The story of a band~#27 trouble ~
「お、ジョンが到着したみたいだな。」
仁志の携帯の着信音が鳴り、寝起きから頭がまだぼうっとしながらも、ジョンを玄関まで迎えに行く。
前日からハードスケジュールのため、レコーディング開始は午後からとなった。
時刻は12:30を過ぎていた。
「おう、よく来たね!お疲れさん!」
「ここかあ。びっくりだね。こんなところにスタジオがあるなんて。」
「だろ?まずめったに体験できない空間だからね。しかも俺たちは有名ミュージシャンの自宅スタジオで一晩過ごしたことになってる(笑)。ここでのレコーディングは、お前の帰国までの思い出に加わると思うよ。」
「確かに。Thank you! ところで、みんなは?」
地下の階段をジョンと一緒に降りていきながら、仁志はスタジオの中を指さした。
「ほら、寝ている奴もいるけどそろそろ起きると思うよ。昨日っていうか、今朝の4時くらいまで誠司のギターレコーディングがあったから。伊東さんもあまり寝てないし、仕事があるからって一旦抜けたんだよ。エンジニアさんもね。だから、もう少し待ってて。」
「そうなんや。なんか大変やったんな。でも伊東さんって寝てへんやろ。いつ寝てんのやろ。」
ジョンが興味深そうに聞いてくるが、仁志も分からないと答えるだけだった。
しばらくして、伊東とレコーディングスタッフが現れた。
伊東は、昨晩のレコーディングの疲れを一切感じさせないほど気さくに声をかけた。
「おし、ボーカルレコーディングだったな。お、噂のジョンだよな。ジョンは、一曲だけ参加と聞いてるから、先に録音してしまおうか。」
「お願いします。」
ジョンは、スタッフがレコーディング準備をしている間、別室で発声練習をし始めた。その後には仁志もレコーディングを控えていたため、一緒に行った。
他のメンバーもしっかりと起きて、ジョンのレコーディングを見守った。
身体があったまってきたころ、伊東が声をかけた。
「そんじゃ、ジョン。いってみようか。」
ジョンは、ブースに入り、ヘッドフォンを装着した。録音した曲は、dredkingzの一番最初に作ったオリジナル曲「keep runnin'」。ジョンのラップが生きる楽曲だ。
ジョンのラップを聴きながら伊東が言った。
「やっぱり本場の英語はかっこいいよね。」
皆が笑顔でうなずいた。
ジョンのレコーディングは滞りなく進んだ。あとは、仁志のボーカルレコーディングを行うだけだった。
ジョンがブースから満足そうに出てきた。
「オツカレ~!よかったんじゃない?伊東さんもかっこいいって言ってたよ!」
「OK!That's right!」
ジョンは、その後、出来上がった音源を楽しみにしている旨を皆に伝え、外せない大事な用事のため、惜しみながらもスタジオを後にした。
メンバー全員が、これがジョンとの最後の共有時間だったことをひしひしと感じていた。
たった一曲だけだったが、ジョンの存在感を証明できた。むしろ、一曲に集中できたことが良かったのかもしれない。
プロミュージシャンの場合、スタジオレコーディングでは、通常何曲も一気に仕上げることはない。一曲ずつしっかりと形にしていくのだろうが、それだけ時間とお金をかけられるのが強みだ。
しかし、無名のバンドには時間も金もプロに比べれば微々たるものだ。その中で最高のものを仕上げなければならない。現に、あと数時間で録音し、秋田に帰らなければ仕事に間に合わないという状況だ。
仁志は気を引き締めた。
(やべえ。緊張してきた。俺次第だ。しっかり歌わないと!)
