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「会うこと」の意味

えびこ@職場の現象学

テレワーク生活が始まってから早6ヶ月。みんなテレワークにも慣れてきて、それなりにオンラインでも仕事もできるようになってきた。なのに最近は結構、「会って話しましょう」ということが多くなってるように感じます。私も昨日は、仕事で企業を訪問し、職場で対面会議を実施しました。授業も、オンライン併用ですが、対面授業を再開しています(このハイブリッドがすごく大変!これはまた別に書きます)。

アフターコロナは、時空間にとらわれず「いつでもどこでも」仕事ができる時代になるといわれています。「ワーケーションいいな~」って思います。「テクノロジー」的にはそれは実現可能です。でも、なんで人は直接「会って」話をしたくなるのでしょうか?それが習慣だから?人恋しいから?

それは人が五感を全部つかってコミュニケーションをしているからです。決して言葉(テキスト)だけで、やりとりをしているわけではありません。オンラインの会議では、視覚と聴覚だけを使って、相手の表情をみたり、言葉の抑揚をとらえるように、われわれの脳は頑張っています。だから、対面で会って話すよりも何倍も疲れます。画像と音だけでは「感じ取れない」ことがたくさんあるので、隔靴掻痒の感じが残るのです。

人のコミュニケーションの基盤は「身体」です。『職場の現象学』でも書いていますが、人は五感を使って場を感じています。それは言葉になる手前の感覚です。その感覚が、私たちのコミュニケーションの土台になっています。オンラインでは、その言外の感覚を使えないので、「情報不足」になっているのです(ここでいう「情報」は、言葉だけではなく言葉外の感じていることを含んでます)。

人に会って話をすると、その欠けていた感覚が補われることで、より正確な判断ができます。言葉のやりとりの背景に動く感覚を使うことができるかできないか、それは生きているもの(人間だけではなく生物一般)にとって、時には生死を分けることもあるくらい大事なことです。

ウィズコロナでなかなか人に会えないけど、3密を避けて「人に積極的に会う」ことも、隠れて働く感覚を満足させ、相手をより深く理解するためには必要なことだし、会いたければ会えばいいのです。

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