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第12回② 田中 公孝先生 「経済学部か医学部か」葛藤をプラスに変えた医師のキャリア

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

 社会的事業、企業人事、IT業界で「多動」な学びをインプットしてきた結果、開業医の中でユニークなポジションを確立した田中公孝先生。「医療×〇〇は、多動と高速学習と想いを持ち続ければ少しずつ実現していくことができる」という田中先生の、多動な学びの裏にある経験や思いについてうかがった。

田中 公孝先生
滋賀医科大学医学部を卒業後、家庭医療専門医を取得。「自分の家で、地域で、納得して生きる社会に」をビジョンに掲げ、2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」を開業。地域の多職種連携を推進しながら、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、医師会のICT事業にも関わる。現在はMVV経営、DX、組織開発・エンゲージメント向上などベンチャー経営のようなクリニックを目指して日々実践中。

胃ろうが当たり前の医療に憤り
医師の充実感はどこに?

 経済学部か、医学部か。高校当時の進路選択から数年。医師として突き進む中で、どうしても忘れられない夢があった。「もし、合格した経済学部に進んでいたら、自分はどのように生きていただろうか。」そんな過去への思いを胸に田中先生は現在、社会起業家としても活動している。

 もともと違和感を覚えることに対してアクションせずにはいられない性格だった。最初の違和感は研修医時代だ。病院では、90歳以上の誤嚥性肺炎患者を迎えると、胃ろうを作って施設に送るという医療が繰り返されていた。

 出口の見えない医療を目の当たりにし、「もし自分がこのようにやられたらいやだ。」というのが素直な感想だったという。患者はどのように最期を迎えたいものなのか。医師として医学をトレーニングすればするほど、やりたいことと実践していることに解離がある感覚に陥り、充実感を見いだせなかった。

 「本当にこのままでいいのか。おかしくはないか。」

 憤りにも似た感情を沸々と湧きあがらせた田中先生は、患者の心理的・社会的背景に目を向けた医療の実現に関心が向き始め、家庭医を目指すようになる。医療者にとってのホーム=病院から、患者が住民として自然にふるまえるホーム=在宅へ。文字通り患者自身の「ホーム」へとフィールドを移したのだ。

クリニック立ち上げから業務委託まで
ユニークなキャリアの根本は「越境的学習」

 田中先生にとっての在宅医療とは、地域の文脈と特性を理解し、個別の暮らしに応じたケアの在り方を実践することであるという。そのために欠かさず意識しているのが「越境的学習」だ。

 自分の専門から超越した幅広い分野の学びを深めるという越境的学習。その重要性に気が付いた理由について、田中先生は「何かを生み出すにあたっては、情報のインプットを増やすこと、そして、考える材料を蓄えることが大原則だ」と語る。

 常に自分の興味関心を広げ、分野にとらわれることなくアンテナを張りながら、身を置く環境を変え続ける。フィールドの違う現場で医療を実践し、研究活動や教育への関心を持ち、クリニックの立ち上げから企業の業務委託まで行った。その環境ごとに起こしていったアクションが、現在のユニークなキャリアを形成してきた。

 日々生活する中で、一見自分の行っていることとは関係なさそうなものごとでも、「なんだか気になる」という言語化しきれない感覚で拾い上げること=「ブリコラージュ」を大切にしているという。

33歳でクリニックの立ち上げに参画

 田中先生のクリエイティブなキャリアのひとつが、若くしてのクリニック立ち上げである。40歳代で開業する医師が多い中、田中先生は、はじめ33歳でクリニックの立ち上げに共同の経営陣として参画し、その後36歳で自身のクリニックを開設している。そのきっかけもまた、「違和感」がもとにある。

 自分の興味関心と向き合いながら、例えば医学教育や研究活動といったさまざまな体験を選択して積極的に取り組んでみる中で、自分がやりたいことの輪郭がよりはっきりしていった。自身が本当に実践したかったのは、これまで取り組んできたことではなく、他の業界の人とともに活動していくことであると気が付いたという。

 そんな時に知人から、「一緒にやってみないか」と声がかかったクリニックの開業は、職種を問わず共同して働けるという特徴があり、まさに「良いタイミング」だった。クリニックの立ち上げ当初は、決してビジネスの知見が深かったわけでも自信があったわけでもなかったものの、試行錯誤しながら取り組んでいくうちに形になってきたのだという。

