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258DAY -修学旅行1日目『牛の園』-

 まだ夜の明けきらぬ早朝。四時間ほどしか寝ていないにも関わらず、体はその何倍も寝たかのように軽い。
 正直に言うと、高校生になりたての頃、修学旅行に行くなら定番の京都だったりとか、中止にはなったものの去年の先輩たちが行く予定だった沖縄のようなリゾートがいいと思っていた。中学生の頃修学旅行が無くなり、マスクをつけて日常生活の何もかもを縛っていたこの病気は、それでは飽き足らず私らの当たり前をも奪って行った。中学生は修学旅行に京都に行くのが定番だろうか。私らの場合、決してそうではなかった。

 「東北だってさ」そう聞いたのはだいぶ前の話だが、そこで心底落胆した自分を密かに感じていた。「修学旅行だったら普通、、、」「東北って何があったっけ」という先入観がどうしても僕を支配した。
 もし北に行くなら僕は北海道に行くのが良かった、東北なんてあまりに中途半端すぎやしないか、と、行く前から駄々をこねる子供のような感情が確かに内在していたのであった。

 しかし時間は無常にも過ぎて行き、いよいよ当日となった時、私の中にはもうそうした幼児退行は無かった。「行くなら楽しむだけだ」。

新幹線に乗るのは久々だった

 盛岡に着くと、まず気温が低く涼しいことに気づく。盛岡は東京よりも北にあるので当然のことではあるが、自分の東北に対する第一印象が「涼しくていいとこじゃん」となるのにそれほど時間はかからなかった。窮屈な新幹線で三時間ほど揺さぶられ、疲労を溜めつつある身体に、この涼しさはとても心地よい。

 小岩井農場。日本最大の民間総合農場であるこの名前はスーパーなどで見たり聞いたりしたことはあるものの、その現地に行くことは当然ながら初めての経験であった。東京ドーム630個分に相当する面積を有する小岩井農場は、三人いる創業者の苗字の一文字目をとって「小岩井」と名付けられ、明治時代から現在にかけて乳製品業界最大手としての地位を崩さずにいる。

 バスで現地に行くと、どこからが敷地なのかがわからなかった。道中に何か看板があったわけでもなく、木々と草原とが乱在し、遠くに岩手山を含む雄大な山々が見える。しかししばらくしていると、周りの風景に違和感を覚える。倉庫のようなものはあっても一軒家などが見当たらない。いかに駅周辺から遠ざかっているとはいえ一軒くらいはあっても良さそうなものだ。しかし周りに見えるのは木々と草原だけなのだ。そこで気づいた。もう敷地内だった。まるで「注文の多い料理店」だ。気づかないうちに彼らの懐に入り込んでしまっている。そうしてここの自然に見惚れていると、「小岩井農場P」の看板がようやく見えた。東京の桜は散り果てているが、ここに植る桜は時が逆流したかと勘違いするほどに満開だった。

桜が綺麗だった

 小岩井では3000ヘクタールの敷地面積のうち40ヘクタールを観光用として公開しており、そこには飲食店や土産屋、公園や農場内を見学するバスツアーなどがある。しかし今回は修学旅行ということで、本来は公開していない場所も見せてもらった。

 少しバスで移動すると、とても年期の入った木造の牛舎が見えた。壁の所々は塗装が剥げ落ち、手で押せば簡単にゆさゆさと揺れそうである。それもそのはず、明治時代から使われてきた施設をそのまま使っているところもあるというのだから驚きだった。しかしそうした歴史を残し、保全しつつ使い続けることがこの小岩井における方針であるという。牛舎の中にいる牛たちはとても大きく、餌を食み、深く息づいている。マインクラフトの牛たちはプレイヤーと大差ない大きさだろうが、あれは完全なフェイクだと思った。

年期の入った牛舎の中には明治時代から使われているものもあるという

 小岩井における牛たちはランクづけがされており、質の良い個体はエリートとして高級な部類に位置付けられ、職員たちもこのエリート牛に対しては最大限の世話を施す。これらのエリート牛から生まれる個体もまたエリートであり、エリートはエリート、普通は普通として、代々脈々と世話がされ続ける。

 しかし人間にも病気があるように牛にも病気がある。近年鳥インフルエンザが猛威を振るっているように、病気にかかった牛たちは殺処分されなければならない。そのため、消毒衛生には十分な注意がなされる。それだけシビアな世界なのだ。建物が立って近代的に見えるこの世界は、実は一番自然と戦っている。

普通牛の牛舎。いかに効率的に多くの頭数を飼育できるかが考えられている。毎日搾乳の時間があり、律儀に別の建物に移動し、搾乳が終わるとまた戻っていく。
エリート牛の牛舎。ここでは出産が行われる。出産の際は人間と同じように休業期間が設けられるが、出産が終わるとすぐに乳牛としての仕事に戻る。

 昼食はバーベキューで、牛肉だった。牛たちの中にも我々人間のような階級があり、そして仕事がある。そういうことを考えると、牛はなんと律儀なのだろうと思った。家畜として人間の元で暮らしつつも、頑張って日々を過ごしている。そして飼育員らとの生活、そこには明確な信頼や愛情があった。そしてそれは牛のみにとどまらず、建物や我々観光客においても同様だった。歴史と先代に感謝し、常に応援してくれる顧客の想いに応えながら、小岩井の牛や飼育員は今日も汗を流し続けているに違いない。そう考えると、我々の生活はなんと満ち溢れた愛情に支えられているのであろうか!

 まだ書くことがあるが、長くなるのでここで終わる。想像以上に大量に書くことになりそうである。一日一記事では終わりそうにないので、おそらく7から8本書くだろう。ネタはある。それをいかにリアリティある文体で仕上げるか。腕の見せ所だ。

 毎日出せたらいいな。

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