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フェミニズムと時代劇!? マッチョなイメージもある時代劇、やくざ映画は、女性が見てもスカッとするのか?

『「姐御」の文化史』より「前口上」(まえがき)を公開! 山内マリコさん、栗原裕一郎さん、斎藤美奈子さん、柚木麻子さん、野中モモさん、近藤真弥さんなどなど、書評も各紙を賑わし、話題の本書。まだ読まれていない方は、ぜひ著者・伊藤春奈さんによる「前口上」だけでも、聞いて(読んで)いってちょうだい!

ホモソーシャルな社会を生き抜いた日本の強くてヤバイ女たち

 誰かの勇敢な行いやストレートな言葉に力をもらったり、私もあんなふうになれたらと憧れたりすることがある。
 この数年、『ワンダーウーマン』(2017年)『アトミック・ブロンド』(2017年)『キャプテンマーベル』(2019年)『ムーラン』(2020年4/17公開予定)のように強くてかっこいい、女性の主人公を描いた映画やドラマ、小説などが目立つようになった。ネット配信作品でも、見ていて元気になれるような新しい登場人物が、フィクション・ノンフィクションを問わず増えている。

 歴史に埋もれてきた女性を見直す動きも、世界中でさかんだ。科学技術の分野で活躍した女性たちを描いた映画『ドリーム』(2016年)や、女性のロールモデルを紹介した伝記本も多数刊行されている。そして、隣の韓国では、100万人をとりこにしたフェミニズム小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、筑摩書房)が登場し、日本にも上陸。ジャーナリスティックな読み口が日韓で支持され、大きなうねりとなっている。長らく欧米のフェミニズムを手本としてきた日本でのこの動きは、同じ儒教道徳をルーツとしてきたからこその、「歴史的な共感」といえる。では、日本ではどうだろう。

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 『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤 真理子訳、筑摩書房)

 かっこいい女性を描いた作品が日本には少ない、日本には強い女性はいないという。よく聞く理由は「むかしの女性は地位が低かった」「だから記録も少なく、歴史には残っていない」「現代の価値観で描いても共感を得られない」といったものだが、本当なのだろうか? 
 じつは、日本にもかっこよくて、見る人の心を熱くしてくれるような女性は「むかしから」いた。しかも、男女世代問わず人気を集めてきた。それが、この本がテーマとする「姐御(あねご)」である。
 姐御っぽいキャラクターが広く好まれてきたことは、国民的な作品を見ても明らかだ。
 例えば、日本歴代興行収入ランキングナンバー1の映画『千と千尋の神隠し』(2001年)に登場するリン。主人公が湯屋で世話になる先輩だ。サバサバした口調がいかにも姐御肌で、面倒見のよい女性である。
 同じく宮崎駿作品『もののけ姫』(1997年)のエボシ御前は、武器を使いこなす、強い大人の女性。不敵な笑みを見せたかと思えば、豪快に笑うところも姐御っぽい。たんに頼れる女頭とう目もくというだけでなく、ひそかに難病に苦しむ人々を助けている姿も心憎い。また、『天空の城ラピュタ』
(1986年)の賊頭(ぞくがしら)、ドーラは子分を従えてパワフルに生きる姐御。本書では、実在したドーラ型の姐御も女性史の一面として紹介している。

やくざ映画の姐御たち

 そして、なんといっても姐御と聞いてまず思い浮かぶのが仁侠映画(やくざ映画)である。
 岩下志麻や藤純子が銃を構えながら啖呵(たんか)を放つ、様式美のある大衆的な作品群だ。「よござんすか」と賭場で壺振(つぼふ)りを務める女博徒や、男の子分を従える女組長は、アイコン的な姐御である。
 なお、仁侠系姐さんのなかでもっともメジャーな「極ゴク妻ツマ」(「極道の妻(おんなたち)」)は、姐御を近世〜近現代の女性史とともに振り返るという本書の趣旨から外れるので省いた。
 任侠映画というと、ホモソーシャルな世界観で生きる男たちが女性を暴力的に扱う印象が強いが、例えば『マッドマックス 怒りのデスロード』(2015年)が虐げられた女性たちの怒りを描いた隠れたフェミニズム映画だったように、女性をフェアに描いた作品も少なくないのだ。食わず嫌いをせずに鑑賞いただければ、ヘタなアクション映画より、女性が見てもずっとスカっとするはずである。
 また、時代劇、とくに股旅ものと呼ばれるジャンルの作品にも、じつは現代の価値観で描いたと思われるような先進的な作品があり、厳選して紹介した。女性を一個人として尊重し、女性の歴史にも敬意を払った物語は、今こそぜひ見直してもらいたい。

「啖呵(たんか)」を武器に!

 彼女たち「姐御」の最大の魅力であり武器が、「啖呵」である。ここぞという場面で姐御が袈裟懸(けさが)けに言葉を振り下ろす姿は、胸がすっとする。多くの人が率直な異議申立てに憧れがあるものの、現実に声をあげるのは難しいと感じているからだろう。今よりはるかに強い抑圧を受けていたむかしの女性となればなおさらである。
 啖呵を切り、勇敢に戦う姐御はたしかにかっこいいが、映画などの舞台である明治、大正時代にそんな女性が存在したのだろうか? それとも、その前から? そもそも姐御とはどんな女性だったのだろう。なぜ、私たちは姐御が好きなのだろうか。
 答えは江戸時代にさかのぼる。「姉」の尊敬語「姉御」が、博徒の親分や火消(ひけ)しの妻に使われだしたのが江戸時代だ。子分たちが親分の妻を「ねえさん」と呼んで敬った。
 そして当時、庶民の間では芝居や浄瑠璃で、威勢がよく粋な女性が好まれていた。とくに江戸っ子は、「侠気(きょうき)」と呼ばれる度を越した正義感を愛し、そうした生き方を、「義侠心」「勇み肌」「伝法(でんぽう)」「鉄火肌(てっかはだ)」といった美意識として育はぐくんでいったのだ。これらを兼ね備えていたのが「姐御」である。言動に鋭さがあり、強く頼もしい女性たちだ。いずれの女性たちも、「あだ」と呼ばれたクールな色気がひとつの特徴で、「あだっぽい」などと称えられた。

「姐御」の5つの要素!!!