「学習の神髄」を気付かせてくれた
ロールモデルとの出会い

 新しい環境に身を置き、越境的学習という形のインプットを始めるきっかけとなったのには、とある人の影響がある。後期研修時代、自身のプログラムの先輩であった人に、「自分にはなじみのないワードをやたらと使いこなしている」という印象を持ったという。

 その先輩が、ソーシャルセクターを中心に、業種にとらわれないつながりを持ちながら対話の機会を作り続ける姿を見て、だんだんと腑に落ちるものがあった。

 「インプットの限界は、自分で境界を決めてしまうからこそ生じるものなのだ。」

 自分が必要だと感じる学習に主体的に取り組み、それぞれの場におけるキーパーソンとの人脈をつくり、協同して課題解決のイノベーションを巻き起こしていく。学習の神髄とは、一つの世界にこだわらず、カリキュラムや専門を超えて、興味あることに飛びこみ、視野を広げて、元の知見を解釈し直す過程や姿勢にあると気が付いた。

 そのような学習を体現するロールモデルを目の当たりにしながら、田中先生はいつしか「別の形で彼らを超えたい」と実感するようになったという。

新しい環境は「逃げ道」だった

 田中先生が越境的学習に意義を見出す理由はもう一つある。それまでは特定の環境で抱く違和感と向き合うことに恐れや葛藤を抱く一方で、その意識を共感しあえる仲間が少なかった。そんな先生にとって、別の環境こそが逃げ道だったのだという。

 新しい環境を求めて自己啓発のプログラムへ申し込んだことをきっかけに、実は別の業界にも同じように悩む孤独な人がいることに気がついた。その違和感や孤独感を新しい場で共有し合い、ネットワークを広げるにつれ、相手の業界における共通言語や常識が理解できるようになり、分野を横断して新たな価値を生み出すという成功体験が増していった。

納得のいく選択がある
これが僕の生きる道

 環境を変えて学び続ける「多動」を田中先生が積み重ねてきたのは、多動でいることそのものが自分の実現したい幸福に寄与すると実感していたこと、そして自身の違和感と向き合う中でそれが一つの逃げ道だったことが挙げられるが、振り返ると何よりも、そこには「納得感」を探すという目的があった。

 「自分はどんな場所で、どんなテーマの人と関わりたいのか。」

 田中先生が自身に問いかけ続けてきた質問だ。それは同世代なのか、年配者なのか。農業なのか、工業なのか、はたまた商業なのか。環境の異なる人びとが重なり合って社会が形成される現代で、自分に「刺さる」暮らし方を見つけた先に各々の納得感がある。

 田中先生はこれまで、医療IT会社でプロダクトの開発に携わった経験もあれば、学会活動や研究活動にも取り組み、医療にかけては病棟、外来、在宅で現場を見てきた経験もある。介護のコミュニティで活動したり講演会を実施したり、数多の本や映像に触れたりした中で、ついに選んだのが今のフィールドでありキャリアだ。

 「二つの顔をもつ、という感覚はしっくりこなかったんです。」

 医師として働くことと、ソーシャル活動の実践を区別して考えることにはもったいなさを覚え、自由なふるまいを求めて、開業に行きついた。

 田中先生が実現したいのは、業界の壁がない未来だ。自身が生きづらさや働きづらさを感じてきたからこそ、社会の構成員それぞれにとって納得のいくあり方に幸福のヒントがあると考えている。

経験を形にするその先で、目指すものは

 これまで在宅のフィールドで患者家族の価値観を理解し、納得感を引き出そうとする過程で、何度も枠を超えた不条理にぶつかってきた。医療の不確実性を目の当たりにして逃げたくなることも少なくなかった。そういったさまざまな経験を分析、省察して抽象化し、再び実践し直していくというサイクルを意図的に回すことで、後悔を消化し、次なる成功へとステップアップしてきた。

 田中先生にとっては、事業化という形でお金と人が動く環境を整え、社会にインパクトを生み出していくことが自分に向いており、やりたかったことだと今改めて実感している。動き続けながら、自分の感性、そして思いと軸とがはっきりしてきた今だからこそ言えることがある。

 「あの時、経済学部に進んでいれば。」という後悔は、今はもうない。

取材・文:島根大学医学部3年 大井礼美

本記事は、「m3.comの新コンテンツ、医療従事者の経験・スキルをシェアするメンバーズメディア」にて連載の記事を転載しております。 医療職の方は、こちらからも是非ご覧ください。

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