蓬莱同楽集3.5集(作品篇)其四

安原櫻岳(やすはら・おうがく)
プロフィール:東大中文。休学して各地の文庫や詩会を巡りつつ、書画詩吟などの趣味を楽しんだりしています。風変わりな漢詩と中国周辺の文学が好き。 

【蘇堤散策】
蘇堤十里雨如絲
柳樹揺風涼透肌
遥想東坡治此地
愛湖永日撚吟髭



蘇堤十里 雨 絲(し)のごとく、
柳樹風に揺らぎて 涼 肌に透(とほ)る。
遥かに想ふ 東坡 此の地を治め、
湖を愛して 永日 吟髭(ぎんし)を捻るを。

◯蘇堤…北宋の大詩人、蘇東坡が西湖に築いた長堤。◯絲…糸 ◯柳樹…柳の樹。◯東坡…蘇東坡。◯永日…一日中。◯吟髭を捻る…熟考して漢詩を作る。


十里にわたる蘇堤に、雨は糸のように細々と降り注ぎ
柳の樹は風に揺らいで、涼気は肌に沁み込んでいく
ふと、蘇東坡が此の地を治めていた遥か昔、
彼はこの湖を愛して一日中漢詩を作り、熟考していたことに思いを馳せた。

▼今年の2月、上海に留学した際に杭州の西湖に訪れました。寒雨が降り注いでおりましたが、北宋の蘇軾も目にしたであろう風光明媚な湖景を楽しむことができました。 


【晴偏好】望五湖有感
遙看湖嶽唯蒼樹
黃花揺岸陽和煦
神存否
閑聴草浪加駆虎


晴偏好 五湖を望みて感有り
遥かに湖岳を看れば唯だ蒼樹。
黄花岸に揺らぎて 陽 和煦(わく)たり。
神(カムイ)存るや否や。
閑(しず)かに草浪を聴けば駆虎加はる。

◯五湖…知床半島にある、五つの湖。◯感有り…心に感じるところがあった。◯湖岳…湖の近くにある山岳。◯唯だ蒼樹…(山岳には)ただ青い樹木ばかりが見える ◯黄花…黄色い菜の花。◯陽 和煦たり…太陽の光はぽかぽかとして暖かい。◯神…カムイ、アイヌ語で神格を有する高位の霊的存在を指す。アイヌ民族の伝統的世界観では、動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。◯草浪…草原が風に揺らいでさわさわと鳴る様子。◯加駆虎…虎(カムイの地上における化身の一つ)が草原を疾走している音が加わる。◯晴偏好…この詞(ツー)の形式を指す。

晴偏好 知床五湖を望んで、感じるところを賦す
遥かに湖畔の山岳を望めば、唯だ青々とした樹木が茂っており
黄色の菜の花は湖岸に揺らいで、太陽の光はぽかぽかとして暖かい。
カムイはいま、この土地に姿を現しているのだろうか。
そのことを探ろうとしずかに草原の音を聴けば、虎が草原を疾走している音がそこに加わっていた(カムイが確かにいることを直感した)

▼昨年夏、知床に旅行し知床五湖を訪れました。この詩はその時の光景を詞(ツー)に詠んだものですが、折角北海道の自然を題材とするならばアイヌ神話の世界観を入れてみようと思い、「神」を漢詩における一般的な神とは異なる意味合いで神(カムイ)として使用してみました。

三聯五七律 春宵朱家角逍遙】
郷晩春江暖,橋南柳意深。
清清鐘韻添幽興,點點漁燈照暗潯。
靜観堤上閣,獨楽客中吟。

三聯五七律 春宵朱家角逍遥
郷晩春江暖かに、
橋南柳意(りゅうい)深し。
清清(せいせい)たる鐘韻は幽興を添へ、
点点たる漁燈は暗潯(あんじん)を照らす。
静かに堤上の閣(かく)を観、
独り客中の吟を楽しむ。

◯春宵…春の夜。◯朱家角…上海市のはずれにある水郷。◯逍遥…散策する。◯郷晩…水郷の夜。◯春江…春の川 。◯橋南…川に架かる橋の南。◯柳意深…柳の樹がさらさらと風にそよいでいる。◯清清…清らかな。◯鐘韻…鐘の響き。◯添幽興…幽雅な趣を加えている。◯点点…ところどころ点じている。◯漁燈…漁火。◯照暗潯…暗いみぎわを照らしている。◯閣…建物。◯客中吟…旅先で詩を吟じること。◯三聯五七律…詩の一形式。五言、七言、五言の律詩の対句で構成される。

三聯五七律 春の夜、朱家角を散策する
水郷の夜、春の小川は暖かく。
橋の南側では、柳の樹がさらさらと風にそよいでいる。
清らかな鐘の響きは幽雅な趣を加え、
川のところどころに点じている漁火は、暗いみぎわを照らしている。
静かに堤の上の楼閣を望んで、独り川縁で客中の吟を楽しむ。

▼三聯五七律は、葛飾吟社で提案された五言、七言、五言の律詩の対句で構成される詩の形式です。律詩や全対格の練習としてとても作りやすく、情景を分かりやすく描くことができます。今回は上海留学の際に訪れた水郷「朱家角」を題材にしてみました。

【十二言絕句 題網走監獄】
塼壁堅頑難脫逃遠列霧崖傍
重扉黙坐険幽峯櫓樓睨十方
陰陰獄舎鎖腥血到処有呻喚
還恐怨霊破五翼閭裏使熊狂


十二言絶句 網走監獄に題す
塼壁(せんへき)は堅頑(けんがん)にして脱逃を難くし、遠く霧崖の傍につら列なり
重扉は険幽(けんゆう)たる峯(みね)に黙坐し、櫓楼は十方を睨む
陰陰たる獄舎は腥血(せいけつ)を鎖ざし、到たる処呻喚(しんかん)有り
ま還た恐る怨霊五翼を破り、閭里(りょり)にて熊を狂はしむ

◯塼壁…レンガでできた監獄の壁。◯堅頑…堅固である。◯難脱逃…囚人の逃亡を困難にする。◯列…連なる。◯霧崖傍…霧がかった崖のそば。◯重扉…重々しい監獄の正門。◯険幽峯…険しく幽玄な山岳。◯黙坐…静かにどっしりと構えており。◯櫓楼…囚人を見張る櫓。◯十方…あらゆる方角。◯陰陰…とても暗い。◯鎖腥血…生臭い血がこびりついている。◯到たる処…あらゆるところ。◯有呻喚…うめき声が聞こえる。◯還…再び 。
◯五翼…網走監獄の獄舎が五方角に長く伸びていることをこのように表現した。◯閭里…村里。◯十二言絶句…詩の一形式。五言、七言の律句の組み合わせで構成される。

十二言絶句 網走監獄に題して詩を詠む
監獄のレンガ壁は堅固であり、囚人の脱出を難しくしており、遠く霧がかった崖の傍に連なっている。
重々しい正門は険しく幽玄な山岳にどっしりと構えており、櫓楼は全方角に睨みをきかせている。
暗くて何も見えない獄舎には生臭い血がこびりついており、あらゆるところからうめき声が聞こえ、
私は度々恐れている。怨霊が獄舎の五翼を破り、村里に降りてきて熊を狂わせ、人を襲わせようとしていることを。

▼十二言絶句は獅子鮟鱇さんが考案なさったもので、表現したいことが七絶で言い切れない場合などに使います。律句を五言+七言もしくは七言+五言のペアで組み合わせて作っていきますが、時々冗長になる場合がありやや難しいです。今回はその形式で、北海道の網走監獄を詠んだものを投稿してみました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?