
世界最大のDeepTechコミュニティによるカンファレンスHello Tomorrow Global Summitイベントレポート
最先端の科学技術によって、破壊的イノベーションを生み出す「DeepTech」は、今や世界的なトレンドとなっています。
今回は、Hello Tomorrow JapanのEcosystem PartnerであるRouteX Inc.を通して、Global Summitの様子とGlobal Challengeにノミネートされたスタートアップをご紹介します。
世界最大のDeepTechコミュニティHello Tomorrowとは
Hello Tomorrowの説明に入る前に、DeepTechについてご説明します。
DeepTechは一般的に以下のように定義されます。
「破壊的イノベーションを生み出すための、独創的かつ複製困難なテクノロジーとそれを活用したソリューション」
このように、DeepTechは「技術」が次の産業革命を引き起こすことを期待され、環境問題の解決など大きなポテンシャルを持つ点が評価されています。
全世界の国や投資家から注目を集めており、2021年時点では30,000ものディープテック企業があると報告されています(Forbes調べ)。
DeepTechは通常のスタートアップとは違い、大学などの研究施設から生まれることも多く、既存のスタートアップ・エコシステムにはなかった新たな枠組みが必要とされていました。
そんな課題を解決するべく発足したのが、世界最大のDeepTechコミュニティHello Tomorrowです。

Hello Tomorrow は2011年にフランスでNPO法人として設立されました。
DeepTechに関わる研究者や投資家などのプレイヤーを繋げる、グローバル規模のコミュニティを通じて、革新的な技術の社会実装を加速することを目的としています。
次にHello Tomorrowの活動を三つに分けて紹介します。
①Global Challenge

Global Challengeは、アーリーステージのDeepTechスタートアップを対象としたコンペティションです。受賞者は最大10万ユーロの賞金の獲得に加え、投資家や協業パートナー、顧客とのネットワーキングの獲得、Hello Tomorrowを通じた国際的な認知の拡大を享受できます。
2024年度はEnergyやData&AI、Aerospaceなど14の分野から計4,000社以上の応募があり、Global Summitでは最終のピッチコンテストが開催されました。
後ほど受賞した4社のスタートアップをご紹介します。
②Global Summit

Hello Tomorrowの本社があるフランス・パリでは、毎年DeepTech業界のリーダーやスタートアップが集まるカンファレンスが開催されています。
毎年3,000人を超える参加者が集まり、有識者や世界中のDeepTech関係者とのネットワーキングの場として機能しています。
今回のイベントレポートでは、こちらの様子をご紹介します。
③Local Hubs
Hello Tomorrowは日本を含む世界8都市にグローバルハブを構えており、各地域でローカルイベントを開催しています。

例えば日本では、DeepTechコミュニティを世界と繋げるだけではなく、日本の研究者やDeepTechスタートアップをインキュベートする活動も行っています。

Global Summitの様子


今年のGlobal Summitは、パリ北部にある Le CENTQUATRE-PARIS にて行われました。
普段はアーティストの居住区兼販売施設として利用されており、アートとイノベーションを掛け合わせたスタートアップのインキュベーターとしても活用されています。
会場のフロアはLevel 0 (1階)とLevel -1 (地下1階)に分かれており、それぞれキーノートセッションとスタートアップによるブース出展が行われていました。
Level 0ではL’oreal や La French Techなどのパートナー企業や組織のブースが置かれ、さらに奥には三つのステージが用意されていました。
各ステージでは、セッションが行われていました。
特にメインステージであるFrontier Stageは開会式/閉会式やピッチのアワードセレモニー、政府関係者の登壇などが行われ、常に多くの人が集まっていました。

Level -1 では、世界各地から集まった注目DeepTechスタートアップのブース出展が行われています。
スタートアップのブース出展の他に、一部の部屋ではキーノートセッションが行われていました。


イベント終了後はカクテルイベントが開催され、DeepTechコミュニティ間のネットワーキングが行われていました。

DeepTechスタートアップの登竜門「Global Challenge」 受賞スタートアップ
DeepTechスタートアップの登竜門「Global Challenge」の最終ピッチコンテストが、Global Summit内で執り行われました。
▼こちらからセレモニーの様子がご覧いただけます
特別賞から順に受賞した4社のスタートアップをご紹介します。
Cambrium

