣言。マル、シャンティら女性陣からは、「アレサ、アレサ」のコール。

ジーノからは、「このメンバーでアルバム作らなきゃ。なんで、アルバム作ろうって思わないの? レコード会社の人とかみんな知ってるんでしょ」とせっつかれる。(笑) 

「一人のアーティストにスポットを当てることによって、ミュージシャン全員の方向性が一つになって、かなりの一体感が生まれる。このソウル・サーチンはそこがすばらしい」 「ライヴだけでなく、トークがあって曲を聞かせるというこんなイヴェントは他にないよ」 誰が正確にどういったかはもう覚えてないのだが、いろんな意見がでた。

「7時半に(上の楽屋から)下に降りようとしたら、まだお客さんが列を作って入場を待っていた。次は、2ナイツ(2晩)やるか、あるいは、より大きな会場にするか、考えないとね」 「ディーヴァ・グレイという本当にルーサーと接点があった人物が出てくれたことによって、このトリビュートがよりリアルなものになった」 

今回の名言。松尾さんがルーサーとインタヴューした時に撮影したツーショットの写真を見ながら話をした時のこと。ルーサーとケイリブが似ている、という話になった。「似てるのは、体重だな」とケイリブ。そこで僕が「ケイリブとルーサーはどっちが重い?」と尋ねた。「今? 今は僕のほうが重いよ」(笑) そこで松尾さんの一言。「ソウルの重さは計れない!」。

今回の秘密。木下航志君は、僕の連絡ミスのせいで、アンコール曲「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」を直前まで聴くことができなかった。かなり前に、「ネヴァー・トゥ・マッチ」を最後にしようと話があって、それがアンコールだと思っていた。ところが、いつの時点かでそれが「エイント・ノー・ストッピン・・・」に変わった。結局、金曜日(本番前日)夜、航志君はCDを初めて聴いた。それから何回か聴いてマスターした。さすがに歌のサビのところは覚えきれず、歌詞カードを点字で打ち、ローズ(キーボード)の上に貼って歌ったのだ。しかし、それでもあの熱唱だ。恐るべき木下航志! (笑) 

今回の奇遇。松尾さんが持ってきたパンフレット。ルーサーが出演した「エッセンス・ミュージック・フェスティヴァル」の記念すべき第一回は、なんと1995年7月1日の土曜日に行われていた。その10年後にルーサーは他界し、11年後には同じ土曜日にトリビュートが行われた。

今回の僕の反省点。今回は前回以上に立ち見の方が多くなり、また当日いらっしゃろうとした方は、入れなかった。さすがに4時間以上の立ち見はかなり厳しいと思う。この点は、主催者としてはお詫びするしかない。策を考えたいと思います。もう一点、内容が多すぎて、トークが少なかった。これは大きな反省点。

飲み、食べ、話は終わらない。エンドレスだ。

(ソウル・サーチャーズ関連ウェッブ一覧は明日アップします)

(2006年7月1日土曜、目黒ブルースアレー=「ソウル・サーチン・ザ・セッション VOL.1~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス」)

ENT>MUSIC>LIVE>Soul Searchin': The Session Vol.1

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6.  高山広さんとの接点

July 07, 2006
Takayama Hiroshi Talks About Luther Vandross
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_07.html

【高山広・ルーサーを語る】

なりきり。

夜、携帯に一通のメールが届いた。「ただ今ミッドナイト・アワーでダンス・ウィズ・マイ・ファーザーがかかってます」 『ソウル・サーチン・ザ・セッションVOL。1』で見事な一人芝居を演じた高山広さんだった。ちょうど、1本原稿を終え、おなかも減ったところだったので、(目黒のソウル・バー)ミッドナイト・アワーに向かうことにした。

先日はお疲れ様、という感じで、当日の話などをいろいろした。本番当日、僕は演技を追えた高山さんが、数週間前までルーサーを知らなかった、という話をして、パネリストの松尾さんや尾臺さんを驚かせたがちょっと説明不足感があるので、補足してみたい。

ブログ ルーサー 2-9 高山広 天国のスタジオ 

(高山広・ルーサー・ヴァンドロス物語~天国のスタジオ~2006年7月1日・目黒・ブルースアレイ)

5月中旬、武蔵小山のソウル・バー、ゲッコーで偶然高山さんを紹介され、「ルーサーというシンガーの物語を10分くらいでできませんか」みたいな話をしてみた。興味は持っていただいたらしく、とりあえず、音資料、紙資料を渡すことにした。ちょうど数日後の5月20日(土)に目黒ミッドナイト・アワーでライヴがあるので、資料渡しがてらライヴを見た。(その時の感想文は下記に↓)

