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尾も白い犬のはなし 1 名犬ラッド

“ラッドにはわかった。ラッドはいつもわかった。“

 

 ラッドのふかい胸と小さめの前足は雪のように真っ白で、広い背と、横腹と、たくましい肩は黒ずんだ青銅のように輝く。堂々とした頭部、その目にあらわれている魂! 「ラッドのような比類のない犬、千人にひとりももっていないような犬」「主人夫婦のラッドのかわいがりかたは、いつもいつもばかばかしく思われるほどだった」。読者もその思いと同化させてしまう、コリーの物語である。


 米国東海岸のニュージャージー州北部、ポンプトン湖のほとりに著者ターヒューンの記念公園がある。多数の作品の中でも、1919年に発表された愛犬ラッドの物語は、ベストセラーとなり80刷を超えたという(1)。ターヒューンは、一流のコリー(ラフコリー)ブリーダーでもあり、サニーバンク・ケンネルの血統は、現在にも受け継がれているらしい。どんなブリーダーだったのだろう? 犬とどのように向き合ってきたのだろう? 物語は冒頭より、ラッドが「思ったこと」で始まる。そして随所にラッドの思考、感情、行為が活きいきと描写される。YouTubeの動画で、犬や猫の仕草にあわせて、セリフがはいっているものがあるでしょう。まさに、それである。動物が好きで、意識的あるいは無意識のうちにその動きの意味するところを読み取ろうとする人。犬が尻尾を振るのは、嬉しい時だけではないと知っている人。犬に話りかけ、意思疎通する人。ターヒューン夫妻のそんな輪郭が浮かび上がる。


 ポンプトン湖の写真を見ると、こういう地がコリーには相応しいのだと思わせられる。ラッドが毎日、泳いだ湖。連れ合いのコリー、レイディとウサギを追った森。邸の生垣を乗り越えて侵入する賊を撃退し、身を挺して毒蛇から子供を守り、主人とともに羊殺しの犯人を捕まえるラッド。伝説の勇者のような冒険の数々。主人夫婦とのふかく、ゆるぎない絆、まごうことなき愛情が物語を支え、安らぎをもたらしてくれる。あとがきによれば、ラッドは16歳で生涯を終えた。現代の大型犬の平均寿命をも上回っており、大切にされたことがよくわかる。夫妻はラッドがひなたぼっこを好んだ一隅に、なきがらを葬り、墓碑に刻んだ。「ラッド、肉体も魂も、ともに純粋なる」。動物に魂を認めない人々はいるし、特にキリスト教世界ではそうなのだと思っていた。しかし、パートナーとなる生き物に愛情を注いだ人にとって、宗教や文化的背景を超えて、魂とは疑いなく感じられるものなのだ。


 子供の頃から繰り返し読んだラッドの物語は、幾度となく反芻され、犬と暮らす土台となっているように思う。愛犬がラッドのように、絆を強めてくれますように。それはひとえに、飼い主の在り方にかかっている。大勢の読者が、あとに続きたいと思ってきたのではないだろうか。ラッドの魂は時を超え、場所を越えて駆けていく。

『名犬ラッド』岩波少年文庫3004
原題:Lad:a dog
著者:A.P.ターヒューン(Albert Payson Terhune)
訳者:岩田欣三
出版社:岩波書店
出版年:1951年

1. https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Payson_Terhune




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