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種を蒔く人達 ー釧路ー

もし貴方が酔っ払って
婚活パーティーなんて金と時間の無駄だ!とか
教科書なんて何の役にも立たない!とクダを巻いたら
僕は、まあ確かにねーと相槌を打つだろう。

けれど、人生は色々で
婚活パーティーで素敵な出会いを見つける人もいるだろうし
僕の場合、教科書は“木を植えた男”という素敵な物語を教えてくれた。

一人の男がプロヴァンスのむき出しの荒地に40年間に渡って種を植え続け、豊かな森に変えたというこの短い物語は、ジャン・ジオノというフランスの作家により1953年に書かれたもので、多くの言語に翻訳され世界中で愛読されている。

一人から続けることで、やがて大きな森になり
その事を誇るでもなく、ひっそりと息を引き取る。
それが植林という形をとらなくても
同じような営みは、目を凝らせば色々なところに転がっている。

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釧路に講演に来て欲しいと言われたときは
仕事で北海道!と思い引き受けたものの、正直ちょっと面倒になっていた。

だいたいが地の果てである。
誰が好き好んで、大麻の話など聞きにくるものかと思っていたら
一週間前になって、突然、上映会の前日にMC松島というラッパーとの対談イベントがブッキングされた。

ご存知、札幌を拠点とする敏腕フリースタイラーだ。
音源では巧みなフローと、他のラッパーと違なるリリックを駆使し独自の世界観を展開している。

しかし何度もいうが、ここは札幌からプロペラ機で1時間。
丹頂鶴と熊が支配する野生の王国、釧路である。
どうやらこの地にも清水さんというラッパー兼オーガナイザーがいて、彼が地域を盛り上げるべく、様々なイベントを不定期に開催しているらしい。

イベントは清水さん、MC松島さん、正高の3マイクでの即興スタイルで進行した。
印象的だったのが二人とも、札幌と釧路というそれぞれのシーンをいかにして面白くしようかと考えていたこと。
“金を稼いで、女の子と車”という従来のラッパーのイメージとは違う、公共性の高い思想を持った人達だなという印象。
清水さんは、釧路のフリーペーパーも発行されている。
“釧路で恩恵を受けたクラブは無くなってしまったけれど、そこで学んだパーティーの運営やヒップホップの方法論で地域作りを再構築している。”という彼の言葉は印象的で、あっという間の三時間だった。

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イベント&打ち上げの後は、帯広から駆けつけてくれた青山さん、上映会の主催者の川原さんと二次会。

この青山さん、笑顔で“実はトウソウチュウなんです”と仰る。
“逃走中ですか?”
“いやいや、闘争中です。大麻取締法の違憲裁判。”
何と昨年末に、大麻取締法で逮捕されて現在、裁判で係争中だと言う。
しかもその量が29 kg。“1億7000万円相当”と報道され地元では有名になったそうだ。
“2年前に農作業中に、背中から落ちて頸椎を骨折しているんです。それから手に力が入らず、しばらくは何も握れなかった。痺れもひどくて。2年間は労災をもらっていました。お医者さんには手術を勧められたけれど、大麻を使っていたら、だんだん良くなってきて。今も頸椎の並びはひどいらしいです。”

因果関係はわからないけれど、大麻に神経保護作用があるのはアメリカ合衆国政府が特許を取得していることからも御墨付きである。
彼自身の大麻の使用には、医療目的の要素もあると言えるかもしれない。
とはいえ、29 kgとなると営利目的と言われても仕方のない量だ。

“やっぱりそんなに儲かるんですか?”

“いや、全然。発表では1gあたり6000円で計算していましたが、病気の人には無料で送っていたし、販売するとしても1g1000円に設定していました。それくらいが世界の相場だから、その値段で供給したいと思って。
原価がかかるから、ほとんど手元に残らないです。でも別にお金儲けの為にやっている訳じゃないんです。大麻が悪いものでないということを伝えたくて。”

確かに車も軽だし、羽振りがいいようには見えない。
逮捕されるリスクを犯してまで、非営利で大麻を供給し続ける。
多くの人には理解が難しいだろう。
けれど、世界中に同じような人達がいて、各国の大麻の合法化は、そういう無名の人の努力と犠牲の上に成り立ってきているのも事実である。

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最後に今回の主催者の話をしよう。

川原さんはこの地で、有機農作物の宅配の仕事をしている。
20代から市民活動に従事し、環境意識が高く原発関係の勉強会など、これまでも多くのイベントを開催しているという。
医療大麻の話も彼の中で同じ線の上にあるという。

”俺も60だし、自分のことはもういいんだ。この映画のことを知ったとき、これは孫の世代のためにやらないとと思ったんだよね。息子が先生のツイッターで、釧路で上映会があるらしいって知って誰がやるんだろう?ってきくから俺だよ!ってね。“

上映会のチケットの売れ行きは正直いまひとつだと、川原さんは難しい顔をしていた。
新聞にも取材してもらいラジオも出た。

やれることはやった。
彼はきっと、祈るような気分で開場時間を待っていたと思う。

ところが、蓋を開けてみると何と100人近い入場者で、用意した椅子は全て埋まった。その半分以上がCBDオイルの存在も知らない、”無関心層“だった。

参加者は皆、川原さんに声をかけていく。
仕事が片付いたから、急遽、顔を出しに来てくれた人が何人もいたようだ。

おそらく今、日本で人口に対して医療大麻の知識が最も広まっている場所は釧路周辺である。
そして、これはこの地に根を張った一人の男の数十年に対する信頼。それ以外の、何者でもない。

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北の男達は、総じて寡黙だ。
しかし、それぞれの心の中には風雪に負けない熱量が秘められている。
為すべきことを知り、やるべき事をやる。
彼らが蒔いた種が、いつか大きな森になる姿を、僕は見届けたいと思う。

御来場頂きました皆様、お世話になりました皆様、ありがとうございました。

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