龍の歯医者〈天狗虫編〉について。

龍の歯医者〈天狗虫編〉について。

今日は早朝から時間を持て余していたので話題のTVアニメを鑑賞。先日、NHK BSプレミアムにて放送されたスタジオカラー制作の長編アニメーション「龍の歯医者」である。監督は元ガイナックスで現スタジオカラーの鶴巻和哉。原作は三島賞受賞の覆面作家、舞城王太郎。そして、主人公の岸井野ノ子の声を担当するのが今なにかと話題の清水富美加さんですね。

本編は〈天狗虫編〉と〈殺戮虫編〉の2話完結アニメで、後編の放送は2月25日を予定されています。


見ている前提で書きますが、一応軽いあらすじを。主人公は龍の歯医者です。龍の唯一の弱点が歯を蝕む虫歯菌で、それを治療する役目を担っています。龍は戦争に使われています。その存在はあまりに強力で、物語冒頭では龍のパワーを示すため大規模な戦闘シーンが設けられています。

世界設定はかなり特殊です。ライフスタイルから死の観念まで現実とは大きく異なっており、これが舞城王太郎原作?と思ったのが素直な感想です。歯の治療に使う武器のようなもののデザインは歯医者毎に違っており、その他にも衣装や小道具、住居など細かな設計まで凝っていることが見受けられました。また、スタジオカラーだけあって戦闘シーンは圧巻で、45分という時間の大部分を占めていることから強いこだわりを感じました。前編としては登場人物個人個人の心情などはそこそこにして、世界設定の固定に注力しており、物語の核である後編につなげるための施策が所々に埋め込まれていて、「大きな助走をとったな」といった印象です。

主題歌は小沢健二「僕らが旅に出る理由」のアレンジバージョン。挿入歌はDAOKOの描き下ろし?かな。物語終盤で今作の主人公とされるであろう男女が龍の歯から地上へと落下します。後編はその旅先でのエピソードなのでしょう。それにしても、主題歌の歌詞が一致しません。「東京タワー」や「人気のない秋の渚」からは程遠い場所で彼女らは戦っているからです。また、DAOKOへのイメージは元々デジタルなものですから、アナログを基調とした世界観において、どこか違和感が拭えませんでした。

声優はとても豪華です。聞けば誰でもわかる声のオンパレード。清水富美加さんの声も素晴らしい。常識知らずのあどけない少女にぴったりの声です。能年玲奈さんも「この世界の片隅に」では、素晴らしい演技力でした。レプロを去る女優と声優としての才はどこか通じ合うものがあるのでしょうか。

今回、僕が龍の歯医者を見て驚いたのは「死」の捉えかたですね。龍の歯は死んだ人間が還る場所であり、まれに「帰る場所のない人間」に限って死後、龍の歯から「黄泉帰る」ことがあるという設定。その歯を管理するのが「龍の歯医者」のつとめであることから、この世界では神事に近い職業であることが示唆されています。衣装からもどこかそういう印象を感じます。

また、龍の歯医者は「自分が死ぬ時」を知っています。歯医者になるための試験で歯の中に取り込まれ、自分が死ぬ瞬間〈来る際 きたるきわ〉を見せられ、それに抗わなかった者だけが合格となるのです。彼らは今日自分が死ぬとわかっていてもそれを誰かに話したりはしません。常に死ぬ運命と向き合いながら「魂の行き場所」である龍を歯を世話をするのが龍の歯医者です。


劇中にはこういう会話があります。

「野ノ子だって死ぬのは嫌だよね。なんでもっと生きようとしないの?」
「そりゃあずっと美味しいごはんを食べていたいけどさ、そうもいかないよ。でもその時がくるまで毎日仕事をして毎日美味しいごはんを食べるんだ」
「そんなの悲しすぎるよ。死ぬことがわかっていてそれを避けようとしないのは自殺と同じじゃないか」
「生きるって長生きすることが目的なの?」

つまり、このアニメのテーマは「死と向き合うと同時に生を実感すること」であり、後編ではその解答がなされると思います。舞城王太郎の代表作「阿修羅ガール」は愛がなんだかよくわからなくなった女子高生が死線を経て、愛の大切さを実感する物語です。これに今作のテーマを充てがうと、「生きることがなんだかよくわからなくなった主人公が、愛を知って、生きることの大切を実感する物語」となります。愛が彼らを変えるのかどうかはわかりませんが、ビルディングスロマンの体系をとっているのは明らかです。

でも、先述した会話にも説得力がありますよね。なぜなら、死を意識しているのに絶望感が伝わってこないからです。かといって死に対してのリアリティが欠落しているわけでもありません。どこか、不思議なアニメですね。


1991/01/09