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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 49&50

【前回】

●49
 このダラスという男は1年と少し前、俺たちが襲った馬車に乗っていた。
 その襲撃で何人か死んだのだが、ダラスは生き残って、俺たちの仲間になった。

 襲った相手が仲間になる。襲われた奴らの仲間になる──おかしな話だと思うだろう? 俺たち5人もダラスも不思議に思っているのだが、縁ってのは妙にカッチリ噛み合うことがある。その時の話をしてみよう。


 …………小さくも立派な馬車が、だだっ広い赤い土の荒野を駆けて来る。
 4人乗りだが中にいるのは3人のはずだ。上にも荷物をぎょうさん着けて重そうだ。さほど急がず走っている。揺れる荷物が2人の馭者の背中に当たって、居心地が悪そうだ。
「見えるか?」俺は聞いた。
「見える」モーティマーが短く答えた。
 高くも低くもない丘の上に寝そべって、頭だけを出して俺たち2人は左から走ってくる馬車の横っ腹を眺めていた。
 不用心だ。あんな馬車を持ってるカネのある奴なら、護衛の馬の2頭くらいつけておいてもよさそうなものだ。いや実際、先月まではつけていた。


「何事も起きないから、もう結構、だとさ!」護衛をやっていた男は酒場のカウンターでそうこぼした。「何か起きないように俺たちがいるってのに!」
「そうかい……そりゃあケチくせぇ、ろくでもない雇い主だなぁ……ほらもう一杯やんな……」
 こう囁いて「ふわふわする酒」をさらに差し出したのがトゥコだ。
「まったく、半端な金持ちってのは始末に負えないよな」俺はトゥコの反対側にいて、怒りに薪をくべてやる。
 元・護衛殿は酒を一気にあおって、「まったくだ」と呟いた。
「でかい銀行の偉いさんのくせしてな」
 でかい銀行。
 トゥコの瞳がクッ、と輝いた。俺は目でそれを諌める。
「そうだな、銀行なんてのはケチなもんだ」
「あんたも本当に災難だったよなぁ、ちゃあんと立派な銀行なら、太く長く雇ってくれてたはずなのに。そのぅ、さっきあんた、なに銀行って言ったかね? そのケチな銀行……」
「ホークス銀行」
 ホークス銀行。
 あの、でかい銀行か。
 俺は色めき立ったが、今度はトゥコが俺を目でたしなめる番だった。
「そこのジョン・ダラスって偉いさんさ、俺をクビにしたのはな!」
 ずいぶんとふわふわになった元護衛は、毎月いつごろ、どのあたりを、どんな馬車で通るのかまであらかた教えてくれた。
「いやぁ、イヤな目に遭っちまったなぁ。可哀想だなぁあんたも」
 トゥコは若干ふらつく元護衛の背中を叩きながら励ます。その目は全然、同情していない。
「おぅいご主人、この人によ、あの棚の、左から三番目のやつを一杯やってくれ。そうそう、その馬のマークのやつ……」
 トゥコはグラスを受けとってから、俺にウインクして見せた。
「さっ、こいつは極上の酒でな、なんもかんとパーッと忘れっちまう、すごくいい代物なんだぜ……」



●50
「さて、やるか?」俺はモーティマーに言った。
「やろう」奴はやはり短く答えた。
 モーティマーが「指そぎ」と呼ばれる所以を、俺はその時はじめて目撃した。奴の脇の、特等席──「少し下がってくれ。すぐ脇だと気になる」──の斜め後で。
 馬車からこの丘までは結構な距離がある。100ヤード……大人の脚で、ざっくり100歩分くらいか。
 ライフルを出して体勢を整える。いつもは眩しそうに細められている目が、少しだけ大きく見開かれた。
 ──馬が、丘の正面にやってきそうになった、その直前。
 モーティマーは呼吸を止めて、微動だにしなくなった。
 石のように、死んでしまったように動かない。まばたきもしなかった。
 ただ人さし指が、引き金に触れそうな一本の指だけが、ジリジリとじれる虫のように震動していた。
 馬車が丘の真正面に来た、その瞬間。
 ドウッ、ドウッ、とそばで2度、爆発音がした。
 直後に100歩向こうで起きた光景に、俺は言葉を失った。
 馭者が2人とも、自分の片手を押さえて馬車から落下したのだ。 
 モーティマーは奴らの頭ではなく、馬でもなく、手……いや、指を狙ったのだ。
 手綱を掴んでいた指だ。目を細めてどうにかして見ると、馭者の一方は落ち方がまずかったらしくぐったりしているが、もう一方は片手でもう片方の手の、中3本の指を押さえてジタバタしている。
 指だけを落としたのだ。この距離で。
 これがこいつのやり方だった。標的の手や指だけを執拗に狙い、命はほとんど狙わない。もっとも、ぐったりしている馭者のように運の悪い奴もいるが。
 馭者を失い、己を縛っていた手綱がクシャクシャに絡んだ馬2頭は、暴走を始めた。
「よし」モーティマーはあくまで静かに言う。「うまくいった」
 俺は息をついた。呼吸を忘れていたらしい。
「あんたが“指そぎ”と呼ばれてる理由を実感したよ」俺は言った。「走る馬車の馭者の指を──」 
「無駄口はいい。それにその呼び名は、実は苦手でな。理由は──わかるだろう」
 モーティマーは一瞬切なそうな色を瞳に浮かべた。
「悪かった」俺は素直に謝った。「……あとはブロンドたちがやってくれるかどうかだな」
「やるさ」モーティマーはまた短く言う。「奴らはやる」

【続く】

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