見出し画像

『親愛なる』を再度紹介する(2015)

およそ10年の沈黙を破って『親愛なる』文庫版が発売されましたが、やはりこれがなんなのか説明が難しいので、2015年にブログで公開していた記事を再公開します(リンクは最新のものにしました)。

『親愛なる』文庫版は8月末までの超限定販売中です!


昨年いとうせいこうさん、ボストークチーム(伊藤ガビンいすたえこucnv)、BCCKSでつくったパーソナライズ小説『親愛なる』が東京TDC賞 2015のRGB賞を受賞した。RGB賞(おもにスクリーンメディアの作品を扱う部門賞)なのに作品形態が紙の本、しかも作品のコアがその本そのものでもそれをつくるWebサービスでもないという壮絶なわかりづらさのなか評価をいただけてありがたい限りなのだけど、それにしてもわかりずらいということでもろもろ情報を集めつつ再発売を告知しておきます。

「親愛なる」の原型となった物語はもともと、97年にRIMNETからせいこうさんが依頼されてメールで配信される連載小説として始まった「黒やぎさんたら」という企画。メールの誤配から展開していくという筋立てと、メールアドレスをはじめとする読者のパーソナルな情報を小説内に紛れ込ませるという仕掛けはこの時点で企画され、当時は専用の配信システムがあったわけではなくせいこうさんの原稿をもとにRIMNETのひとが差し替える情報を手で修正(!)してメール送信していたんだそう。

とここまでは97年の話。みなさん97年ごろのメールって保存していますか? 僕はしてないです。

電子出版の文脈でもデジタルベースで制作されネットで配信されたコンテンツはむしろ物理的な保存性が低くなることがあるといわれるけど、当時最先端の企画だった「黒やぎさんたら」はそれゆえ顧みられることなく月日は過ぎ、またせいこうさんもPCのクラッシュやリプレースを経るうちに原稿を散逸していたところ、ふとその企画を思い出してツイートしたところからこの物語のもう一つの運命が始まる。

このツイートを見た当時の「黒やぎさんたら」メールの購読者の方が当時のメールを保存したマシンを保管しており、メール小説のデータをサルベージしてせいこうさんにメール送付したのだそう。これはなかなか感動的な話でありつつ、小説の展開やテーマに符合している意味でもおもしろいエピソード。

これを受けて、この当時は(おそらく)すごく限られた読者にしか届けられなかったであろうこの小説を現代の環境でアップデートして改めて読者に届けられないだろうか、というオファーがせいこうさんからボストーク組(ガビン、いす、ucnv)に持ちかけられる。

twitterなどソーシャルメディアと連動した小説として展開するようなアイデアも出たそうなんだけど、でもそれ普通だしそんなに面白そうでもないし、と煮詰まっていたところ、BCCKSを使ってパーソナライズされた小説が載った紙の本が届けられるとおもしろいんじゃないかと考えたのはucnvさんで、彼は以前僕がBCCKSで作った『kokoro sorted』という夏目漱石『こころ』の全文を文字種でソートしたテキストをそのまま紙の本にしたものを手にしたことがあって、そのときに感じた「紙の本になってることによるインパクト」がこのプロジェクトにも使えるんじゃないかと考えたのだそう。


そのあといろいろあってリリースは大幅に遅れつつ、昨年夏に期間限定で販売したというのが経緯のあらましなんだけど、TDC賞展での展示やその場での初見の方との受け答えでも改めて思ったのは仕組みの一通りの説明を聞いてふーんと思う感じと、実際に自分の名前が物語に埋め込まれた紙の本を読み進めるときに受ける感覚とのギャップは埋めがたいものがあるなということで、なのでちょっとでも興味があるなら今回の受賞記念再販売の機会でぜひ体験いただきたいなと思うわけです。


というわけで、遡ると1997年から続くメディアの実験の最新形が今だけ買えますので、今こそぜひご注文ください。一冊一冊ちゃんと仕様を変えた紙の本を発行・印刷・製本・発送しますよ! ジェネラティブ本ですよ!

『親愛なる』文庫版は8月末までの超限定販売中です!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?