May 22, 2006
Takayama Hiroshi One Man Stage Play
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200605/2006_05_22.html

ここからが驚愕の新事実! 渡したCDは数枚、『ベスト』、『エッセンシャル』、『ネヴァー・トゥ・マッチ』、『ライヴ』、そして、『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』。紙資料はこのブログで書いていたルーサー関連の記事(訃報記事、ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー秘話、訳詞など)と、『ネヴァー・トゥ・マッチ』の長編ライナー。ちなみに書いたのは松尾潔さんと僕。

この日以来、高山さんはまず毎日一日中ルーサーのCDばっかり聴くようになったという。ルーサー漬けになる日々の中で、ふと歌詞を見たいと思ったことがあったそうだ。(僕はCDだけを渡したので、歌詞カードがついていなかった) 「だけど、歌詞を見るよりは、歌声そのものとか、息遣い、声の出し方なんかをじっくり徹底的に聴こうと思って、(歌詞の)意味はわからなくても、ずっと聴き続けた。そして、曲けっこう覚えましたよ」と彼は言う。

ブログ ルーサー アー写1

そうして聴いているうちに歌詞カードはなくとも、いくつか歌えるような曲もでてきた。「たとえば『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』は(アルバムの)7曲目で、『バイ・ミー・ア・ローズ』は4曲目ですよね。これがものすごく気に入ってね。曲順とかも覚えちゃいましたよ。やさしいですよね、この人、繊細というか」 

つまり、高山さんはルーサーのCDから流れてくる曲を何度も何度も聴き続けることによって、ルーサーというのはどのような人物で、どのような性格でどんなタイプの人間なのか、ということをある程度知るにいたったのだ。さすが人物観察力、洞察力の素晴らしい高山さんである。その時、言葉の壁は関係ない。こうして、高山さんはすっかりシンガー、ルーサーの大ファンになってしまった。それからおもむろに紙資料を読み込み始めた。そして、さらにルーサーの人柄に惚れこんだ。

「僕自身もその人(今回はルーサー)に惚れこまないと(演じることは)できないですよ。でも、このイヴェントは出演者や来てる人たち全員がルーサーへの愛があってよかったですよね。本当に楽しかったですよ。(いろんな反響を聞いて)ほっとしてるところです」と言った。

ルーサーの資料の中から、いくつかのエピソードにフォーカスし、彼は台本を書き上げた。リハの時にそれをいただいたが、A4の紙に3枚程度のものだ。印象に残っているフレーズがある。たとえば、「人は皆、弱い生き物さ。だけど、その弱さを心底知っている者こそが本当の強い人間なんだ。強さとは、優しさだ。優しさとは愛だ。お前には愛の力(パワー・オブ・ラヴ)、そしてそれを信じる心が備わっていたのさ。世界中がお前に感謝している。ねえ、みなさん!」 ここで、観客席から拍手と声援。これなど、まさに彼が音を聴き込み、資料を読み込み、イメージしたルーサー・ヴァンドロスなのだが、本当にその通りだと思う。リアルだ。この英語版を作って、それこそディーヴァに見てもらいたい。

台本を書き上げた後、いつどこで練習するんですか。「どこでも、やってますよ。歩きながらでも。車乗ってる時でも」 一日中ルーサーモードになっているらしい。高山さんをよく知るミッドナイト・アワーのナル君は、「ある時から、高山さん、ルーサーになりきってましたよ。それを見て、これは絶対うまくいくなと思いました」と打ち明ける。

6月29日(木)、バンドのリハーサルの後、高山さんが通しで一回やってくれた。途中、止まったりしていたので25分くらいになっていた。その時点では「本番はもう少し短くなります。短く作ったものを長くするのは大変なんですが、長く作ったものを短くするほうが簡単なんで」ということだった。僕は彼に言った。「まあ、15分くらいでまとめていただければうれしいんですが、ひとたびライヴ始まったら、もう高山さんのものですから(笑)」 つまり、始まったら20分になろうが、25分になろうが、もう僕は止められないという意味だ。腹はくくった。(笑) 

