2015.11.1 続続 やっぱり渋谷が苦手な話

(前回までのあらすじ)人生で10回目の渋谷への来訪。人ごみで通り魔に刺された美女をレスキューした私は、道玄坂を登り雑居ビルに入る。このnoteの会社、株式会社ピースオブケイクだ。対談部屋である会議室で一人待っていると、憧れのその人はやってきた。


おつかれさまでーす!


き、きた!

そう、この日は実はフェルディナント・ヤマグチさんとの対談の日だったのである。フェルさんはcakes、日経、週刊SPA!で連載を抱える人気覆面コラムニストであり、恋愛投資家の第一人者でもある。

私は以前に、某最高学府出身のお金持ちの知人の片岡球子の富士が飾られるホームパーティでフェルさんにばったりお会いしていたのだ。そこでフェルさんがcakesの編集者さんであるH嬢にお話され、対談の運びとなったのではと考えている。

H嬢とともに会議室に入っていらしたフェルさん。体躯の非常にしっかりとした、それでいて筋肉デブではないボデー。ぎゅぎゅっと締まった身体をつつむのは、一見してかなり上等の光沢あるスーツだ。その割にシンプルなデザインは、ジョルジョ・アルマーニか、銀座あたりの仕立て屋のオーダーメイドだろうか。よく日に焼けたお顔は、精悍であると同時に優しさを目尻に浮かべていた。

うーん、カッコイイ・・・

挨拶をし、握手をする。分厚いが柔かい右手が、永年の恋愛投資の戦いの歴史を物語る。おもむろに例のマスクを取り出し、被られる。「高かったんだよ」

僕も同時に帽子とマスクを着用する。喋りやすい様に、紐は少し緩めだ。仮面と、帽子マスクの対談・・・これだけでも十分に異形の光景であるが、担当のH嬢は全く動じずパシャパシャとシャッターを押している。話しながら、ジェスチャーを交えた方が自然な写真になるよな、など考えていたが、あまり身振り手振りを交えながら日本語で喋るのは慣れていない。その点フェルさんは上手に手振りを交えていらした。

対談の内容は再来週にでもcakesに載るのでそちらをご参照いただきたい。

正直なところ、ともかく私はフェルさんとの対談に恐怖していた。対談とは戦いであり、精神療法であり、マウンティングである。そう思っていたからだ。なんと浅はかだったのだろう。

もちろん出来る準備は全てしたつもりだ。対談が決まったその日にAmazonでフェルさんの著書を全て購入し電子書籍をダウンロードし、9割は読み込んで行った(全て読みきれないところが私の突き抜けられない理由である)。たくさんのドックイヤーをつけ、何度も読み込んだ。フェルさんの考え方と嗜好の大体は頭にインストールした積もりであった。一種の武装だ。

ところが対談が始まり、私の予想は大きく外れることになった。

フェルさんのあまりのざっくばらんさに、私はあっという間に武装解除をされ、まるで旧知の親しい友人のようにお話をなさった。気づいたら私は、誰にも言えないようなことを話していた。失った恋のこと、恋愛を辞めたくなった今の心持ち、自己嫌悪・・・「これはオフレコにしていただきたいのですが」いったい私は何度このセリフをいっただろう。そうして豊潤な数時間はあっという間に過ぎた。

特に印象的だったのが、私との対談であるにもかかわらず私に対するそれと同程度の注意をH嬢にも払っていたことだ。なるほど、フェルさんは卓越した1 on 1プレイヤーであるだけでなく、大変なバランサーでもあるのだろう。人懐っこい笑顔は、どこか少年の面影を思わせた。モテる男はいつも父性と少年性を同居させている。

対談が終わり、再びトイレで着替える。フェルさんはデスクが沢山置かれた編集室の方へ行き、スマホの充電をしていた。「楽勝」を意味する会社のみなさんとは親しいようであった。着替えて部屋で待つ。フェルさんのマスクが無造作に置いてある。こっそり被ってみようかとも思ったが、バレたらまたH嬢にうんざりされそうなのでやめておいた。主のいないマスクを見ていたら、目があったのであわてて目を逸らした。

雑居ビルを出て、フェルさんとH嬢と三人で渋谷を歩く。あちこち歩き、熊本料理屋に入った。そこでの素晴らしい食事について書くよりもむしろ、H嬢についてもう少し書いておかねばなるまい。

フェルさんに伺うとH嬢は大変な才媛であるらしく、彼が大きな信頼を置いていることは話していてすぐにわかった。新しいMacの筒みたいな黒いリュックを背負い、全身の筋肉の協調があまりうまくいっていないのか、ぎこちなく歩いた。高学歴の人にたまに見られる雰囲気だ。

口の右口角上唇近くには黒子(ほくろ)があり、それがとても彼女を印象付ける。そのポジショニングはあと13mmほど頭側・外側にあれば完璧だ。しかしその不完全さも、きっちりと彼女の一部として機能していたし、魅力を増していた。

肩より少し伸びた髪は緩やかにウェーブしていて、天然パーマなのか天然パーマ風のパーマなのか私には判断がつかなかったので、言及するのは止めておいた。食事の途中で「Hさんは、ふしぎな魅力がありますね」と言ったら、少し相好を崩しその年齢相応の雰囲気を醸した。そのやりとりにフェルさんは特に興味を持たなかったらしく、「鶏うまい、うまい」と火の国へのリスペクトを表明していらした。

いま思い出して考えると、「一見して感じる不完全さ」が彼女の最たる特徴であり魅力なのだろう。全身の協調運動はぎしぎしとして最近のロボットの方がはるかに自然だし、目が合うタイミングは発言が80%ほど終わる頃に限られ、しかもそれは長くて1秒位だった。

そんな何もかもが、彼女の性向の幅の狭さと偏向を、しかし相当の深さを物語っていた(要するにオタクということだ)。よく見ると眼裂は外側でやや下垂し(要するに垂れ目ということだ)、緑色と見紛うほどの黒い眼をしていた。

巨大な客船を拒否し、小さな舟に乗る学歴エリート。タイタニック号のような巨大な客船では何千人いるスタッフの一人として、いてもいなくても変わらぬような仕事をすることになっただろう。その点小さい船では、彼女が欠けたら最悪航行が不可能になる。その選択こそが、彼女らしかった。

帰り際に、「同じ方向なので」とほろ酔いになった私を気遣い途中駅まで付き合ってくれた彼女。電車のドアの小さな窓越しに見た、席に座り会釈をするH嬢は、なんだか夜に咲く月見草を思わせた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?