思い出すことなど(29)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1993年頃の話です...

残念だが、何にでも限界というのはある。いくら、楽しく、やりがいと喜びを感じられる仕事をしていても、休みもなしに早朝から真夜中まで何日も何日も続けていれば、疲れる。しかも、もう一人分の仕事、すごく苦手な仕事を抱えていればもっと疲れる。一方の仕事をどんどん進めたいのに、もう一方の仕事にやむを得ず時間を使い、それで動きが停滞する。大変なストレスだ。そして、一部の人たちが、私の仕事の半分をまるで悪いことをしているかのように言ってくる。客先では高く評価されているにもかかわらず、勝手なことをして本来の仕事をおろそかにしている、くらいの言いぶりだ。掛け持ちの大変さを少しでも訴えようものなら、「もっと合理的な体制に変えてほしい、せめて仕事を1.5人分くらいにしてほしい」と言いかけようものなら、「何を生意気言っているんだ、お前が勝手にやってるんだ知るか」くらいのことを言い返されてしまう。

翻訳関連の仕事自体はもちろん、ずっと楽しかったが、体力的にさすがにきつくなってきたし、どうにも納得のいかない異常な状態をいつまでも放置されていることに、いらだちを感じるようになってきた。でも、どうすることもできない。相談できる人もいない。このチャンスを逃したらあとはない気もしていたから負けたくはなかった。ただひたすら前に進むしか道はなかった。でも、やがて疲労で体はだるくなり、頭がぼんやりしてきた。そして、二つの仕事をどう考えても両立できない時がやってきた。

営業部の仕事で、翻訳原稿の見積もりをしなくてはいけなかった。当時は、紙の原稿を渡されて、どのくらい文章量があるかを、カウンター(あの交通調査で使うようなやつだ)で単語を一つずつ数えて、仕上がりの翻訳枚数(400字を一枚とする)を見積もっていた。その作業にはどうしても、一定の時間がかかり、短縮には限度がある。そして、同時に進めなくてはいけない翻訳作業もあった。期限を考えると、両方は何をどうしてもできない。ぼけた頭で考えた。翻訳の方は自分の人生がかかっているから絶対に時間を減らせない。ならばどうするか。どうにか見積もりを速くやるのだ。そこで思いついたのが、小学生みたいな方法。一行だけ横に単語数を数え、次に全部で何行あるかを縦に数えて単純に掛け算をした。それなら一瞬で終わった。ひどいけど、その時はぼけているから「おお天才、なんで最初からこうしなかったのだろう・・・」と思った。その場はそれで切り抜けた。

だが、この行動が後日、(当たり前みたいだけど)大変な事件を引き起こすのだった・・・

―つづく―

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横浜で翻訳業を営んでおります。最新訳書『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』『脳はいいかげんにできている』『ヨーロッパ炎上』など。saku saku大好き。トミタびと村民。ベイスターズファン。
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