恋活をした話。「出会い系サイトと私のはなし」

恋活をしよう、と決めたはいいが何をどのようにすればいいのかが分からなかった。そもそもちょっと恋愛しなくなったらトキメキだとかを抱かなくなった(他人の話聞いている時はいいなぁだとかキュンキュンしたりはしたけども、それを自分が誰か特定の異性に抱くことが無かったのだ。誰かの彼氏、誰かの旦那としての「いいな」を感じるだけで)。

その頃はまだマッチングアプリというものが「出会い系」としてあまり良くないものだった。アプリとしてのものも少なく、それこそ「出会い系サイト」だった。私は処女を捨てたいという下心のみであまり期待していなかったので(といいつつ良い人居たらいいなと思ってしまっていたけれど)出会い系サイトでいいやと思いとあるサイトに登録した。(のちにアプリに変わっていたが)。

広告で出てきたそれは、記憶が曖昧だが確か登録が無料だった。男女問わず無料で、マッチしたら(お互いがいいなと思った人にハートを送り合うこと。そういう名称だったかも覚えていないが)出来るようになるメッセージのやりとりが有料だった。

性別と名前(HNのようなもの)と誕生日と血液型と住んでいる県名を入れ、写真は当時好きだった飲み物にして「よろしくお願いします」だけを入力して登録が完了すると、同じ県に住んでいる人や近くに住んでいる人が表示されるので、見ていいなと思った人にハートと送るような感じだった。

どんな風だったか記憶が曖昧だから間違っているかもしれないが、そこで表示されるのは異性である男性のみだった。他の人がどんな風に書いているのか参考にしたいと思っていたのと良い人が居たら友達になりたいと思っていたのでそこにはちょっとがっかりした事はよく覚えている。所謂出会い系サイトに同性の「友達になってくれる人」を探しているのは稀なので(そういうのはmixiとかモバゲーとか色々あったしそちらのが友達は作りやすかった)サイトの説明にも「同性」なんて文字が無かったので仕方無いし何も問題は無いのだけれど。

男性のプロフィールは大体がしっかりと紹介文が書かれていて、写真は本人写真(違う人もあるかもしれないが人間の写真)か飼っている犬などペットの写真が多く、何県何市に住んでる何歳でどういう仕事をしているだとかどういうきっかけで登録しただとかが詳しく分かるようになっていた。

自分もこんな風に書くべきかな、と思っているうちに何十件かハートが送られてきた。年齢を登録していたからだと思う。見ると、ハートを送ってきた男性は30代~60代と年齢層はバラバラだった。

自分がデブスである事を棚に上げて好みじゃない人は全て流した(ハートを返さなかった)。

自分より年上が多いのは想定していたが、父親より上の年齢の人が自分みたいな20代にハートを送ってくる事が気持ち悪く思えた。プロフィールを見て、妻に先立たれただとか書いてあれば多少は見る目が変わった。そういう年齢でもこういうの使うなんて最先端だな、みたいなよく分からない考えを持っていたのだ。私はデブスな上にバカだったのだ。

ただ、妻に先立たれたというようなことを書いていたのは3人ほどで、あとは「若くて可愛い彼女が欲しいです」だとか「独身のまま死ぬのは嫌だと思いました」というような事が書かれていた。妻に先立たれたと書いていた人の中には「〇歳の孫が居ます。孫かそれより下の可愛くて若い彼女が欲しいです」と書いてる人もいた。やっぱり気持ち悪いと思ってしまったのでその年代の人は全て流した。

他の年齢層の人達も、大体が自撮りで、トイレか洗面所で携帯が真ん中に写っていて、目線は携帯に向けられており、ピースをしたりとちょっとしたポーズを撮っている写真が多かった。

それらを見ているうちに、段々冷めてしまった。処女を捨てられるような良い出会いがあるかも…!なんて期待していたが、出てくる写真の背景がやたら汚かったり、その人自身が不潔そうだったり鏡に収まりきらない幅をしていたり、おじさんでよく見るギャル男のような日焼けサロンで焼いたような肌の色、荒れてニキビだらけの頬、小汚い茶髪に顔が縦長に見える髪の盛り方、髑髏のアクセサリー、ヒョウ柄のパンツ、ごつい指輪、よく分からないカバーをつけていたり、普通の眼鏡に薄く青色がかったようなサングラス、謎のスタンプ(当時がデコ絵文字だったかは覚えてない)や口元や鼻だけハートで隠してあったりとかが多かったのだ。鏡のふちが迷彩柄だっただけで合わないと感じた事もあった。

