見出し画像

『怨めしい』 怪奇短編

眼が覚めると、夕暮れ

カーテンの隙間から西陽が差している

寝たのも夕暮れだったので、最低でも24時間

最長のケースは、考えたくも無い

締め切りに追われていた小説を

不眠不休で書き上げ、転送

そのまま気を失ってしまった

遠い過去のような、おそらく24時間前の記憶

珍しく、寝起きに身体が軽い

とりあえず、洗面所に向かった

洗面所といえば、蛇口の付いた洗面台に、鏡

鏡を見て、おったまげた

日ごろ、私がおったまげることは、殆ど無い

にも関わらず、酷く、おったまげた

私が平行に見ている鏡に、私の顔が映っていないのだ

おったまげながら、色々な角度で試してみたが

どの角度から鏡を見ても、鏡に顔は映らない

「ふむ、これはおったまげたぞ」

意外に冷静に、私はおったまげてみた

そして、鏡問題はとりあえず置き

ポリポリと頭を掻きながら寝室に戻った

そこで私は、再度おったまげる事になる

ベッドの上に、私が寝ているのである

リアルタイムで初めて見る、私自身の姿に

おったまげる私

しかし、いつまでもおったまげてはいられない

ふむ、

ふむふむ、

これは、幽体離脱というものだろう

私はそう判断した

とりあえず、ベッドに寝そべっている自分自身に

身体を重ねてみた

しかし、実体入魂は失敗

本体を見つめる、離脱中の私

死んでしまったのかもしれない

もし死んでいたら、昨日(多分)転送した小説の

良い宣伝になるかもしれない
           ★

とりあえず、死んだかどうかは別にして

私は今、幽霊的な存在になっているわけで

死んでいたとしても

単に期間限定の幽体離脱で有ったとしても

この機会に出来る事は

出来るだけトライしておいた方が良い

という作家根性の芽生え

と、なると、今の私がするべきことは、アレだ!

怨めしい人物の枕元に立っての

「うらめしやぁ」だ

という事で

これまで怨み辛みの溜まっていた知人への

「うらめしやぁ」を遂行する事に決め

早速、その人選を執り行った

・・・しかし、いない

初めての「うらめしやぁ」に値する程

私が怨めしいと思っている人間が

思い当たらないのだ

もちろん、少し煙たく思っている人間は何人かいる

しかし、怨めしい程ではない

過去に私を裏切り、酷く傷つけられた女も何人かいる

しかし、今はもう、怨めしい程ではない
           ★

なので、私は「うらめしやぁ」を諦め

とにかく幽体のまま、部屋の外に出てみる事にした

ナイスギャルの怨めしいパンチラくらいは

拝めるかもしれない

と、勢い勇んで玄関に向かったところで、意識剥奪

気が付くと、私は私の実体と一体の目覚め

少し損をしたような気分

喉が酷く渇いていた

私は洗面所に向かい、鏡に映る自分の顔を確認

蛇口から水を出し、両手で掬って飲んだ

・・・沁みた

まさに生き返った気分の私は

冷蔵庫からビールを取り出し

それをガブリとやった

・・・美味い

この世に怨めしい事なんて、何も無かった

水が美味い、酒が美味い

生きているって素晴らしい

            了

この記事が参加している募集

今アナタは大変なモノを盗もうとしています。私の、心です。