メンタルの強さとは

仕事が厳し過ぎて心が折れそうになった時、「辛いことを耐えてこそメンタルが強くなる」と言われることがあると思います。

そんなことを言われると、ここで逃げ出したら(退職したら)これから生きていけない、自分はダメなやつだと思ってしまうかも知れません。

しかし私は、ここで頑張ると却ってメンタルを弱くしてしまうのではないか?と考えています。

同じ「メンタルを鍛えろ」という言葉であっても、人によって言っている内容が正反対な場合があるので要注意です。

人生は山登りに例えられることが多いので、山登りに例えてみます。 

雷雨の中、険しい山道を、大した装備もなく登っている無謀な登山者に対して

 Aさんは「これは試練なんだから、頑張って耐え抜け。頂上まで辿り着けば晴れている。ここで君のメンタルの強さが試されているんだ」と言います。

Bさんは「引き返すことにも勇気が必要だ。ここまで登ってきた道のりが無駄になるという恐怖もあるかも知れないが、命を落としたら元も子もない。ここで君のメンタルの強さが試されているんだ」と言います。

AさんもBさんも、同じく「君のメンタルの強さが試される」と言っていますが、言っている内容は正反対です。

理不尽な要求に無限に応えていくこともメンタルの強さが必要だし、理不尽な要求に「No!」というのもメンタルの強さが必要です。

しかし私は「無理な時には引き返す」ことこそが本当の強さだと感じています。

「嫌な環境にも頑張って耐え抜いていく・・・」という意味でのメンタルの強さが身につくというのは、「感覚が麻痺していく」というのが正確だと思います。

 嫌なことに対して「嫌だ」っていう感覚が薄れていくと、好きなことも嫌いなことも分からなくなって、全てがのっぺりした世界に感じられてきます。

私が身に着けたい「メンタルの強さ」っていうのは、「好きなこと、生きるために必要なことを追求していく勇気」です。

 逆に、理不尽なことに対してハッキリと「No!」と言う勇気でもあります。

 もちろん、好きなことを続けていくにしても大変なことや辛いことはたくさんありますが、それは「生きていくのに必要な困難」「諦めてはいけない踏ん張り所」だと思ってます。

大変なことの先に好きなこととかハッピーなことが見えていれば、どうにか乗り越えていくパワーが沸いてきて、心の病気にはならないと思います。

「理不尽な困難」も「生きていくのに必要な困難」も、傍から見たら同じで、客観的には区別はつきません。本人にしか分からないことです。

 どちらの状況でも、周囲には「そんな大変なこと辞めちゃいなよ」と言う人もいれば、「ここを乗り越えることが大事なんだ」と言う人もいます。

 ただ、その困難な状況を体験している本人には直観的に分かると思うんですよね。

 その困難は乗り越えないきゃいけないのか、逃げなきゃいけないのか。

ところが、好きなことが分からない(=嫌いなことも分からない)と、自分が直面している問題が、逃げなきゃいけないことなのか逃げちゃいけないことなのかが分からなくなってしまいます。

 そうなると、周りの「この困難は乗り越えなきゃいけない」という声に流されて、理不尽な状況からも逃げられなくなってしまいます。

 そのうち「この困難も人生に必要なことだ」と自分を説得して(納得していないけど)楽しいことを諦めてしまいます。

 楽しいこととかワクワクすることに囲まれてると、「嫌なことはサッサと片付けて楽しいことをしよう」と思います。

 そして、楽しいことをしている時には嫌なことなんて頭の片隅にもありません。

 ところが、嫌なことに囲まれていると気持ちが重くなって何も手につかなくなり、いつまでも嫌なことが片付かずにズルズルと嫌な気持ちを引きづってしまい、今まで楽しかったことも楽しくなくなります。

 そうすると、生産性が落ちるから周りから必要とされなくなるし、周りの人の心のエネルギーも奪ってしまいます。

 そして友達が減っていってしまいます。まさに負のスパイラルです。

そういう事態を避けるためには、心の底から「好きだ」と思えることとか、「楽しい」と思えることを見つけることが何よりも大事だと思います。

 成功してる人(=ハッピーに過ごしてる人)の多くは、仕事であれ趣味であれ何かしら楽しいことをやってますし、「根拠なく『自分は楽しい人生を送れる』って信じることが何よりも大切だ」と言っています。

 なので、個人的には、世の中の幼稚園生・保育園生には塾や習い事(英才教育)へ通い詰めるよりもまずは心から「楽しい」って思えることをたくさん経験してもらうことが大切だ・・・って感じてます。

 ただ、世の中には余計な情報が多いので、自分が本当に楽しいと感じることを見つけるのは想像以上にとても大変です。

 従って、勉強が好きな子は勉強すればいいと思いますが、勉強が嫌いな子は悠長に勉強なんてやってる場合じゃなくて、何でも良いから本当に「楽しい」と思えることを探すことに全力投球した方が良いと思います。

 勉強好きな人が東大へ行くっていうのは、漫画を描くことが好きな人が代々木アニメーション学院へ行くのと同じようなものなんだっていうことに早く多くの人が気づいて欲しいと思ってます。

 こういうことを言うと、「勉強は社会の役に立つが、アニメなんて役に立たないじゃないか」と言う人がいます。

 しかし、世の中何が誰の役に立つかなどということは誰にも断定できないと思います。

 以前テレビで見て印象に残っている話があります。

 ある人が精神を病んで自殺を考えていたのですが、テレビでデーブスペクターがくだらないギャグを連発して場が白けきっているのに、全くお構い無しでどんどんくだらないギャグを言い続けるのを見て、その周りを気にしない姿勢に感銘を受け、自殺を思い止まって人生を前向きに考えるようになったそうです。

 アニメだって、誰の役に立つか分かりません。

 また、「アニメで食っていける人なんてほんの一部だ。勉強をしていた方が無難だ」という人もいるかも知れません。

 しかし、アニメの世界を志す人は大勢いて、その全員が成功するとは限らないわけですから、そこで知り合った人から色々な情報を聞いて現実的な別の道を目指していく可能性だってあると思います。

 一方、いくら世間的に無難だからといって好きでもない勉強を続けて大学に入って、なんとなくサラリーマンになってやりたくもないことを続けている方が精神的にはよっぽど危険です。

 むしろアニメ家を目指した方が無難と言えるでしょう。

 「好きなことで成功できるほど世の中甘くないんだ」と言いますが、実際に成功している人の多くは「世の中は甘くないから、本当に好きなことでなければ成功なんてできない」と言います。

 本物のメンタルの強さを身につけるには、好きなことを見つけて、嫌なことにはハッキリ「No」と言う!これに限ります。

嫌なことに"No"というためには、前提として自分で自分の感覚を信じられることが必要です。

自分の感覚を信じられるにはどうすればいいか、ブログに書きましたので良ければご覧ください。

自分の感覚を信じられるようになるための考え方と注意点

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大学卒業後、中国出身の妻と結婚して日本で約8年間働くも、日本での生活が息苦しくなりインドへ移住しました。海外就職やインド生活、インドで変化した人生観などについて発信しています。 ブログでも発信してます→https://asianlifeblog.com/
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