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白人差別を助長している?『ネットフリックス大解剖』より「ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ」をためし読み公開

 アメリカの架空の名門大学を舞台に、現実の社会問題を反映させながら、人種間の軋轢を鋭くかつユーモラスに描いたネットフリックスのオリジナルシリーズ『親愛なる白人様』。大胆不敵な本作のタイトルは、主人公サマンサが放送する大学構内ラジオの番組名。サマンサはこのラジオを通じて、日々経験する差別や不適切な言動について意見を発信するのだが……。
 このたびは最新シーズン3の配信開始にあわせて『ネットフリックス大解剖』より、『親愛なる白人様』を取り上げた章「ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ」をためし読み公開します。執筆者は映画ライター/黒人映画歴史家の杏レラトさん。ぜひご一読ください。

『親愛なる白人様』は白人差別を助長している?

文=杏レラト

 しかし、メインで描かれている人種分離の部分で、共感できないアメリカの観客も少なからず存在する。タイトルにもなっている一部の「白人様」たちだ。彼らはタイトルからすでに、この作品から攻撃されていると感じている。つまり「やり玉に挙げられている」と感じているのだ。第1シーズンで描かれた「ブラックフェイス(顔を黒塗りにし、黒人を見下す)」パーティーは、実際にアメリカ各地のフラタニティやソロリティのパーティーで行われた出来事である。シミエン監督は劇中、実際に大学で行われたときの映像をも容赦なく映し出した。パーティーを開いた者にとっては言い訳などできない映像なのだ。

 そして第1シーズンで2回も描かれたのが、警官(学内セキュリティ)による人種を理由にした過度な銃暴力――つまり現実のニュースで頻繁に報道される、無実の黒人が偏見を持った警官によって殺される事件のことである。これは第2シーズンでも引き続き描かれており、いかに黒人の間で重要な問題となっているのかがよくわかる。
 また、先に書いた主人公と荒らしとのSNS対決も現実社会における問題のひとつである。シミエン監督は第1シーズンの配信時に、自分たちが攻撃されていると感じた一部の白人視聴者からSNS上で「#ネットフリックスをボイコットせよ」という反撃を食らってしまう。そんな体験から、第2シーズンにネットの荒らしを登場させたのだ。サマンサはSNSでも身分を晒しているが、荒らしは自分の正体を隠したまま攻撃し続け、時には「サマンサは白人とのハーフ」といった個人攻撃もしている。
 ここで注目すべきは、その荒らしのSNSのアカウント名が「ALTIVYW」である点だ。これはつまり「ALT IVY W(アルト・アイヴィー・W)」のことで、アルトはドナルド・トランプが大統領に立候補したときに支持した白人ナショナリズムのオルタナ右翼を指す。オルタナ右翼とは、白人ナショナリズムという言葉が示す通り、白人至上主義であり、かつ反フェミニズムで排外主義の人たちのこと。そんな彼らが移民政策を打ち出したトランプを支持するのは当然のことであった。
 このシリーズの第1シーズン撮影終了日は、大統領選の日(2016年11月8日)であり、第2シーズンの配信開始時にはトランプが大統領となっている。しかしこのシリーズにはオルタナ右翼の存在によってトランプの影こそ見えるものの、トランプという名前は出てこない。そのことについてシミエン監督は「トランプという名前すら言いたくなかったんだ。名前を出して、彼のパワーを感じさせることは自分の作品ではしたくなかった」と語っている。

 ところで、なぜオルタナ右翼と呼ばれる一部の白人の人々は、この『親愛なる白人様』に対してそれほどまでに嫌悪感を抱いているのか? 彼らは「#ネットフリックスをボイコットせよ」とともに、こんなことをSNSに書いている。「人種差別と白人ジェノサイドを助長している」「アンチ白人を助長するシリーズを作るなんて、ネットフリックスをキャンセルしてやる」「白人がすべて悪いと語るのは、人種差別ではないんですね!」
 ちなみに、「ファンボーイズ」と名乗るオルタナ右翼のひとりは、大ヒット作『ブラックパンサー』(2018年)や『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』(2017年)に対するボイコットを呼びかけている。鑑賞拒否はもちろんのこと、批評家やファンの批評が集まるサイト、ロッテン・トマトにて低い評価をつけるように呼びかけ、作品への印象操作を仕掛けたのだ。「『ブラックパンサー』は過激な右翼が好むポップカルチャーの押しつけだ! そんなことが、この世の中でまかり通ってはならない」というのが彼の言い分である。
 確かに『親愛なる白人様』には、サマンサをはじめとする黒人たちの「白人の人たち聞いて」という心からの訴えはある。が、それだけではないのがこのシリーズの素晴らしさである。シミエンは黒人のなかに潜む闇や矛盾、そしてほぼ白人社会と言える名門大学内で、黒人側にも生じる偽善による歪みをも描いている。
 第2シーズンでは、「Hotep(ホテップ)」が描かれている。ホテップについてはいろいろな細かい基準があるようだが、このシリーズに出てきたホテップとは、ブラック・ナショナリズムやプロ・ブラック(黒人至上主義)な考えを持ち、なおかつ非理論的な陰謀説を信じる人々のことである。『親愛なる白人様』はそういう人たちもあえて描くことで、一方的に白人だけを攻撃しようとはしていないのである。

 また本シリーズではたびたび、黒人生徒専用になっているアームストロング=パーカー寮に生徒たちが集まってテレビを鑑賞するシーンが登場する。そこに映し出されるのは、黒人が主役の人気テレビドラマシリーズ『スキャンダル 託された秘密』(2012~18年)や『Empire 成功の代償』(2015年~)、そしてリアリティ番組『Love & Hip Hop』(2011年~)などのパロディである。シミエン監督は、それらの番組で過剰に誇張された黒人像を目にした主人公たちが嘆くというシーンを何度も描くことで、同じ黒人の作り手にも牙をむく。よってオルタナ右翼の人々が訴えている「白人への一方的さ」はまるでない。政治家の道に進むであろう野心家トロイの友人で、学校長の息子であるカート(ワイアット・ナッシュ)などの白人生徒の存在は中立した立場で描かれており、このシリーズのキャラクターの豊満さを物語っている。シミエン監督は、何も白人全員をやり玉に挙げようとは思っていないのだ。
(続きは『ネットフリックス大解剖』P.140、または本ページ下部よりご購読いただけます)

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※転載にあたり、動画および埋め込みリンクを加えています。


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《書誌情報》
『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』
ネット配信ドラマ研究所 編
四六・並製・232頁
ISBN: 9784866470856
本体1,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK239

〈内容紹介〉
イッキ見(ビンジウォッチ)がとまらない。
世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する
どハマり必至の傑作オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのレビューで徹底考察。
ネトフリを観ると現代社会が見えてくる!

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〈目次〉
・麻薬戦争という名の“ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス(村山章)
・ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル(小杉俊介)
・〈他人の靴を履く〉ことへの飽くなき挑戦――マスター・オブ・ゼロ(伊藤聡)
・熱狂的なファンたちに新たなトラウマを残した人気シリーズ続編――ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ(山崎まどか)
・愛することの修練についての物語――ラブ(常川拓也)
・酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン(真魚八重子)
・ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ――親愛なる白人様(杏レラト)
・少女の自殺が呼んだ大きな波紋――13の理由(辰巳JUNK)
・ポップカルチャーの新しいルール。またの名を『ストレンジャー・シングス』――ストレンジャー・シングス 未知の世界(宇野維正)
・ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー(小林雅明)
・死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA(長谷川町蔵)


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