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『ボージャック・ホースマン』シーズン6配信開始!『ネットフリックス大解剖』より「酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み」をためし読み公開

 ネットフリックス製作の人気アニメシリーズ『ボージャック・ホースマン』の完結編となるシーズン6が本日より配信開始されました。かつての人気俳優ボージャックが味わう悲喜こもごもを描いてきた同作の結末やいかに?
 このたびは新シーズンの配信開始にあわせ、『ネットフリックス大解剖』に収録の章「酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン」をためし読み公開します。執筆者は『映画系女子がゆく!』『映画なしでは生きられない』『バッドエンドの誘惑』を著書にもつ真魚八重子さん。ぜひご一読ください。

酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み

文=真魚八重子

 なんと厭世観に満ちたアニメであろうか。『ボージャック・ホースマン』はコメディとして優れた作品でありながら、同時にこの世で生き続けることへの倦んだ精神をはらんだ、ギリギリの瀬戸際を歩むような気配に満ちている。

 主人公のボージャック・ホースマン(ウィル・アーネット)は馬だ。このアニメの世界ではさまざまな動物が擬人化されており、人間も動物の一種として存在する。多種多様な彼らは現代人の文化のなかで暮らし、恋愛も哺乳類や水中動物、鳥類などの間でも差異は関係なく成立する設定となっている。職業は動物の特性に従っている場合もあるが、それは得手を仕事にしているといった程度の意味合いしかなく、猫も鳥も爬虫類も普通にサラリーマンだったりする。

 ボージャックは90年代に『馬か騒ぎ』というテレビのシットコムで主役を演じ、一躍お茶の間の人気者となった。しかし長く続いた番組も人気低迷とともに終了し、彼はそれ以降、芸能界から距離を置いて過ごしてきた。それはなまじっかなことをして評判を落としたくないという自尊心や、新しい仕事は面倒という自堕落さゆえだが、彼は無為に日々を過ごすうちに、いわば忘れられた芸能人となっていく。だが2010年代に入り、50代を迎えたボージャックに自叙伝出版の話が持ちかけられたことから、このアニメは始まる。

 ボージャックは複雑で厄介なキャラクターだ。街では見知らぬ一般人に「『馬か騒ぎ』に出てた馬だろ」と声をかけられてうんざりするが、誰にも気づかれなければ不安や孤独を感じる。だが彼が表すのは、芸能人特有の驕りによる感情だけではない。これまでの5シーズンを通してボージャックが味わってきた感情は、苛立ち、妬み、絶望、羞恥、自暴自棄、依存、渇望、自己嫌悪、そしてその他のあらゆるネガティブなもの……。これらは、われわれも日常的に苦しめられ、しみじみと思い知っている感覚だ。そのためにボージャックの後ろ向きな姿勢は他人ごとではなく、われわれも常にさいなまれている感情を体現し、自然と視聴者も寄り添えるように描かれている。

 自叙伝に関してボージャックは思いがけない葛藤を見せる。その心の動きは痛々しく、理由に関しては徐々に察しがつくようになっている。芸能人として秀でた自分を演出するために書きたい話と、実際に幼少期に体験してきた悲痛な経験の落差。ボージャックにとっては、両親に愛されなかった事実はタブーのため、無意識に掘り返す行為を避けてしまい、それが原稿を1行も書き出せないつまずきとなっている。

 編集部は締め切りを過ぎても書き出す気配がないボージャックを心配し、ゴーストライターを雇う。その執筆を担当するのが、ベトナム系アメリカ人女性のダイアン(アリソン・ブリー)だ。彼女はその後もボージャックと衝突を繰り返しながらも、窮地では互いに救いの手を差し伸べるような親友関係となっていく。

 ボージャックの周囲には、内向的なダイアンを除いて、対極的な明るい人物が多く登場する。まだ20代の若者で、ボージャックの家に居候しているトッド(アーロン・ポール)はその代表だろう。ボージャックはトッドを見下しているが、いざシーズン1でトッドがロックオペラの作曲家として独り立ちしようとすると、急に寂しさや不安をおぼえて妨害行為に走ってしまう。
『ボージャック・ホースマン』は動物たちのアニメであるが、優れた心理劇や人間ドラマであると思うのは、こういった局面に至った際のボージャックの心の動きが、何層にもなっているためだ。ボージャックはトッドが去ることへの不安を、明瞭に認識しているか定かではない。彼は手を回して狡猾にトッドの失敗を画策しながらも、そうする自分自身の動機をみずから欺いているようにも見える。おそらく彼の高い自意識が、「トッドがいないと寂しい」という率直な恥ずかしい気持ちを認知にのぼらせるのに抵抗しているのだろう。だから、ボージャックは妨害行為を「まだトッドは独り立ちするには早すぎるから」と説明する。半ば自分でもそう信じているような、感情の迷走がそこにある。
(続きは『ネットフリックス大解剖』P.114、または本ページ下部よりご購読いただけます)

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※転載にあたり、動画および埋め込みリンクを加えています。

190125■ネットフリックス大解剖_帯あり

《書誌情報》
『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』
ネット配信ドラマ研究所 編
四六・並製・232頁
ISBN: 9784866470856
本体1,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK239

〈内容紹介〉
イッキ見(ビンジウォッチ)がとまらない。
世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する
どハマり必至の傑作オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのレビューで徹底考察。
ネトフリを観ると現代社会が見えてくる!

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〈目次〉
・麻薬戦争という名の“ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス(村山章)
・ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル(小杉俊介)
・〈他人の靴を履く〉ことへの飽くなき挑戦――マスター・オブ・ゼロ(伊藤聡)
・熱狂的なファンたちに新たなトラウマを残した人気シリーズ続編――ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ(山崎まどか)
・愛することの修練についての物語――ラブ(常川拓也)
・酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン(真魚八重子)
・ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ――親愛なる白人様(杏レラト)
・少女の自殺が呼んだ大きな波紋――13の理由(辰巳JUNK)
・ポップカルチャーの新しいルール。またの名を『ストレンジャー・シングス』――ストレンジャー・シングス 未知の世界(宇野維正)
・ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー(小林雅明)
・死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA(長谷川町蔵)


以下より、「酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン」全文をご購読いただけます。

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