
死ぬまでに聴き終えることのできない演奏。639年続けられる演奏を聴きにドイツの少都市へ!
ある時ドイツの小都市で600年以上演奏が続けられていることを耳にしました。しかも演奏されているのは前衛音楽の巨匠であるジョン・ケージの楽曲です。現在ベルリンに住んでいることもあって、訪問は無理ではありません。前衛音楽も、そこそこというか、かなり好きです。そこで時間を見つけて、恐ろしく長く演奏されるジョン・ケージの曲を聴きに、その演奏会場へと向かうことにしました。
ドイツの地方都市ハルバーシュタット
600年以上の時間をかけて演奏が行われている楽曲を聴けるのは、ドイツ中部にある地方都市ハルバーシュタットです。ベルリンからはローカル鉄道を乗り継いで、3時間ほどで訪れることができまます。時間はかかりますが、日帰りできる場所であるため、訪問することを決めました。

素顔を見せるドイツの小都市
ハルバーシュタットは、今回お目当てのジョン・ケージの演奏以外に目立った観光スポットはありません。そのため観光客向けの表面的な雰囲気などなく、そっけない街でした。ただし木組みの家が多く残されており、どことなくメルヘンも感じさせてくれます。観光地はどうしても表面的なので、こうした素顔のドイツの街も悪くありません。

ハルバーシュタットのシンボルである大聖堂
観光地とは言えないハルバーシュタットですが、そのなかで重要な場所があります。それが街の中心部に建つハルバーシュタットの大聖堂です。こちらは13世紀初頭から建設が始まり、15世期末に完成しています。そんな大聖堂には現代の音階の鍵盤としては最も古いオルガンが設置されていたそうです。非常に大きな教会で、周辺地域の中心地としての役割を果たしていたそうですが、それも納得の迫力のある大聖堂でした。

ジョン・ケージが作曲した「As Slow as Possible」
ハルバーシュタットのシンボルとも言える大聖堂ですが、そこに設置されていたオルガンと街との歴史が、ジョン・ケージの楽曲の演奏に重要な意味を持っています。ジョン・ケージの作品は「As Slow as Possible」という曲名ですが、可能な限り遅くという意味となっています。そして演奏者は演奏時間を自由に設定することができるのです。

大聖堂のオルガンの歴史から決められた演奏時間
自由に設定できる演奏時間であるため、ハルバーシュタットで考えられたのは639年という長さでした。なぜならオルガンが設置されたのは1361年で、その639年後がジョン・ケージの作品の演奏が始まる2000年だからです(実際には予算の問題で2001年から開始されています)。つまりジョン・ケージの作品は街の歴史を取り込む形で演奏時間が決められたのでした。

演奏会場となる廃教会
ハルバーシュタットの大聖堂を後にして、ジョン・ケージの作品が演奏される場所へと向かいます。それは旧市街の端にある聖ブキャルディ教会です。教会は既に本来の役割を終えており、廃教会となっているそうです。外観からはごく普通の古い建物に見えますが、その中で延々と演奏が行われているのです。

落ち着いた雰囲気の演奏会場
週末に訪れたのですが、訪問客は少なく周辺には落ち着いた雰囲気が漂っていました。もちろんお洒落なカフェなどなく周辺にお茶をする場所もありません。全く派手さのない場所です。ミュージアムショップやお土産屋があるわけでもなく、街が持つ雰囲気そのままの場所でした。

がらんどうな空間
教会だった建物は、床や天井もなくもぬけの殻です。建物の中に外光が差し込む空間を満たすのは特別な音でした。一つの音がただひたすら鳴り続けています。それはまるでがらんどうの空間を満たしているかのようでした。

音が響き続ける演奏
演奏時間は639年となるため、演奏は引き延ばされており、演奏されている音は一音符が多いようです。それが数年にわたって、ひたすら鳴り続けるのです。ただし休符の時もあり、訪れても演奏(というよりも音)を長期間にわたって聴けない時期もあるようです。そのため訪れる時は休館日だけでなく、演奏状況も確認した方が良いかもしれません。

豊かな音の体験
今回訪れて感じたのは音の豊かさでした。一音だけの演奏ですが、耳を澄ませるうちに、建物の周りの様々な音が聞こえてきます。鳥のさえずり、建物の周りで話す人々の声、かすかに聞こえる生活音など。一音だけの演奏が、そうした様々な音と共鳴しているかのように感じられたのです。

まとめ
639年にもわたって続けられる演奏は、まだ10分の1も演奏してません。今生きている誰もが聴き終えることのできない気の遠くなるような長い演奏が続けられるのです。そんな演奏に立ち会えたことは何より嬉しかったです。話のネタのための訪問でしたが、実際には特別な体験を楽しむことができました。またいつか再訪して、今回とは異なる音を楽しむことができればと思っています。

追記
あまりに観光には力を入れていないハルバーシュタットですが、街の標識には「Das laengste Musikstueck der Welt - 639 Jahre!」、「世界で最も長い楽曲、639年!」と書かれています。しかし、いろいろ調べてみると、1000年演奏される「Longplayer」という世界一長い楽曲があるようです。あまり観光に乗り気で無い街がせっかく作った標識なのに、世界一でないのが悲しいところです。
(世界一長いとされる「Longplayer」は常に実際の楽器を使って演奏を行っていないようです。また演奏会場も常に同じでないです。そのためハルバーシュタットの演奏は、実際の演奏と同一の演奏会場で世界一の長さと言えるでしょう)

私が運営しているホームページ「ドイツ便り」では、こちらのジョン・ケージの作品について観光情報や動画を掲載しています。ドイツ便りのページもチェックしてもらえると、大変嬉しいです。