Hello Tomorrow Strategic PartnerのBoston Consulting Groupが選ぶ特別賞BCG Awardでは、Cambriumが入賞しました。
Cambriumは、2020年に設立されたドイツのスタートアップで、タンパク質を活用した新世代のバイオマテリアルを開発しています。
同社が提供するパーソナルケア向けの微小分子のコラーゲンのNovaCallは、皮膚と100%同じ成分で構成されており、肌の各層に効果的に影響をもたらします。

CEOのMitchell Duffy氏によると、タンパク質には「文章が持つ構造のようなもの」があり、要素を入れ替えることで異なる物でも同じ効果を持つものを生成することが可能とのことです。
同社はこの点に着目し、この文章構造をAIに読み解かせることで、新しいタンパク質を開発・生成しています。
Jurata Thin Film

3位に輝いたのはJurata Thin Filmです。
同社は、2019年にアメリカ・テキサスで設立された、ワクチンと生物製剤の製造、保管、流通、提供を変革することを目指す、バイオテックスタートアップです。
Jurata Thin Filmの薄膜技術は、医薬品のコールドチェーンを不要にし、室温で最大3年間生物製剤を安定化させることが可能です。
耐熱性もあり、-80℃から60℃までAPI(医薬品有効成分)を保護できます。

現在の医薬品の充填・仕上げ工程は、極低温で非常に大きなエネルギー消費を必要とし、1サイクルあたり85時間かかることがあります。
この技術を使用することで、室温で行うことができエネルギーを節約できるだけでなく、完了までに必要な時間をわずか3時間に抑えることが可能となります。
Robeauté

2位に輝いたのは、フランスのRobeautéです。
Robeautéは、2017年に設立され、外科手術の難易度が高い脳の治療に活用される小さなマイクロロボットを開発しています。

このマイクロロボットの利用により、脳という複雑な器官から正確なデータを収集し、直接治療を施すことが可能です。
このマイクロロボット手術は、精密さが求められ治療が難しい疾患に対する新たな治療方法を生み出すことが期待されています。
Tozero

最優秀賞のGrand Winnerに選ばれたのはドイツのTozeroです。
2022年に設立されたミュンヘンのスタートアップで、リチウムイオンバッテリーのリサイクルソリューションを提供しています。
Tozeroは、リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイトなどのレアアースを回収する湿式冶金技術を保有しており、今年の4月にはリチウムとグラファイトにおいて欧州委員会のリサイクル目標を上回る80%以上の回収率を達成しました。
2023年7月にミュンヘンにパイロット・プラントを設立しており、既に欧州に再生リチウムを供給しています。
同社によると、従来のリチウム採掘・加工技術と比較して、CO2排出量を最大70%削減することができるとのことです。

世界のリチウム供給不足は早ければ2026年に顕在化し、2030年には炭酸リチウム換算(LCE)で300万トンに拡大すると試算されています。リチウムの採掘・加工活動が中国、チリ、オーストラリアなどに集中しており、特にヨーロッパのリチウムはリチウムの97%は中国産であるため、経済安全保障の観点からもヨーロッパ諸国、企業に熱烈に受け入れられているとのことです。
Global Challenge カテゴリ別優勝者
最後にGlobal Challangeのカテゴリ別受賞スタートアップのご紹介をします。

Carbon Atlantis(Environment & Biodiversity部門)

Environment & Biodiversity(環境&生物多様性)部門では、ドイツを拠点とするCarbon Atlantisが優勝しました。
特許を取得しているカーボンキャプチャー技術は、液体吸着剤をシステム内で循環させ、CO2を効率的に回収します。
回収されたCO2は貯蔵され、カーボンニュートラル製品やカーボンネガティブ製品などに利用されます。

ION-X(Aerospace部門)

