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「勉強を頑張った」で就活がうまくいかないのは貴方が抽象化と転化の能力に欠けるからです

勉強してきたことが評価されないなんておかしい! ボランティアやサークル活動、留学や学生団体、起業みたいなのばかり持て囃されているじゃないか。

僕もそう思います。胸を張って「私はこれを学んできました」と言えないのは変だなあと感じます。でも話を聞いていると、「確かにこの言い方じゃ伝わらないだろうな」という人もいます。

大事なことは何を学んだかではなく、どんな思考モデルを手に入れたかということかもしれません。ちょっとそんなことを考えてみました。

ダメな例

今回伝えたいことのために、やや極端な例を挙げます。「私は国際文化学部に所属し、中南米について研究しました。現地の文化には詳しく、留学にも行ったのでいつでもそこで働けます」

もしこれを武器にして就活するのなら、それはやっぱり無理があるんです。中南米の会社の日本支社に入るならまだしも(それでもこれはいまいち)。では一体これの何がダメなのでしょうか?

その答えは一般化と転化にあると考えています。普段はそれを「抽象化した後に具体に落とす」と言っています。どう言い換えてもちょっとわかりづらいですね。

中東和平で学んだことを抽象化する

ではまた違う例を出してみましょう。中東和平を研究していた学生、長く続く紛争、複雑に入り組んだ欧州の思惑などが詰まった地域です。彼が学んだことはなんでしょうか。

そこに現れる様々な組織の名前でしょうか、あるいは年表にまとめられた「発生時期と発生したこと」の羅列でしょうか。僕は違うと思うんです。

そこで学んだこととは、例えば「目の前にある課題や紛争を解決するには、現状を生み出した歴史的な背景、それぞれのアクターの思惑とその変遷を理解しなくてはならない」ということなんです。

これを仮に抽象化と呼びましょう。

中東和平で学んだことを転化する

さて、こうやって抽象化してみると何が見えるでしょうか。僕には物凄く広い転化可能性が見えます。具体的な仕事に落とし込んで捉えてみましょう。

何でもいけますよ。例えば学校の先生だっていけます。生徒が何かしでかしたとき、この抽象化された学びを転化するとどうなるでしょうか。

子ども同士が喧嘩しているのを見て、そこで起きていることを観察するだけではないですよね。何が起きたのか、なぜ起きたのか、仲直り(関係修復)するためにはどんなプロセスが必要か。

そこに、抽象化したものを転化するわけです。例えば「一方から見聞きした情報は信用出来ない」とか「違う目的のために嘘をつくことがある」という中東和平を通して得た知識や学びを活かしたらいいのです。

抽象化→転化の面白さ、その多様な例

こういう風に考えてみると、社会や仕事に繋がらない学びなどないことがよくわかります。例えば就職に不利と言われる文学部。彼等がやっていることってなんでしょうか。

仮に論文のテーマを「○○文学におけるますらをぶり概念の変遷」とでも置きます。この人がやることは、例えば関連文献を片っ端から読むこと、対象にする文学を熟読すること、そして関連文献が取り上げている主要な論点を整理し、その対立軸を見出すこと、そこに独自の意見を提出することだとします。

ちょっと遠目から見てみましょう。過去の情報の整理、対象の情報収集、主要な論点の整理、その対立軸の整理、そして自分の意見の提出。

これって例えばディスカッションに活かされる最も重要な能力だと思いませんか。人を説得するための1つの技術を磨いたと言えないでしょうか。

やっていることそのものは、一見社会にとってもしかしたら意義がないかもしれないし面白みがないかもしれません。しかしその実、とても重要な能力を身に着けているとも言えるのです。(僕はそういう分野の研究おもしろそだなと思います)

具体的な説明は割けますが、これって例えば保険を紹介する仕事とかってぴったり(転化可能性が極めて高い)じゃないでしょうか。

他にも、現実の情報を捨象しながらも現実を説明するモデルを考える経済学なんかも面白いですよね。どの変数を残し、どの変数は切り捨てるのか。この取捨選択、改善の訓練は広報なんかにも活かせるように思います。

