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ハロー・ワールド: 藤井太洋:素敵な錯覚

「ハロー・ワールド」(53/2021年)

IT、プログラミング、最新のサイエンスに関して全く知見がないのにもかかわらず、あたかも自分が技術を駆使してトラブルをあっという間にクリアしているような気分になれます。アクション系だと、自分が当事者として身体的能力を遺憾なく発揮して、格闘したり、逃走したりしている気分にはなれません。あくまでも傍観者としての寄り添いになると思うます。しかし、このIT系のアクションだと、自分がキーボードを打っているような気持になります。

そんなの肉体的アクションと同じだよ、という方も多いと思います。でもですよ、本作品の場合、ちょっと違うんです。素人にもギリギリ分かる範囲で説明してくれているんです。解説に書いてありましたが、説明が詳しすぎると読者は拒絶してしまいます。説明なく天才だから何でも出来る的な描き方だと、それは「魔法」となってしまいます。でも本作品には適度な説明があるのです。

ギリギリなラインです。もちろん無学な自分は全て理解出来たわけではありません。でも、ちょっとでも理解できる部分が出てくると、一気に自分の中に描写されている事象が入り込んでくるんです。その理解だって、ただの錯覚かもしれません。でも良いんです。だって小説なんだから、読書なんだから。素敵な錯覚をしたくて読んでるんです。

一人のエンジニアが色々なものに立ち向かっていく連作短編集。根底にあるのは正義。サイバーな世界の中でも譲れないものはある。それを現実と折り合いながらも守ろうとする主人公、文椎はダメおじさん風なのに超カッコ良いです。これも錯覚かな(笑)。「ハロー・ワールド」「行き先は特異点」「五色革命」「巨象の肩に乗って」「めぐみの雨が降る」。アプリのセキュリティ問題や仮想通貨の現実など、リアルです。

そして最後のオマケ「ロストバゲージ」、この連作の後に読むと、ふと現実世界に引き戻された感じがして心地良いです。これも素敵な錯覚ですね。



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