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グローバル企業の人事評価, 昇進, そして社内政治

前々回と前回の記事で、「セックス」というワードを計 42回使った自分に気づきました。これ、羞恥心に耐える訓練か何かですか?
まあおかげさまで心が浄化され、しばらくの間「セックス」と言わなくてもメンタルヘルシーに生きていけそうな気がします。

さて、グローバル企業の人事というテーマで、過去 2回にわたって綴ってきました。

採用・育成編

異動・処遇編

今回は、評価、昇進、そして社内政治について書きます。
海外で働きたい人、すでに働いている人、日本の会社の人事評価や昇進の考え方に違和感をもっている人に読んでいただきたい内容です。
いや、むしろ違和感をもっていない人にこそ知ってほしい話かもしれません。

グローバル企業では評価で「えこひいき」ができない

評価するほうも人間である以上、自分のお気に入りの部下をえこひいきしたくなるのはごく自然なことで、そこに国境はありません。

私たちは子供の頃からそういう大人たちに晒されていますよね。
学校の先生がその典型ですし、親ですら長女より末っ子を可愛がるみたいなことをしがちです。

日本企業では、そういった不公平な人事評価が平然とまかり通っているような気配ですが、普通のグローバル企業ではほとんど許されません。

まず、内部通報制度がまともに機能していることが挙げられます。
当社には、Speak up とか Voice と呼ばれる内部通報プロセスがあります。
それ専用のメールアドレスがあり、問題や不平不満をこっそりチクる機会をすべての社員に与えています。

私は、そういった内部告発メールを調査するというイヤ~な仕事をしていたこともあるんですよ。
本来の内部通報の目的である法令違反や不正行為を告発するようなメールはごく稀で(多かったらヤバいわな)、30%がハラスメントに関するもの、60%が「上司から不公平な評価を受けた」というものです。

社員にとってパフォーマンス評価はある意味死活問題ですから、上司の好き嫌いやなんかで低く評価されて、黙って耐えるようなマゾはいないんです。

上司のほうも、内部通報なんかで訴えられたらたまりません(こっちも死活問題だ)から、部下の評価にはメチャメチャ慎重になります。

また、内部通報されなくても、部内で悪い評判が立ったり、上司や同僚から非難されたりするリスクも大きいのですよ。

かつて私の部下にクロアチア人の女性がいて、当時お気に入りの部下でした。それは彼女が美人だからとかそういうことではないですよ。
優秀な人材で、実際に仕事ができたし、仕事に対するスタンスやアプローチやロジックが自分と近いからすごく仕事がやりやすかった。
でまあ、気が合うもんだから、よく飲みに行ったりもしていた。

私は当然のこととして、彼女に他の部下よりも(少し)高い評価をつけました。
そしたら、評価会議の場で、上司と同僚たちから集中攻撃を浴びました。
おまえはマヤ(Maja: 彼女の名前)をえこひいきしている、マヤの評価が他の部下たちより高い理由を説明してみろ、と。
だ~か~ら~何度も説明してるじゃん、とウンザリしながら、具体的な事例を挙げながら彼らを説得するわけですよ。

あんまり追及がしつこいもんだから、もうこう思わざるを得なかった。
マヤが美人だからえこひいきだとか思うんでしょ?
私がマヤとそういう関係だとか疑ってるんでしょ?

もうね、マヤに言いたかったですよ。
もっとブサイクになってくれ、って。

そして叫びたかった。

マヤ・・・北島マヤ・・・あの子は天才よ! おそろしい子!

あたしゃ月影先生かっ! それとも亜弓さんかっ!

おわかりいただけたでしょうか。
えこひいきなんて絶対にできない環境だということが。

念のため言っておきますが、マヤに対する高評価はえこひいきではなく妥当なものでしたし、彼女とのそういう関係もいっさいありませんからね!

グローバル企業の社員が絶対にやってはいけないこと

どんなカルチャーにも、絶対にやったり言ったりしてはいけないこと、いわゆるタブーというやつがあります。それは日本企業にもあると思うのですが、以下にグローバル企業ならではのタブーを紹介します。

嘘をつくこと

え、当たり前じゃん、と思われたでしょうか。
たしかに、嘘はよくないですよね。日本では、それは泥棒の始まりだし。
でも、嘘をつくことの罪の重さがグローバル企業ではケタ違いなのです。

こんなことがありました。
カトリーヌというフランス人の VP(日本の会社で言うと部長クラス)が、ローランドという SVP(上級副社長: 最高幹部です)にプレゼンしたときのこと。
カトリーヌがプレゼンを終えて・・・