そのサイトに登録していた人の大半が彼女いた事あるのかな、というような人だったのだ。「出会い系に登録する男性」のイメージそのまんまだったのだ。そりゃそうかと諦めて、それでも良い人が居たらなんて思いながら他のにも登録してみた。

結局3つほど登録してみたのだが、全てに「同じ県内に住むどのサイトでも写真も文章も全部が全く同じ人」からハートが送られてきたのが怖くなって全て辞めてしまった。

3つのうち1つは最初の数回だけ無料でメッセージがやりとり出来るのだが、それで送られてきたメッセージでは「〇〇(最初に登録したサイトでの私の名前)ちゃんだよね?w俺、全部でハートしてるよ♡△△県住み同じだね!」というような内容だったのだ。どのサイトでも名前も違えば紹介文や写真も登録していないのすらあったのに特定されたのだ。本名でもないしどの名前も似ていないもの(例えばAでは「さつき」Bでは「せな」Cでは「ゆ」だとか)だったのに、特定したのはきっとどれも20代で誕生日と血液型と住んでる県(県しか公開してなかった)が同じだったからだと思う。その人のプロフィールで隣の市に住んでいると書いていたのを見ているので何かで会ってしまうかもしれないと思った。どのサイトにも自分自身が特定できる写真の公開はしていなかったけど、何が理由でバレるか分からなくて怖くなったのだ。「出会い系は怖い」が分かったような気がした。


サイトはダメだと思って、今度は誰かに紹介してもらう事にした。

それまで友人の紹介は紹介してくれても上手くいかなかったりしたらその友人に悪いからとかとんでもない人だった時に友人ごと切らなくちゃいけなくなったら怖いからと遠慮してきていたが、成人してすぐというほど若くも無かったので大丈夫だろうと友人に誰か良い人いないか訊いてみると、やはり友人も「変な人を紹介したくないからちょっとよく調べてから紹介するね」とすぐに紹介する事は無かった。そもそも「良い人」が居たとしてもこちら側がその相手にとっての「良い人」ではない可能性もあったのだけれど。

当時の理想のタイプは「目が細い人」だった。理想の芸能人は、森山未來。

「森山未來みたいな人はいるけど本当に何も喋らないような人だけど大丈夫?」だとか「チャラいけど大丈夫?」とかを訊かれる事はあった。「〇〇だけど大丈夫?」という訊かれ方をすると不安になってしまうので結局紹介を断ってしまった。

いつの間にか、恋愛する事すら難しくなっていた。誰かを好きになるというのがこんなに難しいとは思わなくて過去に好きだった人を思い出してみる。初めての恋人も含め、どうして好きだったか分からなかった。話していて楽しかった。でも付き合いたいとは違っていたのだ。片思いするために好きだったのだ。誰かと付き合いたいと一度も思った事が無かったのだ。昔から私はチビでデブスで性格が悪くて、小学生から中学生の頃まで誰かにいじめられたりいじめたりを繰り返していたのだ。自分に魅力なんて無くて、いいなと思ってもらえるよう努力する事も無ければその気もなかったので「恋人が欲しい」はただ「恋をしている自分が好き」「誰かに愛されたい」でしかなかったのだ。妄想で十分だったのだ。最底辺に居る私と付き合うという事は、相手がこの最底辺の私を好きだという事。その人までバカにされたりするのが嫌だった。そしてそんな相手に対して私は自分勝手に冷めてしまう自信があった。