 これらの歴史的・文化的な流れと、本書で紹介する姐御作品をふまえて、私は「姐御」を次のように定義してみたい。
 ①はっきりと自分の意見を言う
 ②不要な笑顔を見せない
 ③女性の正当な怒りの言葉である「啖呵」を武器に闘う
 ④自分の強さを弱者救済に使う
 ⑤日本の伝統的なフェミニストである
 姐御が登場する娯楽作品を、舞台となる江戸・明治・大正時代の歴史背景や、製作された時代の社会情勢とともにひもとき、女性像の変化も探っていく(複数翻案されている作品は原則として、DVD化されていて視聴しやすいものを選んだ。また、本書は時代を江戸から近代までと限定し、現代を舞台とした作品や実録系のやくざ映画は除いた)。

本書のおもな内容

 1章では、江戸文化が生んだ市井(しせい)の姐御たちから、仁侠映画や時代劇の姐御像のルーツを探る。下町のいなせな芸者や浪花の女侠客(きょうかく)など、庶民の姐御スターたちが浮世絵や芝居を飾り、魅力的な女性のタイプとして確立された時代だ。

1-6(『「教訓 親の目鑑 俗に云 ばくれん」』)

「女らしさ」を無視する江戸の町娘。「教訓親の目鑑 俗ニ云ばくれん」(喜多川歌麿、19世紀前期)

 2章では、女性像のターニングポイントである幕末〜明治維新期を舞台にした作品を紹介。同時に、明治政府が「望ましい男性性・女性性」へと人々を矯正し、徹底したジェンダー化教育をほどこしていく流れを追う。「良妻賢母」像を叩き込まれる女子が量産されるいっぽう、「悪女」「毒婦」としての、アウトローな姐御像が良くも悪くも脚光を浴びた時期である。近代教育の開始から150年が過ぎてなお、公正なはずの大学入試で女性差別が明らかになったが、その根源となる差別意識もみえてくるだろう。また、幕末維新期を舞台にした「股旅時代劇(やくざ映画のルーツでもある)」には、なんと「男らしさ」を否定した作品(!)もあるので、今の視点で見直してみたい。
 3章では、姐御がみせる強さの秘訣、「性の越境」をテーマにした作品をとりあげる。『ゴーストバスターズ』(2016年)、『オーシャンズ8』(2018年)など、人気作の登場人物を男性から女性に置きかえた作品が近年目立つようになったが、じつは「女版○○」は古くから日本の定番ジャンル。宝塚・女剣劇・異性装劇などの男女逆転劇で、「女らしさ」の呪縛から解放され、自分だけの生をまっとうした女性たちを振り返る。
 そして4章では、超男社会で暴れた姐御たちを、5章では働く姐御たちのシスターフッドを描いていく。ここでは仁侠映画の意外な一面を知ることになるだろう。

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仕込み刀と緋牡丹の刺青はお竜のトレードマーク。いずれも、
女性性と男性性をあわせもつ小道具であり、「男として生きる
女」を象徴している。『緋牡丹博徒』(東映、1968年)より。

5章で多く登場する「姐御芸者」たちは、苦い現実を生きる大人の連帯で私たちを勇気づけてくれる。2018年のドラマ『監獄のお姫様』(脚本:宮藤官九郎)がちょうど似たテーマで描かれた話題作だった。ときに手を取り合い、互いを称え合う女性たちの正義と連帯は、姐御マインドそのもの。作風がコミカルなだけに、主人公の中年女性たちが生き抜いていく姿にしびれた視聴者も多かったはずだ。
 また、同じく宮藤官九郎脚本による大河ドラマ『いだてん』(2019年)では、日本人女性初のメダリスト・人見絹枝(「姐御」と呼ばれていた)が後輩の女子たちのために死力を尽くす姿が話題となった。人見は女子スポーツの黎明期、つねに女性蔑視と偏見にさらされたが、「いくらでも罵れ。私は甘んじて受ける。しかし、私のあとから生まれてくる若い女子選手や、日本女子競技会には指一つ触れさせない」と啖呵を切ったこともある。


日本にはかっこいい女性のロールモデルがいない。本当だろうか?

 現代でも共感できる姐御作品には、実在のモデルがいる。 本書で彼女たちを追い、世界の半分を占めながら見過ごされてきた女性史もあわせて見直してみると、「日本に強くて、かっこいい女性はいない」は、たんに社会が見ようとしてこなかっただけだということがわかるはずだ。
 むかしの「女性」はじつはとても多様で、タフな人も多く、人々はそれを当たり前のこととして尊重し、愛してきたのである。

以下は本書の目次です。なお「前口上」の掲載にあたり、note用に見出しなどは加えさせていただきました。(DU BOOKS稲葉)

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姐御(帯あり)

「姐御」の文化史
幕末から近代まで教科書が教えない女性史
伊藤春奈 著

伊藤春奈(いとう・はるな)
立命館大学産業社会学部を卒業後、出版社、 編集プロダクションに勤務。雑誌やムック、 書籍などの編集を担当する。2006年より、 フリーランスの編集者・ライターに。 幕末史や女性史を中心テーマに活動。著書に、『真説! 幕末キャラクター読本』(アスペクト)『幕末ハードボイルド』(原書房)などがある。


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