ダブルコスモス 【ピリカ文庫(2021) ショートショート】
納屋を片付けていたら、手金庫が出てきた。
金庫とは、ちと大仰かもしれない。両手で包み込めるほどの箱に、南京錠がちんまりとしている。
おそるおそる、四桁の数字をあわせてみる。
おいそれと、カチリ、とはいわないのであった。
祖母の手にかかると、あっけなく開いた。
「ばあちゃん、じいちゃん、父さん、母さん、私、誕生日は全部やったけど」
ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑う。
「宝の地図?」
「まさか」
茶封筒の表には、祖父の字で一言。
保子さま。
中味は大量の種子であった。
「なんだあ。ラブレターかと思ったに」
「まさか」
私が祖母ならば間違いなくがっかりするところだが。
「片付けが捗って助かったわ。じいちゃんは色々整理しておいてごしなったけども、わし一人ではどうもならん。ありがとね」
手作りの紫蘇ジュースを呑み干す。
玄関脇に、祖父の好きだった百日紅の赤と白が一本ずつ。盛りを過ぎた花が空に揺れ、揺れている。
「ばあちゃん、あれ何の種なん」
「あれ、あんたわからんかね」
「いじわるせんと教えてよ」
ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑った。
「来年、見せてあげられると思うよ」
一人になった祖母を心配したが、なんのなんの、四十九日を過ぎると精力的に動き始めた。
わしも歳をとるけん、二階は不便だと思ってね。だけん、バリアフリーの平屋にした。ずっとフローリングいうのに憧れちょったんだわ。全部使ったけんね、もう遺産はないと思ってごしない。
全て一新して、あっけらかんとしたものであった。
一周忌の日はからりと晴れた。
昔からあった広縁が、リビングとお揃いの板にふきかえられている。そこに仏壇がしつらえられて、庭の眺めは特等席だ。
夏の終わりの風が吹き抜け、色とりどりの花を揺らす。
「秋桜だったのかあ」
「よう咲いて。わかるかね、普通より花が小さいよ」
「なんでなん」
「じいちゃんの特製だがね」
祖父は植物をいらうことが好きであった。祖母のために新たな品種を作ったということか。
やるな、じいちゃん。
二人で夕飯を食べ、洗い物をしているうちにすっかり暗くなった。
まばらな家々、ぽつぽつと街灯。
星がこんなによく見える。
雲に隠れていた月がひょっこり現れる。
あ、満月だ、と思う間もなく、
「ばあちゃん! ばあちゃん、早よ!」
庭は、月の光を浴びて輝いていた。
水を撒いたから。
濡れた花びらに光が当たると、発光する品種なんだ。
庭一面の星。
秋桜の宇宙。
コスモスのコスモス。
ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑ったけれども、頬に星のように光るものが見えた。
やるな、じいちゃん。
<了>
「コスモス」のテーマをいただいて、とりあえず種を買いに参りました。残念ながら、種まきの時期にはちと、遅いようでございます。ちょっとだけ試しに蒔いて、残りは来春までとっておきます。
ピリカ文庫に加えていただく幸せをかみしめかみしめ、御礼の言葉といたします。
こちらで朗読してくださいました! 後半の頭から、ピリカさんの声でお聴きいただけます。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。