抽象化の難しさ

簡単に言いましたが、これが中々本人にとっては難しいということがよくあります。対象に愛着があるため、ついそれを全面に押し出してしまうのです。

自分も專門が哲学なのでついその話をしてしまいますが、本当に大事なのはその後ろで磨いてきた思考モデルの方なのです。

これを認識するのが僕にとって容易なのは、哲学・国際関係学・法学・経済学など複数のディシプリンを持っているからです。自分の頭の中で相対化されているから、学問毎の固有のモデルが見えるんです。

「こんな風に考えたことがなかった」人はちょっと考えたら見えるかもしれません。そうじゃない場合は、他の分野の人と話してみるのも抽象化能力を上げるための1つの方法かもしれません。

転化の難しさ

抽象化の次には転化の難しさも現れます。すなわち、「実際の具体的な仕事や業務に当てはめて考えられない」というパターンです。

一番多いのは、「その転化先のことをよく知らない」場合でしょう。例えば商社のエントリーシートを書きたいけれど、実際の仕事内容をあまり知らないので抽象化した思考モデルを転化出来ないのです。

それは当たり前ですよね。そもそも知らないのですから。特に勉強中心であまりプロジェクトを動かしてこなかった人は、具体的な業務というものをあまりイメージ出来ません。

何かを作り上げるためのプロセスやステップを知らないからです。企画・営業・広報この中にも無数の役割や仕事があります。これがわからないと転化は難しいのです。

ただ、実はこれも抽象化が大事だったりします。バイトだって立派な経験です。抽象化しようと思えばいくらでも出来ます。例えばマクドでハンバーガーを出す時間をちょっとでも早めるために行った様々な工夫1つ取っても「同じ成果を早く出すための効率化」と捉えなおせば転化可能なものになります。

こういうイベントを開きたい

こういうのって多分1人で考えても中々答えが出ないようにも思うんです。そこでグループを作って、「お互いの勉強していることを紹介した後、それを抽象化する作業」をします。

そして自分の学問の話しと、それを抽象化した思考モデルとを全体の前で発表。それを企業の人が聞いて、それだと業務だとこんなことに活かせるかもしれないねとフィードバックをする。

そして彼等には転化先(この場合は仕事、業務)の具体的な話をしてもらいます。更に、この思考モデルって仕事だとどんな風に使えますか? という風に対話的に社会と結合させていきたい。

これが出来たら「私はこれを勉強してきました、そしてこんな価値があります」と胸をはって言えるようになると思うんです。それって素敵じゃありませんか。

というわけで、こういうことに関心のある大学生・院生・社会人の方がいたら是非一緒にやりましょう。連絡お待ちしております。

まとめ

最近色々なプロジェクトをやっています。シェアハウスを経営したり、知の見取り図という知的好奇心に優しいサービスを作ったり、知の見取り図サロンと題して全国でイベントを開いたり、学部選択白熱教室で高校生に学問の面白さを届けたり。

わかってきたことは「僕は本当に学問が、学ぶことが心底好きなんだ」ということと、その「面白さや社会性をもっと人に知ってほしいと思っている」ということです。

学部選択白熱教室は高校生向け、そして就活生向けにこのイベントが出来たら面白いなあと思うんです。これはどんな名前のイベントにしようかな。

勉強は面白い。けれどそれだけで生きていくような研究者はほんのちょっとしか生まれません。じゃあ勉強なんて意味ない、なんて話になるのは寂しいんです。

勉強は面白い。そして実は、(当然のことながら)就活にだって役に立つ。なぜなら、人が努力して積み重ねたものは多くの場合とても価値があるからです。

就活のために頑張るのではなく、頑張っていたら当然就活にも役に立つ。学問がそういうものになるのなら、元々の価値を害することなくその意味をますます高めることでしょう。

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内定を辞退して哲学者として生きることを決意して以来、自分の考えを言葉にすることが増えたのでそれをまとめています

コメント (1)
そもそも学問として頑張る分野を間違えてますよね
中南米について勉強なんていくらしたってね、は? です
実学か、でもなければせめて理学でもないと評価されないって分からずに時間をかけるセンスの無さにそもそもの問題があるわけで
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