思い出すことなど(52)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1995年頃の話です...

なんとかリーディング作業は終了した。作った資料を受け取りに、またYさんが昼休みに来てくれることになった。たぶん、こうやって直接会って、原稿を受け渡すなんてことをしていたのは、この頃が最後だと思う。一年後にはニフティかインターネットでやりとりするのが一般的になっていたはずだ。すごい勢いで変わっていく。図書館にこもって調べるってことも、一、二年後にはしなくなっていた。ちょうど時代の変わり目だったのだ。

Yさんは現れるなり、こう言った。

「夏目さん、コウモリお好きですか」

「いや、コウモリはあまり...そうですね...好きとは言えないかな」

「次はコウモリのドキュメンタリーという話が出ていて...」

そう言ってコウモリの写真集をカバンから取り出して私に見せ始めた。

「決まったらまた何かお願いするかも」

「はあ、わかりました...」

うう、面白そうではあるけれど、コウモリはちょっと厳しいなあ...気色悪い...

「はい、これが資料です。オランウータン、色々と面白いですね」

私はYさんに作った資料を手渡した。するとこんな言葉が返ってきた。

「ありがとうございます。助かります。もうすぐにボルネオ島に行かなくちゃいけないんで。ところで、ついでと言ってはなんですが、私たちが取材してくる映像の音声なんですけど、翻訳お願いしていいですか」

え、なんだって...ちょっと驚いた。それって、字幕とか吹き替えとかそういうのをやるってこと? 学校にそのためのコースがあって何年も勉強したりする人がたくさんいるのに、こんなふうにいきなり経験もないのに頼まれたりするんだ。まったく思いがけない依頼だが、断る理由はない。

「あ、はい、わかりました。是非!」

「よかった。じゃあ、お願いしますね」

うわ、いやにあっさり決まった。こういうこともあるのか...

「でも、大変ですね。これからボルネオ島に行くだなんて...準備とか色々あるんですよねえ」

「そうなんですよ。結構ばたばたしてます。あ、そうそう、良かったら夏目さんも行きます?」

「え?!」

―つづく―



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?