カトリーヌ「何かご質問は?」
ローランド「この内容はどこまで協議済なのか?」
カトリーヌ「関係する VPクラスとは協議済です」
ローランド「ポール(リーガルの VP)とも協議したのか?」
カトリーヌ「・・・はい。それはもちろん、ポールも了解しています」

ローランドは、静かに携帯電話を手に取り・・・
ローランド「ポール、ひとつ訊きたい。カトリーヌから○○の件について聞いているか?」

カトリーヌの顔が青ざめるのがわかりました。

ローランド「ポールは何も聞いていないと言ってるが」
カトリーヌ「あの、その・・・リーガルには後で説明すればいいかと・・」
ローランド「出て行け」

数日後、カトリーヌは解雇されました。

「嘘も方便」などと日本では言うことがありますよね。
グローバル企業では、方便ですらレッドカード(一発で退場)です。

なぜでしょうかね。私もこのときは、あまりのシビアさに驚きました。
おそらく、お互いに共通のベースを持ちにくいグローバルな環境では、信用とか誠実さが殊更に重視されていて、どんな些細なことであれ嘘をつく人間は共に仕事をするに値しない、という肌感覚があるんじゃないかな。

政治や人種、宗教などのセンシティブな話題に触れる

まあ、人種や宗教が一発レッドカードなのは、私でもわかりますよ。
でも、政治の話くらいなら普通にしますよね。
ヨーロッパの会社員は政治の話題が大好きですから。
政治の話題についてこれない人は、そのうち相手にされなくなります。

では、何がアウトなのか。
ある特定の国の政治問題に触れると火を噴く、ということです。
アジアの某国と言っておきましょう。ここでは、それ以上は触れないでおきます。
いつか気力が高まったときに、1本の記事として書かせてください。

日本とヨーロッパでは「昇進」の考え方が180度異なる

組織設計と人材配置の話になります。
ヨーロッパを本拠地とするグローバル企業である当社は、まず組織図ありきで、組織図上の各ポジション(箱)に適格な(qualified)人材を配置しようとします。適格者が社内にいればアサインしますし、いなければ躊躇なく外から採用します。

日本の会社はどうでしょうか。
もちろん組織図はあるでしょうし、できるだけ適材適所な人材の配置を心掛けると思います。
しかし、組織のデザインよりも、今ここにいるメンバーを重視する傾向があるんじゃないですか?
なんなら、人に基づいて組織を設計する、なんてことしてません?
ヨーロッパとは逆の発想ですね。

例えば、リーダー型の Aさんと、調整型の Bさんがいて、二人は同期で同じくらいの職級だとします。そこで、Aさんを部長にして、Bさんを副部長という(本来の組織図に存在しない)役職に就ける、みたいなことを平気でやりますよね。しかも、Aさんにレポートする部下と、Bさんにレポートする部下が混在していたりして。
組織図いらんやん!と言いたくなります。

このような違いは、昇進の考え方の違いにモロにつながります。

日本の場合は、人に職級がついていて、1つずつ階段を昇っていく感じ。

一般3 ⇒ 一般2 ⇒ 一般1 ⇒ 管理4 ⇒ 管理3 ⇒ 管理2 ⇒ 管理1

職級は、組織図上のポジション(役職)とは違います。
役職における「昇進」がなくても、職級は、社内試験に受かったり貢献が認められたりすることで、「昇格」することがあります。
例えば、管理4の人が管理3に昇格したとしましょう。それでも、彼の役職は経理課長のままかもしれません。(給与は職級に基づくので上がるでしょうが)
彼がさらに昇格して、管理2になったとします。
このときに、彼は経理部長に抜擢されるかもしれません。
管理2になったからその職級に見合った役職に就けよう、という発想なんですね。

当社にも、(日本ほど細かくはありませんが)職級に近いものはあります。

Associate ⇒ Manager ⇒ Director ⇒ VP (Vice President)

これらは、人ではなく、組織図上のポジションにくっついているのです。
例えば、重要拠点の GM(ジェネラルマネジャー)は VPで、CFO は Directorみたいに。
Aさんは、Director だから香港の CFO に就いたのではなく、香港の CFO というポジションに就いているから Director なのです。
この違い、わかりますか?

