おもちゃの魔女さま!

かの有名な『人魚姫』。悲しい歴史はあれど、あれ以来、人魚たちは地上に興味を抱くようになった。

人魚姫の姉たちは人魚姫を人間にした魔女を大層憎んでいたので(人魚姫を救うため、髪まで切って魔女に捧げたのに、結局、愛する妹を死なせる結果しか残せなかった役立たずめ、という具合である)人魚という人魚、海の生き物たち、すべてにあの魔女は人間になれる魔法が使えるし、あの魔女は自分ひとりでは人魚すらも殺せない非力な存在であると触れまわった。

いまや魔女の家は観光地の様相を呈している。

人魚たちが詰めかけて、海の生き物たちが見物にきて、魔女としては仕事がやりにくいったらなかった。それも数では圧倒的に魔女が劣っている。魔女はたったひとり。

だから、気がつけば、魔女は人魚たちの奴隷のようにして、ワガママで自由な彼ら彼女らのご要望に応えるサービス業に従事していた。地上にでたいと人魚たちが大勢訴えれば、では代償になにかを……、打診するべくもなく人魚に銛でつっつかれて「串刺しにするぞ魔女め!」「いいから言うことを聞いてよ!」数の暴力である。理不尽である。魔女は髪の毛をちょんっと頂戴するぐらいしかできない。でないと、暴動が我が家ではじまってすべてを破壊し尽くされそうだ。

「ネイルってやつがやってみたいわ。でも海でしょう? 海でもネイルができるようにして。人間にならなくてもいいからネイルをよろしく」

「ハナを見てみたいんだ。こっちじゃミドリ色でうすぐらくて汚い色してるアレ、ワカメとか、地上じゃあうつくしい花を咲かせるんだって? もってこい。見たいんだ」

「人間の捨て子なんていないかしら? ほら、ワタシたちはタマゴから生まれるでしょ。でも人間はタマゴをうまない。そう聞いたわ。人間を孕ませてどんな出産をするのかが見たいわ」

人魚たちの要望は様々だ。どれも破天荒だった。

魔女は割の合わない仕事に泡を食わされて、もうこの海域から旅立ちたい。ところが、例の人魚姫の姉たちは、悪鬼のようにして魔女の家を見張っているのであった。

「あらまぁ。こんな夜更けにどちらに? 魔女さま? 皆に手伝わせましょうか?」

「あれまぁ。こんな朝方に、なんですかその大荷物は? 魔女さま? 手をお貸しして差し上げますわ。さぁ戻りましょう」

「魔女さま。お出かけですか? お供しましょう」

「……た、助けておくれ……」

脱走が失敗すること13回目、ついに魔女は泣き言を漏らした。人魚姫の姉たちはそろってぱっつんに髪を切られて、青いエメラルドグリーンの両目をらんらんと獰猛にまたたかせる。海の生き物たちにすると、彼女たちはもはやシャチである。海でもっとも強いとされるシャチの仲間である。その精神面において姉たちは人魚の生き方を捨てている。

だから、姉たちは笑いかけた。

「代償は? 魔女さま。見逃してあげるには代償が必要ですわ、魔女さま」

「あたくしたち、あなたの死を望んでいます。この衝動を耐えておりますの。これはもう、とっくに立派な代償ですわ。魔女さま。魔女さまが、あたくしたちを変えたのですから。責任をとって」

「魔女さま。家にお戻りなさい。魔女さまはもう、人魚のどれいよ。奴隷は檻にいれておくものよ。さぁ戻りなさい」

「助けておくれ、助けておくれ、もうタダ働きも同然で身がもたないんだよぉ」

「「「それなら」」」

人魚姫のやさしい姉たちだった生き物は、らんらんに瞳を光らせる。海の外だろうと、海の下だろうと、失うものを失ってしまった集団というのは甚大な狂気に汚れるものだ。

死ぬといいわ。死ねば? 死んでしまえ。死んでいいのよ? 死になさい。死ねば。死んだらいいと思いますわ。死ねば?

人魚姫のやさしい姉たちだったものが唱和する。

魔女はヒイヒイ叫んで奴隷小屋と化した魔女の家へと戻っていった。

数で圧倒的にまさる人魚たち、たったひとりの魔女さま。魔法が使えるとしても数の暴力には負ける。

どんな場所でもどんな世界でも、たにんの恨みを買うほど怖ろしいものはない。親切こそが身を助ける、あるいは防衛する手段であった。なにせ生き物たちには脳と思考があるから。

ともかく魔女さまは姉たちによって支配されて、人魚たちの便利屋として、第二の人生に身をやつす。それしか生き残る手段がなくなった。魔女という名の人魚たちのおもちゃはこうして出来上がった。

誰のどこからであれ、怨みとは買うべきものではない。


END.

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