★読書愛好会(56)

杉並区役所の仕事は刺激が少なくて五年勤めたら脳死であろう。税理士はRedオーシャン。大企業でも倒産リスクあり。自営業は厳しい。これから始まる僕の職業人生にはたくさんの選択肢がありますけど、どんな選択にもリスクがある。

部長は「リュウ君はとっても優しいから、どんな職場でも上手くやっていけるよ」と言います。父も似たようなことを言ってましたね。今までいろんな新人を雇ったが活躍しているのは協調性があり素直で人柄の良い人だと。新人研修の三日目にいきなり奇声を発して部屋を飛び出し、そのまま退職した新人もいるそうです。

素直とはどんなことかというと、会社の方針、職場の雰囲気を理解して角が立たないように働くことじゃないですか。俺が俺がという性質が強い人は誰かに雇われる能力がないのだと思います。

自分の気持ち、考えの表明を控え目にして過ごすのが模範社員になる近道らしい。でも、会社のやり方と自分の理想のギャップが大きいとストレスが溜まり、最悪、心の病気になる。

僕はどんな会社でもやっていけるのだろうか。父みたいに、いろいろ不満を持ちながらも会社でうまくやっていけるのだろうか。

いろいろ考えると不安が強まってしまいます。でも考え過ぎは利が少ないそうだ。

僕は近所のバー「はやし」で働くことにしました。とにかく身体をたくさん動かしたい、もっと世の中を幅広く知りたいと感じたからです。耳年増、頭デッカチは避けたい。

そのバーは私立高校で英語を教えていた林さんという男性が一人でやっており、時給は1250円です。面接を受けたらすぐに採用されました。バーにはいろんなお客さんが来るのでとても緊張しますが、がんばります。

週に三回ぐらい、夜の10時から深夜2時までの四時間、グラスを拭いたりカクテルを提供したりする仕事をやっています。ホットサンドの作り方も覚えました。 

バーに出勤する日、父には申し訳ないですが、予め用意した食事をレンジで温めて食べてもらいます。父は「お前も忙しいだろうから、夕飯の支度は今後、いらないよ」と気遣かってくれましたが、僕は父の健康のため、晩御飯もちゃんと作りたい気持ちが強いのです。

バーには仕事帰りの会社員とか、何の仕事をしているのか分からないが何らかの自営業をやっている感じの人、カップルなど、多様な人々が来店します。お一人様5000円ぐらいなので僕のような学生にはハードルが高すぎるため若者は少なくて、客層は40代~60代ぐらいでしょうか。マスターは寡黙な人でお客さんから話し掛けられてもにこやかに笑うばかりで黙々とカクテルを作っています。

店に入ると左側がカウンター、右側にソファー席が一つ。10人くらいで満席ですね。

室内は茶系統の色で統一されており、壁一面が本棚、まるで図書館みたいな感じです。大声を出す人は一人もおらず、みなさん、小さな声で静かに語り合っています。

マスターはなかなかの読書家で暇があれば本ばかり読んでいて、休みの日は大型バイクで関東一円を走り回っているそうです。

弁護士事務所の所長にこの店の紹介をしたら翌日さっそくお客さんを連れて来店してくれました。マスターはとても喜び、「君はすごい人脈を持ってるんだね」と言いました。
      

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