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オバマを待ちながら ーハバナー

(この文章は2016年4月にキューバの首都、ハバナにオバマ大統領が訪れた際に書かれたものです)

その日は、キューバの歴史にとって大きな意味を持つことになるだろう。
アメリカ大統領がラウルカストロ※①と共に演壇に立ったその瞬間を、僕はハバナのバーのテレビで眺めていた。
周囲のキューバ人は皆、食い入るようにして、映りの悪いブラウン管を見つめている。
ふと、会見が行われているのはここから5分程度の議事堂であろうことに思いが至る。
もしかしたら現役の合衆国大統領を一瞥する機会に恵まれるかもしれないと、大して期待せずに路上に出る。
劇場前の大通りに出たところで、数百人の群衆と出くわした。
どうやらこのあと、この劇場でオバマからキューバ国民に対するスピーチがあるらしい。
僕もその群れに加わることにする。
退屈を紛らわすために、隣の老人に煙草を勧め、片言のスペイン語で話しかける。そんな僕がなんの気無しに言った、フィデル※②が好きだよ、という一言を、その隣に座っていた若者は聞き流さなかった。

彼、アレクサンドルは流暢な英語で、挑むように僕に問いかけた。

「どうしてカストロが好きなんだ?理由があるなら教えてくれないか。」

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「俺たちには、何も無いんだ。」
その一言を皮切りに、彼はキューバのリアルについて僕に語り始めた。

「確かに社会主義の理念は美しく響くだろう?
でもここでは平均の月収は月15ドル。俺たち教師の給料は月に6ドルだ。
特に、ソビエト崩壊直後の貧困は凄まじかった。チーズの代わりにコンドームをピザの上に乗せて焼いて食べたり、モップを刻んでパンに挟んでサンドイッチと言って 売ったりしていたんだ。
現在のキューバの人口は1200万人。在アメリカの亡命キューバ人は200万人。逃げられる奴らは全員、国を出て行った。
ここに残っているのは、出て行くことができない負け犬だけだ。

本来、政治は経済のために、経済は人々のためにあるべきだろう?
ここでは逆だ。
人々は経済のためにあり、経済は政府の為にある。
学校では、子供達が使うノートがない。
なのに、政府のプロパガンダを印刷する紙はどこからか調達される。

何より酷いのは、俺たちはこのシステムにNoと言うことすらできないことだ。
今生きている世代はみんな、革命後の世界しか知らない。
この国には、今もインターネットがない。※③
テレビも政府が作った番組だけ。※④
みんな革命後の世界に相応しい生き方を刷り込まれている。
少し前までビートルズに憧れて髪を伸ばしても、同性愛者だとバレても、田舎の農地へ送られてきた。
本当の敵は生まれたときからプロパガンダ漬けの、俺たちの頭の中にある。

アメリカが、キューバを金儲けの相手としか考えていないことはわかっている。
それでも、そんなアメリカでも大歓迎さ。
みろよ、この集まった群衆を。

たとえこれからどんな変化が起きたって、今以上に悪くなんてなり得ないよ。
今、俺たちにはモノも無い、金も無い、政治形態を選ぶ自由も無い。
それが、”俺たちには何もない” ってことだよ。」

僕は言った。
「 今日、ドアは開かれた。もう閉じることはない。
好むと好まざるに関わらず、夢から覚めて、アンタらは資本主義の現実をみることになる。
でも大丈夫だろう。アンタみたいなちゃんとした人間がいれば、キューバはきっといい国になっていくよ。」

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結局、夜更けまで待ったがオバマは現れなかった。
ラテンアメリカ式の抱擁を交わし、僕らは別れる。
去って行く彼の背は誰より高く、それは映画で観た若き日のフィデル・カストロを思い出させた。
今、激動の時代に巻き込まれつつあるこの国で、彼こそが革命精神の継承者なのかもしれない。

キューバの未来に栄光あれ。

①ラウルカストロ:現在のキューバ国家元首。フィデルの弟。
②フィデルカストロ:キューバ革命の指導者にして、革命後のキューバを50年以上に渡って独裁支配してきた政治家。現在は引退している。
③インターネットは、現在一時間2ドルの有料カードを購入することで使用可能だが、現地人には高価過ぎて実質的には使用不可。
④実際は、ラテンアメリカ共通のチャンネルみたいなのを受信しているのをよく見かける。

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