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湿気と虫と戦い




少し前、部屋の何処から虫の羽音がしていた。

羽音の大きさからして、多分カナブンぐらいのサイズ。窓を開けた時に入ってきて、何処かに挟まって抜け出せなくなったんだと思う。

いつか勝手に力尽きるだろうと思って放っておいたけど、何日も何日も音がして中々死んでくれない。

もし挟まった場所から抜け出した時、対処できないとヤバいなと思ったので耳を済ませて探ってみると、どうやら長押(なげし)の中に居るらしい。枕の真上の長押。ヤバい。ヤバいことになってる。

しかし自ら手を下すのは忍びない。ベッドの上に落ちられても困るし。だからやっぱり放っておく事にした。カナブンぐらいのサイズなら大丈夫だろう。カナブン好きだし。




枕元の羽音を我慢しながら寝ていた何日かあと、夜中に激しい羽音が聞こえた。ブブブブブブブ……ブブブブブブブ……。あっ暴れてるなと思ったその直後、ブブブ、ブッッ、ガサッ、ブッッッッという、挟まった場所から解き放たれた音と共に枕近くに何かが落ちてくる感覚がして飛び起きた。めっっっっちゃ怖かった。

部屋の電気をつけて、ベッドの隅でバクバクしてる心臓を落ちつけた。身体に付いてはいない……髪にも……大丈夫、大丈夫……と自分に言い聞かせた。部屋を急いで出て、アース押すだけノーマットを部屋の中心にひと吹きした。虫の気配は無い。

寝ぼけた頭を無理矢理覚醒させながら、そっと布団を持ち上げたり、枕を移動させたりした。いない……、どこにもいない……。羽音もまったく聞こえず、何かが動いてる音もしない。

畳か……?畳に落ちたのか……?




ベッドのヘッドボードに両手を添え、すぐに逃げられる姿勢を保ちながら、恐る恐る下を覗き込んだ……。

触角が見え、黒い長い…………








エッッッ???!!









ムカデッッッ!!!!

デッッッカいムカデがおる!!!!









ちょっと!!!エッッッ!!!ちょっと!!!!

ムカデが落ちてきてたんかい!!!無理!!!!!デカッッッ!!!






あの羽音ってムカデが暴れてた音だったん???!!!

無理!!!!!キモい!!!!!めっっっっちゃキモい!!!!!!









ゆっくりへッドボードから手を離し、ベッドに座った。



おったな……、デッッカいムカデが……。



さすがに心の声も大きくなった。




真っ白に燃え尽きたボクサーの様な遠い目をして考える。


ずっと頭上にムカデがいる状態で寝てたんか、私……、怖……。いつ刺されてもおかしく無いやん……怖……。てか本当にあの羽音はムカデだったの?あの大量の足を羽音に聞こえるぐらい動かしてたってこと?怖すぎんだけど?いつ入ってきた?窓を開けて寝たあの夜か?てかどうする?これからどうする?虫捕まえる棒で捕まえる?いや無理。デカすぎる。怖いしベッドに万が一落としてしまったら死ぬ。スプレーで殺す?いや無理。暴れられたら死ぬ。


スマホでバババとムカデの習性について調べた。湿った狭いところを好むらしい。

この部屋やん……!!!常に除湿にしてないと湿度が70%超えてバッグやら壁やらにカビが生えたり猫の餌が腐れたりする、この狭い部屋やん……!!!(※ヤバいと思ったその日から常時除湿中、現在湿度約60%を保っている)

あっ!!!そうだ!!!窓を開けよう!!!外の方が確実に湿度が高いじゃん!!!頭良っっ!!!




ベッドの上から体を最大限に伸ばして、カラカラカラ……と窓を開けると、ウッと顔をしかめるぐらいの熱気と湿度が入り込んできた。今日も日本はジメジメ太郎だな……と思った。でもこの湿度、いけるのでは?


するとちょうど猫がやってきた。ああん♡猫ちゃん♡今日もきゃわゆいね♡♡ご飯?♡ご飯たべゆ?♡ごめんね今、ベッドから降りれないからここまで来てくれない?ご飯はここにあるかr………








ア゛ッッッ!!!??






ムカデッッッ!!!!???








猫のご飯を置いてた畳の近くに、全身が露わになったクソデカムカデがいた。マジでデカいやん。ふざけんな。びっくりしすぎて飛び上がって天井に刺さるかと思ったわ。




本当にベッドから降りられなくなってしまった。だってそこにクソデカムカデがいるのだから。

でも冷静になって考えると、窓を開けたお陰で湿気につられてこのムカデが出てきたんだ。やったじゃん自分。天才じゃん。そしてこのムカデも程よくバカじゃん。作戦成功だよ。

ムカデはゆっくり動いて窓の近くに歩いて行った。めちゃくちゃに気持ち悪い。そんなに足要らないだろ。間引きしたろかい。(できない)




そして窓の近くまで行くと動かなくなった。どうやらかなり弱っているらしい。猫はご飯はまだかという顔でこちらを見ている。ごめんね猫ちゃん……今戦いの途中だから……。

ベッドから降りれそうだったので部屋を飛び出してお母さんに「デッカいムカデがおってヤバい、とにかくヤバい。」と事情を話して、ホウキを持ってきてもらった。柄(え)が短い。怖い。ムカデが飛んできたら確実に死ぬ。




窓を最大限に開け、物をホウキで退かし、左手でお母さんの手を握り、右手でホウキを持った。上手くいってくれ……頼む……。

意を決してムカデをホウキで転がした。良かった!!!めっちゃ弱っとるやんけ!!!ウケる!!!全然暴れん!!!勝ち!!!私の勝ち!!!と思ったが、現実ではグシャグシャに丸めたコピー用紙みたいな顔でヒィヒィ言いながらホウキをめちゃくちゃに動かしてたと思う。


なんとかホウキでムカデを外に掃き出した。外にいるとただの『虫』に見えた。土に横たわるムカデは元からそこに居たように馴染んでいた。達者で暮らせよ。あと絶対帰ってくんなよ。


何もかも終わった後、安堵からか気絶したように二度寝した。






その日の夜、窓を開けて猫と戯れているとブブブブブブと音と共にデカい何かが飛んで部屋に入ってきた。鉄砲玉の様に部屋を弾き出た。猫はこの世の終わりの様な驚いた顔でこちらをみていた。

部屋を見渡すと見たこともないデカい虫がカーテンにくっ付いていた。もう本当にやめてくれ……と絶望した。

するとちょうど通りがかった弟がハエ叩きで叩き殺してくれた。弟の一撃で、虫は真っ二つになり床に体液の飛沫をつけた。処理は弟がしてくれた。




羽音のしない静かな部屋で1人、布団に入り「持つべきものは、圧倒的な"力"を持った心優しい強靭な弟だな……。」と、微睡む意識の中で思った。




おわり




(弟曰く、デカいハチだったそうです。)

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