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ペトチョフのセンタルマで優勝した体育祭 #架空ヶ崎高校卒業文集

最後のペトチョフで優勝!
2019年卒
3年E組 秤村はかりむら浩介

 私の高校時代、一番の思い出は、何と言っても3年の体育祭のペトチョフでクラス優勝を飾ったことです。

 毎年負傷者が出ていたことから、架高体育祭での実施はこの年で最後となったペトチョフ。本校でのペトチョフ史85年の終わりに、我がクラスの写真が飾られることに、深い感動をおぼえ胸が熱くなります。

 ペトチョフは操巧そうこうと呼ばれていた時期もあり、OBの方にはこちらの呼び名の方がなじみ深いかもしれません。
 ペトチョフは羅嫚の侯渓己が日本に渡り、柔道と結びついて今の形になったそうです。歌手の長渕剛がライブで毎年デモンストレーションを披露することでも有名です。

 秋の体育祭、私たちE組は2年C組との決勝戦。C組の夜襲もあり、八までで86対4と大差をつけられていました。
 私たちは意を決して、担任の平田先生に、「センタルマをやらせてください」とお願いしました。
 ご存じのようにセンタルマ(マイスモーヒー)は高校生には危険な技です。しかし我々の熱意に、先生は頷いてくださいました。私に新品の和紙を渡してくれた時の先生の目は忘れられません。
 クラスみんなで息を合わせてのセンタルマは見事に成功し、一挙162点が入って私たちは逆転優勝しました。C組のベニヤ板による強固な守備陣営が、我々全員の鉄球で吹き飛んだあの瞬間、あの光景は、最高の思い出です。

 技の使用を認めてくださった平田先生、あの時呼吸を合わせてくれたクラスメイトと犬、馬、羊たちに、改めて感謝の気持ちを記しておきたいです。また、最後のセンタルマで亡くなった2年C組の生徒6名には、この場を借りて哀悼の念を捧げます。ペトチョフ・ナバ・コヤレゴ……

 ペトチョフを体育として導入している高校は年々少なくなりつつあると聞きます。原材料のクロレラの減産も響いているそうです。しかしこのような素晴らしい競技は、絶対になくしてはいけないと思います。


【2019年 記】



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