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フリーペーパーとフォント

「フォントの話をしよう(PIE International)」にて、アートディレクターのDODO DESIGN 堂々穣氏が受けたインタビュー記事になっています。2015 年にグッドデザイン賞も受賞した調剤薬局のアイセイ薬局が発行するフリーペーパー「ヘルス・グラフィックマガジン」を中心に、フォントの話について語らせていただきました。

レゲエのレコードジャケットに大きな衝撃を受ける


——デザイナーになったきっかけを教えてください。

小さいころから絵が得意で、周りから上手いねと言われて育ちました。
勉強も頑張っていましたが、思ったように成績が上がらなくて。そういう才能はないんだなと思いながら中学校・高校に通っていましたが、大学へは行きたいなと漠然思っていました。いざ進学しようと思っても、受けたい学科がないんですよ。進路相談のときに担任の先生に文系でも理系でもないんですけど、どうしたらいいかを相談したら、美術系の大学を薦められました。「えっ?絵は好きだけど就職できるの?」と不安に思っていたら、美術の先生から「実は『お金になる美術』があって、それがデザイン」と言われ、先生の言葉を信じて美術大学に進むことにしました。商売でお金を生み出すことに、昔から興味がありました。
それと同時期、高校1年のときから、レゲエにハマっていました。いわゆる黒人カルチャーが大好きで、レコ ードジャケットなどのアートワークに、大きな衝撃を受けました。ビート、世界観、レゲエの発祥の地ジャマイカという国の異色文化……。進路を決める前のターニングポイントだったと思います。今でも、このときに好きだったレコードの書体や色づかいがベースにあるかもしれません。ブルーノート系のジャズのレコードジャケットも好きでしたが、どこか洗練されすぎていると感じていました。レゲエのなかに、ダンスホールというアップテンポのジャンルがあり、それが特に好きでした。パンチがあ って自由で「なにこれ?」みたいなサウンドとデザインに惹かれました。今でこそインターネットでいろいろ調べられますが、当時は情報源が雑誌くらいしかありませんでした。そういったレコードが見られたり音楽好きの仲間と出会える、渋谷にあるレゲエショップに毎日のように通っていました。

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『In Fine Style』(One Love Books)


固くなりがちな医療テーマを広告的に見せる


——『ヘルス・グラフィックマガジン』のコンセプトを教えてください。

一言で言うと“デザイン・エンタテインメント”です。初代の編集長がもともとTVCFのディレクターで、すごくデザインにこだわりのある方でした。アイセイ薬局のブランドイメージを上げる役割で転職され、『ヘルス・グラフィックマガジン』を立ち上げられました。今年で刊行 10 年。弊社は2年目に声をかけていただいて、そこからのつき合いになります。僕はキャリアが広告なんです。たき工房時代もBRIDGE 時代も電通のパートナー的存在で、ゴリゴリの広告の人たちのなかでキャリアを積んできました。なので『ヘルス・グラフィックマガジン』も、雑誌を作っているというより、電車の中吊り広告、しかも中吊りワイドを毎ページ作っているような感覚なんですよね。編集方針として、毎号毎見開き、違うデザインにしてくださいと強くリクエストされています。

——その方針が導いた結果なんですね。
だから大変なんですよね。会社の経営としては非常に効率が悪いです(笑 )。一冊につきデザイナーは 1 人で、だいたい 2 ~ 3 号続けて担当し交代します。特定のデザイナーの色がつかないように、意図して交代しています。この仕事は、モデルの手配を含め、すべてのデザイン業務が凝縮されているので、若手の登竜門的にみんなに担当してもらいます。ディレクションはしますが、基本的にはデザイナーがやりたいようにやってもらう。このイラストレーターとやってみたいとかモデルはこの人がいいとか、デザイナーの主体性を大切にしています。

