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お気に入りのお店でお酒を飲める幸せ

飲食店でお酒を提供できるようになってから約3週間が経過しました。

私が勤めているレストランでも多くの方がこの時を待ちわびていた様子で、お酒を飲みながらの食事を楽しんでいます。どれだけこの時を待ちわびていたのか、その表情から察するにきっと私たち飲食店側の人よりも、むしろお客様側の方のほうが心待ちにしていたのではないかと、そんな印象を受けました。

もちろん私も御多分に洩れず、自分のお気に入りのお店に行ってお酒と食事を楽しみたいと思っていた人のうちの一人です。

そこで私も家の近所にあるお気に入りの和食屋さんに、一人ランチを食べにいくことにしました。自粛期間中はよくテイクアウトで利用させていただいていたのですが、店内で食事をするのは本当に久しぶりで、お店に着く前からワクワクしていました。

心躍らせながら昼の12時半頃にお店に伺うと、なんと満席で入れませんでした。

ですが私の胃袋はもうそこのお店の料理しか受け付けなくなっていたので、しばらく近所の土手に行って読みかけの本を読みながら時間を潰し、13時過ぎに再チャレンジしにお店に伺いました。

するとランチの神様は私を見放すことなく、カウンターの端っこの席が空いていました。

席についた私はメニューを一通り眺めた後、いつもの割烹味噌汁シリーズの中から「秋の味覚包み揚げ御膳」を注文したのですが、残念ながら割烹味噌汁シリーズは全て売り切れてしまっていました。

私は店員さんにもうしばらく時間をいただいて、再びメニューに目を通しました。

そこで以前から気になっていた親子丼を注文することにしました。ここのお店の親子丼は醤油味と味噌味が選べるようになっていたので、私は「マイルドな味わい」と書かれていた味噌味を注文することにしました。

それともちろん日本酒も。

私は日本酒のことはあまり詳しくないので、いつもインスピレーションで注文します。

今回私が注文したのは和歌山県の黒牛、純米生原酒です。

カウンター席からは店主がテキパキと料理を作り上げていく姿が見れ、手際のよい調理の音が聞こえてきます。

まな板で食材を切る歯切れのよい音や、揚げ物がからりと揚がる音、炭火焼きのパチパチという音が聞こえるだけでお腹がどんどん減っていきます。

そこに相まって、店内に静かに流れる80年代のサザンオールスターズの名曲達が、なんとも言えない心地よさを漂わせていました。

そんな空間に浸っているとさっそく黒牛が運ばれてきます。

透明な清涼感のある徳利に入れられた黒牛を、今の季節にぴったりな茶色の柄が入った、少し厚みのあるガラスのお猪口に、私は心の中で「おっとっと」と言いながら並々と注ぎました。そしてさっそく一口。

くぅーっ、辛い。旨い。幸せ。

考えてもみてください、ただでさえ飲食店でお酒が飲めるというだけでも嬉しいのに、さらに昼間から、それもお気に入りの割烹のカウンターで日本酒ときたら、これが旨くないはずありません。

私が心の中で「くぅー」とか「もぉー」とか言いながら黒牛と戯れていると、さっそく親子丼が運ばれてきました。

予想よりも二回りほど大きなどんぶりに入った親子丼と、ワカメとお豆腐が入った赤出汁の味噌汁、ヒジキと油揚げの煮物、大根と人参と胡瓜のぬか漬けがお盆にのっていました。

親子丼の上に散らされたみつばの香りが、ツンと鼻とお腹を刺激します。

ただ想像以上のボリュームだったのでしばし唖然としましたが、今日の私はお腹を空かせた黒牛なのだ、これぐらいペロリであると意気込んで食べ始めました。

まずは味噌汁を一口。

「もぉ〜ぉ」

もとい、「おいしいー」

出汁の味と香りが前に出過ぎていないところに職人の技を感じます。旨みの底をしっかりと支えているのに、決して主張しすぎない奥ゆかしい出汁の香りが、余韻としてほのかに、でもしっかりと爪痕を残します。

その余韻をあてに私は黒牛をもう一口、口に含みます。

「本当においしい」

純粋にそう思いました。

次にヒジキと油揚げの煮物をいただきます。こちらはわりとしっかり目の味付けだったので、酒のあてに最後に残しておくことにしました。

次は大根のぬか漬けを一口。テイクアウトで食べていたのと同じものなのにやはり実際にお店に足を運んで食べるそれは格段に美味しく感じます。これも半分は酒のあてに残しておきます。

そしていよいよ親子丼です。

小さめにカットされた鶏肉が半熟のとろとろ卵の上で気持ちよさそうに揺れています。私は先が細くなった蓮華のような木のスプーンでそれを口に運びます。

んん!?

一瞬普通の親子丼と何が違うんだろうと思わせておいてからの、後から鼻に抜けるマイルドな味噌の香りがなんとも心地よいではないですか。

二口目は、私はその香りを体外に放出してしまってはもったいないと思い、香りを鼻の奥に留めたまま黒牛を口に含みました。そして、ごくりと黒牛を胃に走らせます。

ふわーっと体の奥から込み上げてくる旨味と香りに、思わず鼻から息が漏れてしまいました。

その瞬間わたしは確信しました。
日本酒はやっぱり食事と一緒に楽しむものだと。

そこから私は勢いづいた黒牛の如く、脇目も振らずに親子丼に食らい付きます。

そして親子丼を食べてしまうと、最後に残しておいたひじきの煮物とぬか漬けをつまみながら黒牛の残りをゆっくりと時間をかけて飲み干しました。

最後にお茶を一口啜り、「店主にご馳走様でした、とても美味しかったです」とお礼を言ってお店を後にしました。

やはり実際にお店に足を運び、美味しいお酒を飲みながら出来立ての料理を食べれるということはとても幸せなことなんだと、身をもって改めて感じました。

今宵も美味しいお酒と、真心のこもったお料理をありがとうございました。






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