君のカリカリを食べたい
目を覚ますと、そこは戦場でした。
「ママがパンをカリカリに焼けるんだったら食べてあげてるってば!」キレ口調で上からものを言う娘の声が響き渡ります。
さらに声を荒げ、
「ねえ、カリカリだよ、カリカリ!昨日のパンは全然カリカリじゃなかったよ、あんなの失格だからね!」と。
さらにさらに「今日のパンだって全然カリカリじゃないよ!こんなの食べられないよ!」とキレまくっています。
さすがに妻も言い返します。「なんでそんな言い方しかできないの!出されたものをちゃんと食べなさい!」と。
私は怖くてベッドから起き上がれないでいます。今扉を開けて「おはよう」なんて言いながら隣の部屋に入っていったら、二人の怒りの矛先は確実に私に向かってくるからです。
私は布団を頭からかぶり「早く終われー」と祈るばかりでした。
それにしても、娘がなぜそんなに「カリカリ」にこだわるのか、私にはまったくもって理解ができません。
そもそも娘のいう「カリカリ」とはなんなのでしょうか。インターネットで意味を調べてみると次のように記されていました。
物が焼けて焦げたりするなどして硬くなっている様子。主に、揚げ物やオーブンなどで焼く食べ物の仕上がり具合になどについて使われる。
だそうです。
つまり言い換えれば、香ばしくて食感がある状態に加熱された食べ物ということになります。
娘がカリカリにこだわるように、確かに私も仕事で料理を作る際には食感にはかなり気を使います。どんなに味が美味しくても、食感のない料理は、リズムのない音楽のようなものです。どんなに綺麗な音色でも、そこにリズムがなければだれの心にも響きません。緑豊かな自然の音も、風が木々をリズムよく揺らすから心地よいのです。
その他にも、「カリカリ」には、こんな意味もありまりました。
面白くないことなどがあって苛々している様子。
神経質になったり、苛立っている様子。
まさに今の娘の状態です。
私と妻は「なんでそういう怒ったような言い方しかできないの」、と娘に尋ねました。すると娘は、「私は悪い子星から来たからこうゆう言い方しかできないの!」と泣きながら訴えてきました。
私は思わず「ゆうこりんか⁈」とツッコミを入れたい感情に襲われましたが、そこは父親としてぐっと感情を押し殺し、娘の話を聞き続けました。するとどうやら本当はもっといい子になりたいのだけれど、それができない自分に対して、ついカリカリと怒ってしまうということでした。
それを聞いて私はピンときました。
そうです、娘はすぐにカリカリ怒ってしまう自分がいやだから、そのカリカリを食べてしまいたいのです。でも妻が焼くパンのカリカリ具合じゃ、娘の昂るカリカリには到底勝てません。もっと軽快でリズミカルなカリカリが必要なのです。
その娘の気持ちは痛いほどよくわかります。自分の感情をコントロールするということは大人になってもなかなかできることではありません。
だから、まだ5歳の娘がそんなに悩む必要なんてどこにもないのです。
よし、ここは料理のプロである私の出番です。
私が悩める娘のために料理人人生をかけてカリカリのパンを焼こうではありませんか。
耳を切り落とした食パンを綿棒で潰して、700Wのオーブントースターで焦げないように、じっくりと水分を飛ばしながら焼こうではありませんか。
そう決心した次の日の朝、私は目を覚まし意気揚々とキッチンに向かいました。
するとそこには、穏やかな表情で「ふわふわのパン大好きー」と言いながら美味しそうにパンを頬張る娘の姿がありました。どうやら自分の気持ちを吐き出して少しすっきりしたようです。
私は腕の見せ所がなくなってしまい少しがっかりもしましたが、穏やかな日常が戻ってきたことはとても嬉しく思います。
私は心の中で娘につぶやきました。
「娘よ、また自分のカリカリに悩まされることがあったら、その時は私に任せなさい。とっておきのカリカリを作ってあげるからね」と。
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