「軟鋼」

(以下は一年前に書いたものの転載です。)

それはそれは暗く、黒く、地球上の闇黒を抽出したかのような思いだ。目先の安らぎを妬むように眺めながら、僕は両足や指、手先を見る眼球でさえも、静止画に囚われたかのような硬直を感じた。

そもそも椅子に座ったのが間違いだった。時間がたっぷりあるからと油断した。もう2時間は経っただろうか、自重に耐えかねた尻と脚が痺れてきて、それが心の問題か身体の問題なのかもあやふやだ。

時々思い出したかのように瞬きはするものの、眼は乾き、風がしみる。このまま一生椅子にへばりついて死んでいくのだろうか。嫌な考えがよぎった時、ラフな格好をした若者が、僕のポケットにお札をねじ込んできた。

すごいすごいと燥ぐ若者と、その仲間達を見てふっと笑ってしまった。途端、今までの重圧がすっと消え、僕は僕の主導権を取り戻した。

やっとだ!!

僕は震える脚で、頼りなく前に歩き始める。ギョッとした若者が、間抜けな声をあげる。それがたまらなくおかしくて、僕は彼らに笑顔で感謝をし、三本目の電車に消えた。

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