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映画〈ダンケルク〉のポスターに重ね焼きされているイメージとは?

㊧映画〈ダンケルク〉ポスター ©2017 Warner Bros. All Rights Reserved. ㊨フリードリヒ〈霧の海を眺めるさすらい人〉”Wanderer above the Sea of Fog” 1818年、94.8 x 74.8 cm、ハンブルク美術館

2017年7月、映画〈ダンケルク〉のポスターが日本でも公開され映画館等で掲示されるようになった。このポスターの絵は様々な連想を引き起こす。

一人の兵士が彼方を見つめ憔悴した様子で立ち尽くしている。その眼前で英国から救援に来た船がドイツ軍に迎撃され沈んでいく。海面に立ち上がる水煙が霧となり、沈みゆく船が黒くシルエットで浮かび上がる。上空にはスピットファイアの機影が。

映画は陸と海と空の3つの視点からダンケルクの撤退作戦を描いたもので、一種のトリプティック(三連画)を観るような構成になっている。だから、若い兵士に新人のフィオン・ホワイトヘッド、救援に向かう船の船長にマーク・ライランス、スピットファイアのパイロットにトム・ハーディと、三人の主役がそれぞれ陸・海・空に配属されているのだ。

ポスターに描かれている英国の兵士、船、スピットファイアはそうした趣向を反映したものと思うが、このポスターが想起させるものはそれだけではない。これはフリードリヒのある絵画を連想させる。

上図がその絵だ。〈ダンケルク〉のポスターと比べてみると分かるが、フリードリヒの絵画はポスターと同じく中央に男の後ろ姿が描かれ、画面全体は黒と青の色調で統一されている。
描かれたモチーフも、構図も色調も、〈ダンケルク〉のポスターはフリードリヒの絵そのものの写しのようだ。そして、なによりもこのフリードリヒの絵画のタイトルは〈霧の海を眺めるさすらい人〉なのだから!

英国に戻れるのか戻れないのか、兵士は霧の海を眺めるさすらい人だ。ポスター制作者の意図はわからないが、フリードリヒの〈霧の海を眺めるさすらい人〉のイメージが〈ダンケルク〉のポスターに重ね焼きされていることは疑う余地がない。

しかもフリードリヒはドイツ人だ。(厳密に言えば、フリードリヒの生地グライフスヴァルトは、生誕当時の1774年はスウェーデン領だった)ドイツの侵攻によって余儀なくされたダンケルクの撤退に、ドイツ人が描いた絵を思い起こさせることは重要なメッセージとなる。しかもそれがフリードリヒであることはさらに重要な意味をもつ。

なぜならフリードリヒはドイツ国粋主義の象徴、ナチスのプロパガンダの象徴だったからだ。 美術史的には、フリードリヒはドイツ・ロマン主義の代表作家として、また、寓意的な風景画を描く画家、あるいは、人間を真後ろから描く画家として知られている。

静謐で暗示的な画面から宗教的な寓意や政治的な意味合い、生と死のアレゴリーなどが感じ取れる精神性の強い作品に惹かれる人も数多い。 しかし彼が注目されるようになった背景には、ある政治的な思惑がある。

フリードリヒは長い間忘れ去られた画家であり、美術史に記されることのない作家だった。彼の作品がまとまった形で世の人の目に触れたのは1906 年にドイツ・ベルリンのナショナル・ギャラリーで開催された「ドイツ 100 年展」である。

この展覧会はパリ万国博覧会(1900年)に際して開かれた「フランス100 年展」に刺激を受け、対抗する意味合いをもって開かれた極めて政治的な思惑による展覧会だった。国家的ドイツ美術を称揚するための展覧会であり、フリードリヒはそのシンボルだったのだ。

これを契機としてナチ政権下には、フリードリヒはドイツ精神の体現者として国粋主義と結び付けられる。フリードリヒはドイツ的画家と持ち上げられ,これが国民的な認識となっていく。 フリードリヒはドイツを想起させる存在、つまり当時においてはナショナリズあるいはファシズムを想起させる存在となったのだ。

美術史家の仲間裕子は、こうした芸術受容の政治的問題性を次のように端的に指摘している。

「フリードリヒ受容が徐々にナショナリズムあるいはファシズムの闇へと転落して行く」と。

ダンケルクの撤退は連合軍の敗退でもあったが、これが映画初出演のフィオン・ホワイトヘッドの存在が意図的に指し示すのは、撤退を余儀なくされた兵士には、徴収されたばかりの若い経験不足の兵士たちが多くいたことだった。

そういえば映画〈つぐない〉(2007年)でも若きジェームズ・マカヴォイがダンケルクの撤退で命を落としていた。冤罪で刑に服し、減刑の条件を飲んで従軍した彼に愛国の意志がどれほどあっただろう。

戦場に赴く彼らには自分の意志だけではなく、もっと巨大な国家の意思がある。望むと望まざるに関わらず国家の意思は彼らに働きかける。死後に自分がドイツ愛国のシンボルになるなどと、フリードリヒは夢にも思わなかっただろう。

参考文献:
・仲間裕子「カスパー・ダーヴィト・フリートドリヒ:視覚と構成の風景画」、大阪大学博士論文、2005年
・仲間裕子「ベルリン、ナショナル・ギャラリー —ナショナリスズムとフリードリヒの受容—」、立命館産業社会論集第40巻第2号、2004年

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映画とアートの不思議な関係、PICTURES IN MOTION PICTURESを追究しています。映画はヴィジュアル表現なのに、文学的な評論が多すぎませんか?映画は特定のヴィジュアル要素(特にアート)を使って人物の心情を暗示したり、映画そのものをメタ表現したりしているのです。
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