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28_2ndプロジェクトの目標設定 【山の日本語学校物語】

これは、とある町に開校した「山の日本語学校(仮名)」の物語です。PBL(Project-Based Learning:プロジェクト型学習)を通して、ITエンジニアがどのように言語を学び、専門性を身につけていったのか、また、語学を専門とする日本語学校が、どのような組織として、専門領域や地域社会と結びついていったのか、さらには、そこでの教師の役割などを探究していきます。

下記のマガジンで連載しています。

前回までは、「学校」という組織の外側にいる会社役員やITエンジニアとのやりとりを経て、2ndプロジェクトのコンセプトを着想したところまでを書きました。今回は、そのコンセプトアイデアや、活動の要件から、2ndプロジェクトの目標設定のプロセスについて説明したいと思います。

その前に、これまでのプロセスを一旦整理します。

まず、1stプロジェクトを終えた段階の問題点として以下の2点を抽出しました。

  • プロジェクトを「自分ごと」として捉えられない

  • 日本語学校とITエンジニアコミュニティが解離している

この問題点をもとに、関係者で話し合い、以下のような活動要件を抽出しました。

  • 自分の関心ごとを掘り起こすことができる活動を設定する

  • ITエンジニアを講師として招き、エンジニアから直接学ぶ機会をつくる

  • 言語活動を枠組みのベースに据える

この活動要件から、「私の未来予想図」というコンセプトを着想しました。

複層的な上位目標を整理する

ここからは、目標を設定する作業になりますが、その前に「山の日本語学校」が目指す最終目標自体をもう一度整理する必要があると思いました。

「山の日本語学校」のプロジェクトをデザインをするとき、最も難しい点は、目標を複層的に考えなければならないという点です。最終的な学校の上位目標としては、「ITエンジニアの育成」を設定しています。しかし、「日本語学校」である以上、IT企業で働くために必要な日本語力をを身につけることも大きな目標です。また、ITエンジニアとしてどのようなキャリアを築いていくのかという「キャリア形成」の視点も欠かせません。

このように複層的に目標が入り組んでいると、立場によって、コースの見え方が異なってきます。例えば、日本語教師という視点からみると、「日本語力の向上」という点が中心的な目標になってきます。しかし、ITエンジニアは、「ITエンジニアとしての資質やスキル」に注目します。さらに、人材という立場からみると、「キャリア形成」に注目することになります。

それぞれが異なる立場からコースを捉えているため、目指してほしいと考える方向性も評価も変わってきます。ここをうまく調整しないと、船頭が多くて、行き先が定まらないという状態になってしまいます。これまでの話し合いで、なかなか意見が噛み合わなかったのは、このような立場の違いが大きく影響しているということにこの段階で気がつきました。

そこで、学校の目標を明確にするために、「日本語教育」「キャリア教育」「IT教育」がどのように関係しているのかを、わかりやすく示す必要があると思いました。再掲になりますが、以下がその関係を表したものです。

詳細については、「06_コースデザイン」で説明しているので、ここでは触れませんが、各分野における目標の関係性については、実際にプロジェクトを運営しながら、徐々にクリアになっていったものです。

さらに、関係者全員が、学習を、結果でなくプロセスで捉えてほしいと思い、コースデザインも整理しました。各分野の教育目標を同時進行で進めていくのでなく、優先順位をつけることにしました。(06で示したコースデザインも、2ndプロジェクトの段階で整理し直したものです)

1、2期目(はじめの半年)は、日本語教育に重点をおいたプロジェクトを行い、3期目以降で、キャリア教育やIT教育に徐々に重心をずらしていくという方針を明確にしました。期間を区切りながら、段階的にコースの全体像を示すことにより、「今は○○の段階にあるから、このような活動をしているのだ」という説明が可能になりました。

教育目標と課題を設定する

以上のように、上位目標をもう一度整理し直したことにより、目標の設定がよりしやすくなりました。目標を「IT教育」「キャリア教育」「日本語教育」という3つの観点から捉え直すことにより、目標を分割し、優先順位をつけることが容易になりました。

