あおむしケーキをつくろう

「あおむし、可愛いでしょう」
「あおむし、可愛いわけがない」
「――――」
「――――」

シェフ見習いの緑鵜ハルカは、おなじく見習いの、自分よりも背高な若い男子を睨め上げる。一応、同じ貼り紙を見てこのレストランに応募して、そして採用されている、唯一の同期と呼べる存在でもある。
それはそれとして、ハルカと彼、白川轟は、譲ることなく火花を散らす。

「あおむし。写真あるけど。キャラものとしても人気がある」
「いや、生理的に無理。あおむし、の時点で無理。くいものに虫を起用するとか頭がトチ狂ってねぇとできねー発想」
「でも現実にキャラカフェあるし」

青いビニール手袋をはずし、エプロンのしたのジーンズポケットからスマホを出して検索してみせる。でてきたカフェは、都内で運営されている、キャラクターもののカフェテラスであるが、主役は青虫だ。青虫キャラだ。
ハルカは、ほらほら、とメニューをスライドさせる。

「人気! 人気がある! ウケてんのよ」
「気が狂ってやがる……」
「そんな感想ある!? あやまってよあんた!?」
「絶対に気が狂ってるから。虫をコンセプトに起用なんてしねぇ」
「なんでよ!?」
「なんでもこうもあるか!?」

営業時間が終了したレストランの奥、厨房にて、ハルカと轟はチャンスを与えられた。新作メニューの考案を、それもデザートの一品にチャレンジすることを許されたのだ。なので、連日、2人は営業時間外に居残りして、ああでもない、こうでもない、と舌戦と試作品に挑戦してきた。

してきたが、
「あおむしのケーキなんて誰が食うか! 絶対認めねぇーー!!」
「なんでよ!! あおむしのくびれごとに味を変えて、ケーキを連結させんのよ。見た目にだって豪華じゃない!」
「あおむしの時点でねぇーーーーーよ!!」
舌戦の主役はおもに、青虫、であった。

轟がハンドミキサーで泡立てている生クリームに、さっきからハルカは、食用色素を両手にしてにじり寄っていた。轟がヒステリックに叫ぶ。
「やめろ!! カラフルにすんな!!」
「あおむし! あおむし!!」
「気ぃ狂ってんだろ!! アッ!! やめろ、オレのケーキに青色色素なんてまぜるんじゃねえーーーーーーーっ!!!」

今までに聞いたことない悲鳴があがるが、無視して手をねじりこませて、ハルカが青色色素を一滴ほど生クリームの渦に注入させた。ぎゃあ! ぎゃああああああ! 轟はミキサーをかけながら絶叫する。
「テメー!! 今夜の試作品も無駄にしやがって!!」
「まずは、青いあおむしよ。で、レインボーカラーにして、頭が赤いあおむしにする。緑でもいいかな? 虫っぽくて」
「よかねーーーーーーーーよ!!」

青色に育った生クリームのボウルをででんっと調理台に叩き付けて、轟といえば右手のこぶしをぶるぶるさせて握る。殴りたいのだろう。ハルカは、短い付き合いではあるが、轟の喧嘩っぱやさは見慣れてきた。しかしながら、女性に手はあげないと見抜いてもいるので、ふふんっと勝ち誇る。
「ほぉーら。今日は青のケーキよ。スポンジの形成はまかせて、あおむしに造るから。そしたらクリームを塗ってよね。轟、そこはアタシよりめっちゃ上手だから」
「おまえ」
こぶしをぷるぷるさせる轟が、業腹そうに、うなる。

「オレたちが、料理長に何て呼ばれてるか、知ってるか……!?」

「知ってる。昆虫マニア」

即答するハルカである。轟が、行き場のないこぶしを、頭上に衝き上げて慟哭する。
うるさい男だわね、なんてハルカは思った。

「昆虫、世界一、だいっっっっっきらいなんだよ、オレは!!!」

時刻は夜の11時すぎ。0時のタイミリミットを見据えて、ケーキの成形をはじめなければならず、今日は、ハルカの勝利ではあるだろう。なんせ生クリームはもう青いのだから。



END.

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