——「医療」という堅くなりがちなテーマですが、気をつけていることはありますか。
医療専門のライターさんがいるので、内容はその方にお任せしています。ただ、面白くなりそうな見せ方を提案をして、誌面にインパクトを持たせたりメリハリをつけたり、見せ方を工夫しています。ライターとアイセイ薬局さんと我々の3つの力を合わせて作っています。あともうひとつの力として、広告系のコピーライターに入 ってもらっています。その方とビジュアルを一緒に考えているところがポイントかもしれないですね。大きな編集テーマをもらい、それに合わせてカンプを作るのですが、だいたい3分の2 はやり直しになりますね。完成に行き着くまでに何案もデザインしています。

——毎号、堂々さんが自由な発想でデザインされていると想像していたのですが、違うんですね。
まったくそんな事はないですね。内容も医療ということで制約も多いですし、なおかつ、アイセイさんも今の編集長も、もともとキャリアが広告のアートディレクターの方なので、デザインに理解がある反面、チェックもめちゃくちゃ厳しい。ちょっと特殊な座組みなんです。

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社内で使用フォントのガイドラインを設ける

——各特集のタイトル周りが、デザインの核となっていますね。
文字デザインにはとてもこだわっています。欧文フォントがすごく好きなんですよ。スタッフにも、文字にはこだわりましょうと常に言っています。グラフィックデザインは、写真とイラストと文字、この3つの組み合わせで成り立っていますが、写真とイラストはなかなか自分たちではコントロールできない。唯一自分たちで完成度を高められるのは文字であると。文字周りの完成度を高めることによって、誌面がとても良くなります。あとは日本を代表するデザイナー佐藤卓さんの言葉です。大学で講義を受けたのですが、とにかく文字にはこだわりなさいと仰っていて。「尊敬している人が言うんだから、これはもう絶対にそうだな」と当時確信しました。

——とことんデザインに遊び心がありますね。
カルチャーを感じるデザインが好きなんです。例えば喫茶店がテーマなら、フランスのカフェにありそうなフ ォントを持って来ようかと考えたり。タイトルのデザインは、企画とセットですね。なんとなく作っているわけではなく、企画とデザインがぶつかった結果です。どれも企画がなければ作らなかったデザインです。なにが一番最適なのかを考えた結果です。
あと「ウォーリーを探せ」を参考にしたり、何か特徴的なデザインのパロディーがわりと多いかもしれないです(笑 )。つまり、既視感を大事にしている。あまりにも前衛的で見た事もないようなデザインだと、人に伝わりづらくなります。誰もが共感するデザイン、それを常に目指しています。でも基本的には、タイポグラフィは楽しんでやっています。『ヘルス・グラフィックマガジン』はそれに尽きますね。面白くなければデザインじ ゃない(笑)。
会社では、共通認識を得るために、使用推奨フォンのガイドラインを作っています。弊社は基本的に新卒を採用しているので、スタッフのなかには、文字のデザインがまだ不得意だったり、フォントにそれほど知識がないと言う人もいると思うんです。なので社内のデザインレベルを合わせるために、ある時からガイドラインを用意するようになりました。これを使っておけば間違いないというフォントがリスト化されています。
スタッフから違うフォントを使いたい要望があった時は、もちろん相談して決めます。ガイドラインは作りつつ、「MyFonts」※ 1 などで、よく新しいフォントを購入しています。ベーシックとトレンドをうまくミックスしながららデザインしています。

DODO DESIGN 社内推奨フォントの一部

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いろんな場所からインスピレーションを得る

——それにしても『ヘルス・グラフィックマガジン』のデザインは、いろんな世界が繰り広げられていて楽しい!
湯飲み(「胃腸不良」特集号)は、ちゃんと焼いたんですよ。お寿司屋さんの湯飲みを作っている工房にデータを持ち込みました。手書きのように見えますが、フォントをそれっぽく組んでいますね。ひらがなをちょっと小さくしたりして。
足跡(「足の悩み」特集号)はすべてデジタルデータです。デザイナーがめちゃくちゃ頑張って、根性で作りました(笑)。
けっこう担当デザイナーがやりたい放題で、好きにやっています。でもそれが面白いじゃないですか。自由で開かれたデザインがいいと思っています。
内容が医療系なので、シビアだったり辛いことが多い。なによりみんな病院の帰りに薬局に来るじゃないですか。そういうときに、シリアスになりすぎても良くないし、かといってふざけすぎても良くない。そのさじ加減は気にしています。

——インスピレーションの源はなんですか?

