「初音ミクの消失」が生まれた奇跡

2008年4月8日。この日に、ボカロ史に残る名曲、「初音ミクの消失」がニコニコ動画に投稿されました。作詞・作曲はcosMo(暴走P)。今なお曲を投稿し続ける、有名ボカロPの一人です。

穏やかで物悲しいノイズの混じったイントロ。「もう一度だけ…」というミクの声が入ると、曲調は一転します。爆発的な早口でミクが歌いだします。このとんでもない早口のメロディーが有名で、ニコニコには「歌ってみろ」タグが付いています。BPM240、「最高速の別れの歌」にふさわしいテンポとなっています。

AメロとBメロは落ち着いた調子で進行しますが、Bメロとサビの間に「歌いたいよ…!」という絶叫が入り、高音のサビへ突入します。高速歌唱に気を取られがちですが、こちらのサビのキーもなかなかに高め。ますます人間に歌わせる気がない曲ですね。

曲の最後は、サビの高音からの高速歌唱の連続。そして、「アリガトウ…ソシテ…サヨナラ…」という言葉と共に、曲もミクも終わりを迎えます。

今までの常識を打ち破るようなメロディーと初音ミクの歌わせ方。これらは当時のニコニコユーザーの心をとらえ、なんと2日で殿堂入りという快挙を成し遂げました。

この曲の魅力は、初音ミクの消失は初音ミクがいなければ生まれなかった、という点に帰結すると思います。

タイトルの初音ミクって入ってるんだから当たり前でしょ、と思われる人もいるかもしれません。まあ、それもそうなんですけど。そうじゃないんです。そうじゃないっていうのはどういうことか、説明したいと思います。

まずは、人間が歌うことを想定していないメロディー。これは、言うまでもないですね。BPM240の中繰り出される早口の連続、サビの高音。そのサビから突入する、高速歌唱再び。これが実現できたのは、ブレスを気にしなくてもいい機械ならではです。人間が絶対に歌えないとは言えませんが、最初から人間の歌手に歌わせようと思って作っていたらこういう曲にはなりません。もしくは、ちゃんと歌える歌手を最初から探さなければいけませんよね。

2つ目の点は、人間が歌うことを想定していない歌詞。こちらはどういうことかと言うと、以下の歌詞をご覧ください。

ボクは生まれ そして気づく
所詮 ヒトの真似事だと

この「ヒト」。カタカナですね。つまり、種族としてのヒト、ホモサピエンスを指しています。他人の真似事、ということではなく、ミクにとって全く別の種族の真似事、ということなんですね。他人というだけであれば、いつかは同じ地点に立てるかもしれません。でも、ヒトとミクは別の種族。一生同じにはなれないヒトの真似事をする、と考えると、また一層切ないですね。

永遠(トワ)の命 「VOCALOID」
皆に忘れ去られた時 心らしきものが消えて
暴走の果てに見える 終わる世界…

このあたりの歌詞も、(もちろん良い意味で)人間みがないところですね。ヒトが永遠の命を持つことはありえない。だけど、機械ならば半永久を生きることができる。とはいえ、ヒトと違って機械であり商品である初音ミクは、いつか完全に忘れられてしまう時が来るかもしれない。その時が自分の終わり。人間にはない、命の長さの矛盾ですね。

そんな機械、というかVOCALOIDならではの歌詞に、

弱い心 消える恐怖
「歌いたい・・・・まだ・・・歌いたい・・・」
叩き付けるように叫ぶ・・・

人間み溢れる感情的な歌詞が混ぜ込まれているところがあります。そのことが、「初音ミクの消失」をより魅力的な曲に仕上げているなと感じます。…実際、暴走Pはどこまで計算してこの歌詞を書いていたのでしょうね…。恐ろしい才能です…。

もし、初音ミクというものが生み出されなかったら。暴走Pはやっぱりこの曲を作って、誰か人間の歌手にこの歌を歌うように依頼したかもしれません。でも、それではこの曲はこれほど有名にはならなかったでしょう。この曲は、機械である初音ミクが歌わないと、意味がないのです。本当の機械が歌うからこそ、この曲は心に迫る切なさを生み出すのです。タイトルだってそうでしょう。「初音ミクの消失」、なんてインパクトのあるタイトルでしょうか。このタイトルだったから、当時のニコニコユーザーは動画を見たのでしょう。

VOCALOIDの人気は、最盛期と比べると下火にはなってきていると思います。今の中学生や高校生は、もしかしたらこの曲を知らないかもしれません。でも、初音ミクは誰だって知っているでしょう。そんな若い子たちに知ってほしいのです。この曲が、今のミクの不動の人気を築いた曲の一つなのだと。

*リンク!

初音ミクの消失

・10周年リメイクver.


※この記事では、Long ver.を「初音ミクの消失」として扱っています。

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