2ndプロジェクトでは、日本語教育をベースに、キャリア教育に力をいれ、IT教育は、3期目以降に重点をおくことにしました。そして、コンセプトや活動要件と照らし合わせ、2ndプロジェクトにおける各教育目標を以下のように定めました。

  • IT教育:IT業界の最新技術について知る

  • キャリア教育:ITエンジニアとしてのキャリアを考える

  • 日本語教育:相手の話を丁寧に聞く

IT教育の優先順位は低くなりますが、かといって、全く離れるわけではありません。「未来予想図」を考える際、「ドラえもんのポケットがほしいです」というレベルの予想になってしまうと、単なる夢物語になってしまいます。その「未来」を支える最新のIT技術については、ある程度おさえておく必要があるだろうと思いました。そこで、関心のある分野の最新技術について調べることをIT教育の課題としました。

次に、キャリア教育については、エンジニアのキャリアから学べることがたくさんあるだろう判断しました。講師には、現在の仕事だけでなく、そこに至るまでのキャリアと、今後どのようなキャリアを目指しているのかという「過去→現在→未来」につながる話をしてもらおうと考えました。

同じ話を聴くのでも、日本語教師の話と、エンジニアの話では、学生への刺さり方が全く違ってきます。エンジニアの話を直接聴くことにより、具体的に自身のキャリアをイメージすることが可能になると思いました。そこで、自分がどのようなエンジニアになりたいのかを言語化することをキャリア教育の課題としました。

日本語教育では、「エンジニアの話を聞く」という言語活動をベースにプロジェクトをデザインすることにしました。

「山の日本語学校」では以下の4つの言語目標を設定しています。(詳しくは、「03_言語目標を設定する」で説明しています)

  1. 自分の考えをわかりやすく伝えることができる

  2. 相手の考えを丁寧に聴くことができる

  3. 相手の考えや立場の違いを理解することができる

  4. 意見の違いを理解した上で、調整することができる

2ndプロジェクトの日本語教育の目標は、この言語目標の2番目の目標に該当します。この時点で、誰を講師として招くかは決まっていませんでしたが、講師の皆さんには、日本語のレベルは調節することなく、普通に話してもらうことを考えていました。来日3〜4カ月程度では、いくら同業のエンジニアの話とはいえ、かなり難易度の高いタスクです。

そこで、まず、エンジニアの話を聞いて正確に理解することを、日本語教育における課題としました。

以上を、2ndプロジェクトの課題として整理すると以下のようになります。

  • IT教育:未来を予測するために、関心のある分野の最新技術について調べる

  • キャリア教育:どのようなITエンジニアになりたいかを言語化する

  • 日本語教育:ITエンジニアの話を聞いて正確に理解する

目標や課題が明確になったことにより、だいぶ方向性が定まってきました。しかし、このまま「エンジニアの話を聴こう」という活動に落とし込んだところで、学生自身の関心ごとを掘り起こすことにはつながりません。「聴く」ことは、受動的な活動でもあるので、「へえ」「○○さんすごい」で終わってしまう可能性もあります。

そこで、プロジェクト自体を自分ごととして捉え、能動的に取り組めるようなワクワクする活動に落とし込まなければなりません。上記の教育目標や課題は、あくまでも教師側が把握しておくもので、学生がすぐに手を動かして参加できるよう「プロジェクト活動のプロセス」に埋め込んでいく必要があります。

ということで、次のステップからは、具体的に活動をデザインすることになります。私にとって、最も楽しい作業のうちの一つです。

以上、コンセプトから目標、課題をどのように設定したのかを説明してきました。実際には、問題点の分析や話し合いをもとに、行ったり来たりしながら試行錯誤しており、こんなにきれいに順序立てて思考しているわけではありません。が、プロジェクトをどのようにデザインしたのか、自分自身の思考のプロセスをメタ認知するために、あえて、整理しながら記述しています。

次回は、「未来予想図」というコンセプトをベースに、これらの課題を一つにまとめ、活動をデザインするプロセスについて書きたいと思います。

参考文献

今回は、「目標設定」というテーマで書きましたが、「PBL」における「目標」は、捉え方が難しいものの一つです。そもそも、答えがないものを探究していくのが、「プロジェクト型学習」と考えると、明確な目標を設定しにくいからです。

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共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!