いろんな場所に行ってることでしょうか。いま娘が小学生と中学生で、原宿や渋谷など、新しいカルチャーが詰まっているところに行きたい年頃なので、一緒に竹下通りに行ったりします。いまの若者の動向を知れるのが面白いんです。ららぽーとやイオンにも行きますよ。あとは電車のなかでいろんな人を見たり、そういう普段の営みからの源泉が一番大きいかもしれません。

——家族と交流されているなかで仕事脳に切り替わることもありそうですね。
例えばパッケージの仕事をしているときにWEGOに行 って、「こんな価格でこんなにかわいいパッケージが出来るんだ!?」と参考になるようなことがありますね。あとは最近、子どもから韓国のファッションやデザインを教えてもらうんですが、かわいいイラストに出会って、韓国のイラストレーターに連絡を取ったこともあります。なので新大久保もよく遊びに行きます。

——娘さんの存在が大きいのですね。
そうなんですよ。だから、一緒に出かけなくなったらどうしようと考えたりします。そうなると、SNSなどで情報をキャッチするしかないのですが、やはり直接現場を見るのが一番です。
時代にいかに乗っかるかがこの商売ではとても大事なので。普遍的なものをいぶし銀のようにデザインするスタイルもありますが、私はどちらかというと、トレンドをキャッチして仕事をしていくスタンスです。

——書体からもそんな印象を受けました。〈A1ゴシック〉〈筑紫アンティークL〉の2書体は比較的新しいフォントですよね。
そうですね。本当は写研の〈石井ゴシック体〉など写植の書体も好きなんですが、外注しないといけないのでなかなか使うのが難しいです。日本語はオーソドックスな書体を使う事が多いですが、アルファベットはなるべく今っぽい書体を入れてバランスを取っていますね。あとフォントってすごく会社のカラーが出ますよね。 SAMURAI はこう、MR_DESIGN はこう、というように。他のデザイン会社ではあまり使われていない、特徴的なフォントを使って、会社のブランドイメージを作るようにしています。

font_gazou_アートボード 1

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有名デザイナーの作品がよく見える理由を研究


——「のもの」についてお聞かせください。

のものは、JR 東日本さん肝入りのプロジェクトです。2011 年の震災が起きたあと、東北を元気づけようと、「東北のもの、なんとかのもの」という意味を込めた「のもの」にネーミングが決まりました。打ち合わせで何気なく書いた「のもの」の文字が「へのへのもへじ」の顔に見えて、これはロゴマークとしてイケるなと直感的に思いました。
「へのへのもへじ」は日本人なら多くの人が知っているキャラクターなので、コミュニケーションとして伝わるスピード感がある。あとは復興の意味を込めて、朝日を見上げているようなポジティブな顔にして完成させました。

——ベースの使用書体は〈A1明朝〉ですか?

はい。気持ち平体をかけています。そのままだと細くて普通すぎるので、アウトラインに線をつけてラウンドさせています。そういう微妙な調整は大好きですね。エッジにジワジワの味を入れたり、それをさらにスキャンしてトレースしたりとか。広告デザイナーはみんなやりますよね、昔から。新聞 15 段広告の文字組で、当時流行っていた〈平成角ゴシック〉に平体をかけたり。〈S 明朝〉や〈ZEN オールド明朝〉など、広告で流行ったフ ォントもたくさんありました。
有名なデザイナーが作った作品は、なぜかよく見えるんです。なぜよく見えるのか、理由を探るために観察していました。写真の撮り方はなかなかわからないけど、フォントや文字組は調べればわかるので。例えば、副田高行さんなら〈丸明オールド〉をちょっと太らせているなとか、この人は写植の文字を使っているんだなとか。みんなそれぞれにこだわりがあるんですよね。モニターの上からトレースして確かめたりして。若いときは、よく研究していましたね。

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