この違いが理解できると、グローバル企業で昇進するためにはどうすればいいかがわかると思います。

1) 組織図を見て、自分がなりたい(かつ、なれそうな)ポジションを定める
2) そのポジションの要件(ポジション・ディスクリプション)を理解する
3) 足りないスキルや経験があれば、現職を通じて獲得する
4) 要件がそろったら、空きが出るタイミングを狙ってアプライする

Manager がただ漠然と Director になりたいと思って、現職でいくら貢献を重ねて高い評価を受けても、Director にはなれないんですよ。
評価と昇進は別なのです。

日本企業よりもはるかに恐ろしい社内政治

前節で紹介したように、当社には社員の階級が 4段階しかありません。
まず、これらの呼称が、日本の会社で言うとどの役職に相当するのかを解説します。

本来、Director は部長です。
その上である VP は、直訳すれば「副社長」ですからね。
しかし、当社のような巨大企業になると、VP だけで 100人近くいます。
副社長が100人いる会社ってヤバいですよね。

要するに、肩書がインフレしているんですよ。
なので当社の場合、VP は部長クラス、Director は次課長クラス、と考えたほうがいいでしょう。

Director と VP はどちらもマネジメント職ですが、Director に比べ、VP のポジション争いは熾烈を極めます。
なぜ、そんなに VP になりたいのでしょうか?
給料? フリンジ? 決裁権限? ステイタス?

最大の理由は、VP は人事権を掌握できるからです。
Director に人事権はありません。気に入った Manager を部下として登用あるいは採用したいと思っても、VP の承認なしにはできません。
VP は、部内の人材の登用、任用、採用、放出、解雇などをほぼ自分の一存で決められます。いくらでも自分の王国を築くことができるわけです。

日本の会社でも、課長と部長の最大の違いはそこにあるんじゃないかな。

私のように自分の王国なぞに興味のない人間からすれば、そういう人の心理は全く理解できないですけどね。
でも、想像してみてください。猿山の大将気質とでもいうんでしょうか、そういうのが大好きな人ってどういう人たちだと思いますか?

マキァヴェリよろしく権謀術数を駆使して、目的を果たすためには手段を選ばないダークサイドの住人たちばかりですよ。
まあそれは言い過ぎとしても、VP を目指す人が社内政治に巻き込まれるのは必定と言っていいでしょうね。派閥に入り、権力者の威を利用し、汚い手を使ってでもライバルを蹴落とす。日本企業でも見られる光景ですかね。

でも、グローバル企業における社内政治の凄まじさは、日本企業の比ではありません。
思うに、日本人はズルさが足りないのか、ただ単に心が弱いのか、権謀術数があまり得意ではない気がします。
グローバル企業で上に行く日本人が稀である理由のひとつだと思いますね。

それでも偉くなりたい人に

グローバル企業の情け容赦ない社内政治に身を投じることによって得られるものと失うものを引き算すれば、選ぶべき道は自ずと決まってくるはずなのですが。
それでも上を目指したいという奇特な人に何かアドバイスするとしたら・・

虎の威を最大限に利用しよう

わかりますよね。
自分が上に行くために、すでに上にいる人間の力を借りることはマスト中のマストです。格好つけている場合ではありません。
まずは、正しい虎を見極める必要がありますね。
主流派であること、とくに将来 CEO になる可能性のある人間が理想的です。
さらに、社内政治に強い、つまり、人たらし力とカリスマ性があること。

虎を定めたら、徹底して子飼いの手下になることです。
もちろん社内で後ろ指を差されますし、友達など多くのものを失うかもしれませんが、もう一度言います。プライドは捨てましょう。

自分の最強の武器を知ろう

あなたの最強の武器、それは日本語のネイティブスピーカーであることです。
グローバル企業の強みは多様性にあります。経営陣がアメリカ人とイギリス人ばかりなんてのは、真のグローバル企業ではありません。
あなたは、多様性に富んだ経営陣の中の日本人代表を目指すべきでしょう。
英米エリートとまともに戦ってはいけません。まず勝てませんから。
英米エリートと戦う必要のない、日本人のあなたは有利なのです。

降りかかる火の粉は全力で払わねばならぬ

あなたが頭角を現し出すと、あなたを蹴落としにかかる輩あるいは勢力が必ず現れます。これを放置していると、気づいたときにはまんまと連中の策にハマって取り返しがつかなくなります。
敵からの攻撃を受けたときこそ、あなたの不屈の力(虎の力も使いつつ)を見せつけるときです。最初の一撃を受けたときに全力で追い払うこと。
こういう輩は、強いとわかった相手には二度と手を出してきませんから。

以上、健闘を祈ります。
そして、私の虎になってください。