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ポスドク研究員が外資系化学メーカーに転職したら、1年半で部署ごとなくなった話

#わたしの転職体験

とある外資系化学メーカーへの転職

私は研究職として企業3社を経験している。アラフォーとはいえ、博士、ポスドク経験もあるので、ジョブホッパーや社会不適合者と言われてもしょうがない。転職した理由は色々だがその一つを紹介したい。

ある外資系化学メーカーに転職したときの話だ。世界有数の売上を誇る企業の研究職であったので、任期のわずかなポスドク研究員は喜んで応募した。面接に進むと日系の会社とは異なり、いきなり研究所長と上司となる管理職が出てきて、ざっくばらんに話ができたのを覚えている。専門性が比較的近いプロジェクトがあったこともあり、何とか内定を取ることができた。

業務の引き継ぎや有休消化を終えて、入社日を迎え、簡単な入社オリエンテーションが行われた。下期入社とはいえ、転職者の同期が15名ほどいて、これが外資か!と思った記憶がある。今思うと、転職してくる人が多いということは、出ていく人も・・ということなのだが。

簡単なオリエンテーションも終え、配属部署に向かう。面接の時に話した上司と数名の同僚の小さなチームであった。日系企業とは違って、それぞれの研究者に派遣社員をつけて、指示をしながら成果を獲得していくスタイルのようだ。

1つ目の誤算

上司との面談で早速研究テーマの話をした。まだ真面目だった自分は、担当するであろうテーマの基礎的な部分について、入社前にある程度勉強しておいた。プロとして当然だ。

ところが、言い渡されたテーマを聞くと、あれ?こんなんだっけ?というものだった。恐る恐る面接の時に言ってたプロジェクトじゃないんですか?と尋ねた。その答えは、
『あぁその事業は売却することになったんだよ。』
とまさかの答え。

まぁ外資なんてこんなもんか。と新しいテーマに同僚のフランス人と取り組む。どうやら彼も元のテーマがなくなり新規テーマに手を出し始めているところのようだ。よくいえば新規事業開発。悪く言えば、アイドリングコスト。2人ともあまり知識がないものの、そこは腐っても博士。なんとか文献を漁りながら、特許化出来そうな材料を見つけることに成功した。

迫り来る違和感

ここまで一年程度、どうもおかしい環境に気づく。今までプロジェクトリーダーにあったことがなく、スケジュールや予算がどうなってるのかよく分からない。本社に紐付くチームであるためかもしれないが、周囲の同僚もこの会社はこんなもんだよというばかり。自分の気のせいかなと思っていたが、同じタイミングで転職してきた別の部署の同僚と飲みにいった時に同じ感覚であることを知る。

周りの人は忙しそうにしてるものの、なんかやってることは避難訓練やら職場環境に関することが多そうな感じ。肝心の実験は栄養士の専門学校卒のおばちゃんがやっている。こんなんでこの研究チームは大丈夫なのか??他の事業所の人と話すとどうやら自分達の事業所はかなり浮いちゃっているらしいと教えてもらう。

これは、結構やばいかもなーと思いながら求人を見始めたり、知り合いとコンタクトをとり始める。

変化の兆し

そうこうしていると、会社として大きな変化の時が来た。グローバルの社長と日本支社の社長が変わったのだ。日系企業と同じく、新任社長はドラスティックな変革で自分色を出そうとする。

このあたりから、周囲でこの研究所解体するんじゃない?とか、うちの部署は社内から相手されてないんじゃね?という冗談話が色んなところでされるようになってきた。笑いながらもまぁ、研究所だし、売上に繋がってなくても仕方ない部分もある。日系しか経験していない自分は、そこまではないんじゃないとは思っていた。

しばらくすると、日本支社の社長が挨拶回りの名目で視察ににやってきた。上司は10歳ほど若い社長と昔仕事をしたことがあるらしい。同僚が帰ってきたと、研究所のみんなとバーベキューを楽しんだ。みんなの前でボブディランを熱唱する、若く活力のある社長はとても輝いていた。

