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東京人虎探偵目録 アクタイオンの寝台を探せ

 中秋の夜に6時間ほど番をして、以前なら風邪の一つでも引きそうなモンだが。夏の初めに貰ったコートがいいものだったのか。寒さは、微塵も感じてなかった。

「新宿東宝ビル前の封鎖が完了した。もうすぐ対象がそちらに向かう。待機班。準備を始めろ」

 インカムから鋭い声が聞こえる。吹き付ける風に左頬を当てられて、獰猛な牙を持つ大きな黒い影が視界に入った。

「シン・ゴジラって映画あるよな。お前さ。アレって、観たことあるか?」
「待機班? 降下の準備を始めろ」

 隙のない声色が鋭さを増す。下手な芝居に隠したつもりだが、口元の震えはマイク越しでもハッキリと伝わる。若干の間をおいて彼が応えた。

「観たことは無い。2,3年前の映画だろ。その頃にはもう罹っていたから、映画館に入れなかった」
「そうか。悪いことを……」
「話の大筋は知ってる。最後までな。巨災対がゴジラを退治する話だろ? そういうの、教えてくれるヤツが居たんだ」

 鋭く、隙のない声色が砕けて、喉奥を鳴らす声が聞こえる。

「じゃあさ、ウィリー。あの話、どう思う?」

 同じように喉奥を鳴らして、自分の指先の爪を眺める。ホルスターから拳銃を引き抜いて、弾数を数えるみたいに。返ってきたのは俺と全く同じ考えだった。

「……半々だな。絶賛もしなければ酷評もできない。今じゃ、どんな立場になって観ればいいのか分からん」

 アクタイオンの嘶きが響く。歪に育ちきった角がある清掃員の胸を貫き、強い風がその叫び声を攫う。俺はレコーダーを起動させ、テラスフロアの縁から十分に距離を取った。

「東京都知事免許、128号。ニコラオス会所属。127 006。アクタイオン……本名、鹿島田雪慈の完全変容を目視で確認。公衆衛生処置を開始する」

 石畳を擦る足の爪の音が、割れたガラスの輝きに消える。地上52mの高さから落ちているというのに寒気は、微塵も感じてなかった。己のあさましき体躯のほうが、この世の何よりも恐ろしかった。

【続く】