航空宇宙部門ではフランスのION-Xが優勝しました。
イオン液体エレクトロスプレー・スラスターによる、新しいタイプの小型衛星推進装置を開発しています。この推進装置は、他の同クラスのスラスターと比較して30%低い燃料消費量で同レベル推力とISPを提供することが可能で、10cm x 10cm x10cmの1Uモジュールのため拡張性にも富んでいます。

FononTech(Advanced Computing & Electronics部門)

先端コンピューティング・電子機器(Advanced Computing & Electronics)部門ではオランダのFononTechが優勝しました。
同社は電子デバイス用の小型電子回路を印刷する技術であるインパルス印刷を提供しており、材料片を「焼成」することで、複雑な形状の基板上にきめの細かいパターンを転写することができるほか、マイクロエレクトロニクスの製造の環境負荷軽減に貢献する技術を開発しています。
TopoLogic(Industrial biotech & New Materials部門)

産業バイオテクノロジーと新素材(Industrial biotech & New Materials)部門では、TopoLogicが優勝しました。
東京大学発のスタートアップで、「トポロジカル物質」と呼ばれる特異的な物性を示す量子科学に基づく新規材料を社会実装することを目的として設立されています。
同社によると、トポロジカル物質とはトポロジー(位相幾何学)の観点から構造や物性・現象が説明される従来とは異なる性質を示す物質のことで、この特性には、熱や電磁波、化学物質や音などの多様な物理的現象を捉える「センサ」や、物理的現象を記憶し制御する「デバイス」としての無限の可能性が存在するとのことです。
当日のピッチの様子はこちらからご覧いただけますので、ご興味がある方はぜひご覧ください。
InSpek(Industry & Machines部門)

産業&機械(Industry & Machines部門)部門では、フランスのInspekが優勝しました。

同社は、光センシング(ラマン分光法)を利用した化学反応をリアルタイムに監視ができるセンサーを開発しており、生物・化学プロセスにおける時間とコストの削減を実現します。
Perfat Technologies(Food & Agriculture部門)

食品・農業(Food & Agriculture)部門では、フィンランドのPerfat Technologiesが優勝しました。
同社は、良質な植物油をベースとした不健康な飽和脂肪に代わる「健康的な」固形脂肪を開発しています。
これまでなたね油などの健康的な油は液状のものしかありませんでしたが、オレオゲル技術でバターのような固形物に作り変えることで、食品加工への応用を可能にします。

Photio(Sustainable Construction & Infrastructure部門)

最後に、持続可能な建設&インフラ(Sustainable Construction & Infrastructure)部門ではチリのPhotioが優勝しました。
Photioのペイント材は、光と反応して独自の除染プロセスを促進し、1平方メートルあたり成木2本分の温室効果ガスやNOx、CO、VOCなどの大気汚染物質を除去することが可能です。
チリ、アメリカの大学で効果が認証されています。

最後に
いかがでしたでしょうか。
Hello Tomorrow Global Summit は、最先端のDeepTechイノベーションが世界中から集結するイベントとして、そしてスタートアップ、投資家、有識者とのネットワーキングが活発に行われる場として、機能していることがお分かりいただけたかと思います。
BCGの記事によると、DeepTechが、企業、VC、政府系ファンド、プライベート・エクイティ・ファンドの主流投資先となりつつあると述べられています。VCの資金調達に占めるDeepTechの割合は、10年前の約10%から20%へと安定的に増加しているとのことです。
DeepTechは、冒頭でも述べましたが、次の産業革命を引き起こすことを期待されるテクノロジーです。
気候変動、食糧不足、疾病など難易度が高い領域を相手にしているため、他のスタートアップにあるような速い成長スピードは一般的にはありません。その上、DeepTechスタートアップの80%以上が、物理的な製品を開発しているため商業化やスケーラビリティだけでなく、エンジニアリングやユニットエコノミクスに関するリスクも付きまといます。
しかし、DeepTechがここまで注目されるのは、世の中に解き放たれたときのインパクトが非常に大きいからでしょう。
DeepTechスタートアップが社会実装を進めることによって、私たちの日常生活にも大きな変化がもたらされることは間違いありません。
本noteが皆さまの学びやインプットに資するものとなれば幸いです。