紺野りさ『片恋ドロップス』について

 この文章は、COMITIA131で配布したフリーペーパー「平成少女マンガ夜話+」の一部です。少女マンガ夜話本編はこちら。


(以下、『片恋ドロップス』の紹介)
 この単行本は表題作(全3話の連作)+短編2編を収録している。

 表題作は、男1女2の幼馴染の三角関係という古典的な構図を取っている。ただ特徴的なのは、主人公・結衣のライバルである早苗が、かなり早期に男(大志)のことが好きだと結衣に明かす点である。具体的には、早苗は「結衣とは あたし フェアでいたいからちゃんと言う」(p. 26)として自分が大志狙いであることを明かし、結衣は大志が好きなのかと回答を迫る。

 少女マンガでは、基本的に「思っていることをはっきり言える」のは美徳のひとつである。しかしながら、この場合の早苗のようにはっきり言ったからといって、必ずしも「フェア」な状況を作れるわけではない。

 早苗は、結衣と男をめぐって争ってもよい、自分はそれに耐えられると信じていたから、勝負に持ち込むことに躊躇はなかった。しかし、相手の結衣もそこまで自信があるかといえば、そんなことはない。実際、回答を迫られた結衣は、「(大志のことは)別に好きじゃないよ」と取り繕った答えを返してしまう。それは、早苗と敵対し「自分が傷つくのがこわかった」から、つまり、仲の良い幼馴染という関係を人質に取られたうえで自由にモノが言えるほど、彼女は強くなかったからだ。

 早苗がそのつもりであろうとなかろうと、「自分の思いを正直に結衣に明かすこと」は彼女への牽制として機能した。結局、どんなに正直な告白も一種の権力行使となることを免れない。言いにくいことを先んじて明かすのは、相手に対して「気遣うか、気遣わないか」の選択を迫ることだからだ。
 だから少女マンガにおいて「率直さ」というのは、人間関係で常に生じる「気遣いの重力」を振り切る一瞬しか肯定され得ない。「片恋ドロップス」もまた、その貴重な瞬間を追求する物語の一つなのである。


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