30日夜。進行表を作って関係者に送った。そこに曲目などを書いておいたのだが、高山さんの演目に、僕はリハを見て勝手に「Heaven's Studio (ヘヴンズ・スタジオ=天国のスタジオ)」とつけた。ただ当日はあまり予断を与えてもよくないと思い「ルーサー物語」とだけ紹介したのだが、高山さんも気に入っていただいたみたいでよかった。正式なタイトルは、「ヘヴンズ・スタジオ~ルーサー物語」にでもしましょうか。(笑)

ところで高山さん、歌も歌えるなら、今度は自分の歌のフレーズもいれてロング・ヴァージョンでやってみるというのは、どうですか? 「いやいやいや・・・(笑) 歌は自信ないです。でも、ロング・ヴァージョンはできますね」 あるいは、人前でやるのではなく、たとえば音だけで「ラジオ・ヴァージョン」はできますか。「それも、ちょっと変えてできます。なんなりと~」 一度だけではもったいない。どこかでなんか再演できるといいと思う。

というわけで、「ヨシオカにビー・ケアフル! マメにブログを更新する音楽評論家」(by 高山広)ですので、さっそくその時の話をご紹介してしまいました。(笑) 

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◎高山広
http://www.schop.jp/

☆2006/7/22(土) 目黒Midnitehour live
目黒のミッド・”密航ナイトアワー”(タイトル後日発表) 
20:00open/21:00start(要予約)03-3444-2285 http://www.midnitehour.net/

ENT>MUSIC>LIVE>Soul Searchin': The Session Vol.1

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7.ルーサーの母死去

訃報・ルーサーの母死去
2008年04月18日(金)
https://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10089178526.html

■Mama Luther Dies At 82

【(訃報)ルーサーの母死去】

死去。

2005年7月1日に54歳で死去したシンガー、ルーサー・ヴァンドロスの母、メリー・アイダ・ヴァンドロスさんが、2008年4月9日(水曜)ニューヨークで老衰のため死去した。82歳と伝えられている。しばらく前から意識はなくなっていた。メリーさんには、夫、4人の子供がいたが、いずれも、メリーさんより先に亡くなっていた。

ルーサーは、4人兄弟のうち、最後に亡くなった。4人のうち3人が、また11人いる孫の1人が糖尿病が原因で死去しており、ヴァンドロス家にとっては、この病気は家系のようなものだった。

ブログ ルーサー12 メアリー母

(メアリ・アイダ・ヴァンドロスさん)

メアリー・アイダさんは、1926年ごろ、サウス・キャロライナ州シャロウという街の生まれ。(彼女の死亡記事はいずれも82歳となっているが、2006年の記事で82歳という記載がある) 17歳のとき(1943年ごろ)、幼馴なじみのルーサー・ヴァンドロスさんと結婚。1946年にニューヨークに移り住んだ。その後、誕生した息子のひとりに「ルーサー・ロンゾーニ・ヴァンドロス」と名付けた。このルーサー・ジュニアが後にシンガー、ルーサー・ヴァンドロスとなる。母メリーさんは、大変信心深い女性で、教会活動なども積極的に行ってきた、という。

シンガー、ルーサー・ヴァンドロスの葬儀(2005年7月)には、ルーサーの親友フォンジー・ソーントンに車椅子を押されて出席。またこの席では、パティー・ラベル、アリシア・キーズ、アレサ・フランクリンらが「パワー・オブ・ラヴ/ラヴ・パワー」を歌ってルーサー送り出した。この葬儀では、母メリー・アイダさんが書いた詩をパティー・ラベルが朗読した。

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(追記)

ルーサーのソウル・サーチンで初めて音楽家の一人芝居を演じた高山広さんはその後、翌2007年3月にアレサ・フランクリンを演じた。そして、2018年9月、そのルーサーとアレサを約12年ぶりに再演。これが2019年2月、成城ホールで再演。さらにマイケル・ジャクソン没後10年記念で2019年6月、渾身の『マイケル・ジャクソン 終わらないDの物語』を完成させ披露、これまでにこの演目だけで5回演じている。アーティストを一人芝居で演じるというまったくこれまでになかったエンタテインメントを高山さんにやっていただけているのは本当に幸運だ。すべての出発点がここにあり、それが今日まで続いているご縁に改めて感謝したい。

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〇 ルーサー・ヴァンドロス死して15年、ルーサー特集(パート2)~翌年「ソウル・サーチン」で大トリビュート

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Soul Searchin Blog - note 著・編・吉岡正晴 Yoshioka Masaharu, The Soul Searcher 音楽ジャーナリスト Music Journalist /Radio DJ specialize in Soul, R&B & more

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