次に、グローバルライン上のvice presidentがやってきた。日本の大学の先生とのミーティングをセットしてアテンドした。上司達とは昔ながらの付き合いで、欧米のエリートらしく、カジュアルでスマートな感じであった。むかしからの付き合いもあるからか、自分達の成果も褒めちぎってくるスタイルだ。後に彼らの訪問は、このチームを評価していたのだと知る。

嵐の到来

しばらくして、日本のチームのトップからみんなが呼び出された。あまりの不意打ちでよく分からず、会議室に集まり話を聞いた。内容はグローバル組織のチーム再編成であった。どうやら今のチームはインドにあるチームと統合するようだ。専門性が近いとはとても言えないけど、シナジーを出すのが目的だと。プロジェクトはとくに変わらないから安心して、という今思えば取ってつけたようなコメントであった。

そうこうしているうちに、同僚のフランス人が転職して去ることを告げられた。まだ一年くらいでポジションも下の自分だけプロジェクトに残される。上司に人の追加はないのかと尋ねた。答えは、『君なら1人でやれると思っている』だった。

何でシニア研究者と2人でギリギリ回せてたやつを自分だけで回せると言えるのだろうか。算数できないのかな?と別の同僚に愚痴った記憶がある。せめて次が来るまで耐えてくれ、じゃないんだろうか。

出航の決意

このとき自分の中では、ここはもうダメになるなと確信した。本格的に次の会社を探し始める。奇跡的にこの会社に来る時に検討していたものの、採用スケジュールのタイミングが合わず応募できなかった会社への内定をゲットした。

そして再びVice Presidentが来るとの知らせがくる。さらに上の上司を引き連れて。これは本格的にヤバイ。同僚たちと様子を探り合う。自分はもう逃げ道を確保しているので、高みの見物であったのだが。

彼らとのミーティングは重々しくスタートした。このチームは解散する、と宣言された。彼らはdissolveという単語を使ったのだが、化学分野では溶媒にものが溶ける時にしか使わない単語だ。そうか、我々は社外に溶けていくのだなと、妙に印象に残った。

50過ぎのおじさんが恐る恐る聞いた。次のポジションはどうなるのか?と。彼らは優しく伝えた。これから1人ずつ面談をして、良いポジションを探していくと。その場にいた全員が、そんなことはないだろうと思ったに違いない。その後は、まぁ空気が悪くなる。黙々と仕事してる人。明らかに転職活動に力を使ってる人。まぁ、彼らをよそ目に私は無事に旅立つことが出来ました。送別会もあっさりとランチだけだったな。出所おめでとうという残された同僚の言葉が胸に刺さった。

新世界へ

先に転職した人たちに飲みに連れて行ってもらって、
『よくやった!出て行った方が良いと何度も言おうとしたけど言えなかった。おめでとう!!』
と満面の笑みで言われ、なんとも言えない気持ちになった。

外資系では良くあるパターンらしい。ネットでよく見る、朝来たらクビになり、自分の荷物すら取りに行けないってことはそうそうはない。日本では正社員の解雇は簡単にできないのは本当だ。その代わりに、チーム毎成果を出せなさそうな業務に変更する。会社としては、鋭意努力してチャンスを与えたという既成事実をつくる。それでもほとんどの人は血全く違う分野の研究で数ヶ月で成果など出せるはずもない。

確かに優秀な人は新しいポジションでも成果を上げることがあるのは否定しない。ただ、そんな優秀なやつはこのタイミングでは既に去っているのだ。フランス人の彼のように、できる人ほど動いていく。これがある意味外資系での正しい振る舞い方なんだろう。なんとなく外資系ってカッコ良いよなーという幻想を若いうちになくせたこと、トップの人間達の能力の高さを知れたことは、今後のキャリアに少なからずインパクトがあると思っている。

世の中には色んな職場やポジションがある。そんなわかりきったことを実感した一年半であった。外資の良いところ、悪いところを実感して今は日系企業に行き着いた。

次はスタートアップかな・・。どうやら私は懲りないタイプらしい。

続く・・のか?





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