小学生の頃は、多分ちゃんと好きな人が居た。直接告白する勇気が無くてラブレターを書いた事もあった。だけどそれがクラスメイトにバレて随分恥ずかしい思いをした。しかも振られた。知っていたが、その人を好きな女の子がいて、その子とお似合いだったのだ。多分好きな人もその女の子の事が好きだった。私は二人がくっついたらいいと思っていた。だけど、その男の子の事が好きだったのは事実で、もやもやとしてしまう。だから振られるためにラブレターを書いたのだ。昔から泣き虫だったから直接振られて泣いてしまうと相手に迷惑をかけると思ったからラブレターを書いたのだ。それがクラスどころか学年全員にバレてしまったのだ。椎名は〇〇が好きだけど振られた。その事実が広まってしまった事が恥ずかしくなって、そして振られるのが分かっていて書いたラブレターを本当は書いた時点で満足して諦めがついていたのだが、それを説明してもあまり理解されなかった。渡すつもりの無かったラブレターを、うっかり学校に持ってきてしまったのがバレておせっかいなクラスメイトによって本人へと渡されてしまった。それはあっと言う間で、止められなかった。私は振られたけど強がっている女と思われている事が恥ずかしかった。デブスのくせに人を好きになるなんてと思われているのではないかと被害妄想を抱いていた。

初めての恋人も、考えてみたら振られるために告白した辺り同じだったのだと思う。うまくいくとは微塵も思っていない。少しでも好きだなと思う気持ちがあるせいで何かがうまくいかなくてしんどくて終わらせたかった。結局その時も直接言えずにメールで言った。私は相変わらず泣き虫で自信がなかった。

片思いをするのは楽しかった。だから誰かが好きな人の話をしていればその話を聞いて私もその人の事を好きになった。勿論その子と好きな人がうまくいってほしいと思っていたのだけれど。小学生以降、好きな人に告白をする事もやめたので、その人達のために何かをしたりする事も無かった。自己満足でしかない行為のせいで恥ずかしい思いをしたくなかったからだ。だったら片思いなんてやめてしまえばいいのに、やっぱり片思いは楽しくて幸せで、私は今まで色んな人を好きになった。付き合いたいとは思えない好きな人を作って片思いしてきた。

それが、仕事というものによって片思いから離れてしまったのだ。気付けばそれで何年も経って、やっと出来た好きな人が初めての恋人だった。色んな事がリセットされて、多少は変われたのではないかと思っていた。だから好きな人が出来たし、その人が恋人になったと思っていた。一度でも上手くいってしまったからか、振られた時のショックは本当にきつかった。多少自信をつけていたとはいえそれはうっすらとしたもので、相変わらず上手くいくなんてありえない事だと思っていたから、付き合っている実感があまりなかったのに(実際デートも一回だけでそれ以降会っても無ければ好きだとお互いに言葉にした事はないし確認したこともない)、振られたという事実だけは初めてではないのに今まで以上に悲しかった。きっとそう思える程度にはちゃんと好きだったんだろうと思う。でも、凄く悲しくて傷ついたと思ったけど、別に初めての恋人をそんなに好きだったんだと思うことも無ければ憎んだりとかそういうのも無かった。「ふられた」という事実だけがただ悲しくてつらかったのだ。

私は、予防線を張っていたのだ。最初から「自分はデブスでバカで性格が悪い。だからこんな私を好きになってくれる人なんていない」と思う事で振られても当たり前だと自分自身に思い込ませていたのだ。それによって自分が傷つくのを減らそうとしていたのだ。そして誰かに好きになってもらたら「自分は変われたのだ」とプラスで考えられるようになりたかったのだ。それが、実際に振られた事によって「その通りでした。あなたは何も変わっていません」と現実として目の前に現れたら、「もしかしたら何処かにこんな私でも好きだと思ってくれる人がいるかもしれない」というフォローを誰も入れられないようになったと思ったのだ。自分自身こそが最底辺だと現実を改めて思い知ったのだ。

私は振られた傷を癒すために仕事漬けにした結果、恋愛の仕方が分からなくなってしまったのだ。誰かを好きだと思う気持ちが分からなくなってしまっていたのだ。好きか嫌いかではなく嫌いか嫌いではないかどうでもいいの3つしかなくなってしまっていたのだ。最底辺の私が、誰かを好きになる事自体おこがましい事なのだと思うようになっていたのだ。


それからしばらく、誰かを好きだと思う事も無ければそのために努力をする事もなく、何もないままに時が過ぎ、やりとりがメールからLINEに変わっていった頃、私は仕事での位が上がった事により更に仕事が忙しくなり、前よりトキメキだとか恋愛だとかをしたいと思う暇もないくらい忙しく働き始めていた。その頃の楽しみは休みの日や仕事終わりの友人やバイトの子達とのご飯や飲みだけになった。

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