仁志の気合とは裏腹に、何やらスタッフと伊東が慌てたように話し合っている。
どうやらトラブルがまた起きたようだ。
「何かあったんですか?」
我慢できずに、今河が聞いた。
「・・・えっとですね。さっき録音した音源自体が見当たらなくなったんですよ。」
「えっ!?」
「つまり、ジョンのボーカルだけじゃなく、楽曲自体もってことですか?」
「そういうことなんです。今、探しているんですが・・・・・。」
スタッフは慌ててパソコン内のデータを探していた。
トラブル発生から数時間が経っても状況は変わらなかった。
「マジかよ・・・。」
伊東も心配そうにスタッフに声をかけていた。
しかし、レコーディング時間がいよいよリミットに近づくと申し訳なさそうに言った。
「ごめん。仁志のボーカルは今日は無理そうだわ。また日程知らせるから、来てくれよ。本当にごめんな。それに、仁志のボーカルは、きちんとレコーディングしたいからね。」
「はい。その時によろしくお願いします。」
落胆は大きかった。次回レコーディングまでなんとか音源が見つかるといいが、そうでない場合は、あまりにもショックが大きすぎる。
それに再録が可能だったにしても、次回レコーディング日をジョンの帰国前の日に合わせてはくれないだろう。
この状況を、心が痛んだがジョンに電話で連絡して話した。
「・・・・そうかあ。・・・しょうがないな。なんとかなればいいんやけどな。もし、駄目でも、曲自体はなくならんから。CDできたら、教えてな。」
仁志は、ジョンの満足げな表情を思い出すと、胸が締め付けられる思いだった。
スタジオの明かりは消された。
外はもう夕日が落ちかけている時刻。
疲労感と落胆に満たされた4人は車に乗った。ここからまた7時間以上もの時間をかけて秋田に戻らなければならない。
深いため息は、街の明かりの中に儚く消えていく。
車内で今河が言った。
「今回の件はあってはならないことだよ。ECHOESのときも、実はそういう時があってね。やらかしたエンジニアは、後で丸坊主になってたよ。そのぐらいで済むのかという問題もあるけどね。下手すりゃクビだよ。」
皆、虚ろな目で聞いていた。
「でも、これを良い意味でとらえるとすると、俺にはまだ練習できる時間があるということっすよね。次回レコーディングは、がんばりますよ。」
仁志が言った。
「そうだね。そうとらえていくしかないよね。」
車内は、行き交う車のライトに照らされていた。誠司は慣れない都会の街を注意深く見つめ、慎重に運転していた。
信号待ちで停車したときのウィンカーの音が空しく聞こえてくる。
しかし、いつまでも嘆いてばかりはいられない。トラブルはつきものだ。順調であればあるほど、起こりやすいのが世の常。そのトラブルを乗り越えて、いい作品を作るしかない。
次回レコーディングの日程は、秋田に戻ってからまもなく、伊東から今河に伝えられた。
「8月最終週の土日だそうだよ。」
残念ながら、「keep runnin'」のデータはすべて消えてしまったらしい。楽曲自体は再レコーディングもできるが、ジョンは、その時にはすでにアメリカに帰国している。
つまり、再録のレコーディングはできない。
苦肉の策として、かつて自分たちでレコーディングした同曲音源を利用し、編集されるということであった。確かにジョンの声はそこに残されてはいるのだが。
バンド内での話し合いの結果、野口は仕事の関係で行けないので、誠司、仁志、今河の3人で向かうことになった。
「データがなくなったのはしょうがない。なんとか、うまく処理してもらうしかないね。」
「とうことは、俺は4曲歌えばいいというわけですね。」
「うん。前回のあの日程じゃ、やっぱりボーカル録りまでは無理があると思うよ。ハモりやら、何やらやっぱり時間がかかるからね。でも、前みたいにトラブルはないと思うから、じっくりやれると思うよ。」
「はい。そうですね!がんばります!!」
残念な気持ちを押し殺しながら、仁志は今河に決意を示した。
8月下旬。前回のレコーディングから2週間後、再び3人はスタジオレコーディングのために埼玉に向かった。
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