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主人にはいえない初めての秘密

じつは、今回主人にはいえない秘密ができた。

結婚して二十数年。もうすぐ三十年。

秘密ができたのは、初めてかもしれない。

1年365日、1日24時間のあいだ、ずっととは言わないが、かなり長い時間一緒にいる主人には、洗いざらい隠し事をしないで言う方だ。


ま、別に隠すことなんてないしね。

いや、本音を言うとこじれそうな精神面のことは、言わないか、言うとしたら直では言わない。少しねじ曲げていう。
日常のアレコレで、隠すことなんてめったにない!


そ・・・それが!
今回だけは、言わないでおこうと決めた。


本音はぜんぶ言って、気持ちを楽にしたい!


だけど、今回のことは言わない方がいい気がする。


どうやら娘が、主人のことを良くは思っていないらしいことを、ラインのやりとりで知った。


私にとっては衝撃だった!

それに・・・ここまで手を掛けて可愛がられた立場の娘が、そんなこと言う?というと、ちょっと傲慢な感じのするイヤなタイプの親かもしれないけど、怒りに似た感情がはしった。


ちょっとぉ!聞いてよぉっ!と、すぐにでも主人に言ってしまいそうだった。

だけど・・・待てよ。

そんなこと言うたら、娘は明日にでも勘当の身かもしれない。


やめた・・・。


私は、言わないことに決めた。


今となっては早まらなくてよかった・・・。

よくよく考えると、娘が父親をイヤになる時期って一般的にはあるって言うしね。

だけど、こんな日がくるとは思わなかった。

今までそんなこと、みじんも口にしなかったし。
すこし、ショックだった。
いや、会話がないことが、それをモノがったっていたのかもしれない。

それは主人だけではない。私への反抗も含まれていたのかもしれない。


よくよく聞くと、なんていうか、田舎のオッサン的なところ、あとは主人が娘に言って聞かせるサマが、娘にとって疎ましいのかなと私は察した。

自分が中学校、高校、大学とすすむにつれて、世界観が変わったのかもしれないとも言っていたのが、少し救いだった。


主人は店員さんに向かって、昔から知っている人に喋りかけるように接することがある。先日も、主人が娘と一緒に足を運んだ、不動産屋の店員さんへの接し方をみて少し引いたようだ。

私はいつも身近でいるから想像できるけど、別に常識を外れているものではない。少しフランクすぎるところもあるけれど、私の中では常識範囲内だ。

先日も、どこへ姿を消したのかと思いきや、スーパーの店員さんと喋っていた。


あと、娘に言って聞かせることは今までそうなかったので、主人が「怒ってはない」と言い張るけど、頭から押さえつけるような言いぐさをすることを、初めて知ったのだろうと思う。


だけども、それじゃあ、あまりにも主人が可哀そうで、気の毒だ。


私は考えに考えて、ラインで送り返した。

母ちゃんも父ちゃんの言い方には、げんなりすることもあるのよ。
だけど、あれでもだいぶマシになったのよ。

でもね、毎月の仕送りだって、多めに送ってくれてたのは、父ちゃんがあなたが下宿先で何か困ってたらアカンと思って、母ちゃんに内緒で多めに送っててんで。

それに、仕事場のアルバイトさんには、「娘さんのこと喋るときは、ほんと嬉しそう」って言われてるんやで。

送り迎えだって、母ちゃんが運転できないから、全部やってくれてたやん。

店内で大きな声で名前を呼ばれたのは、小さな頃のことやん。
そんなこともあったなぁって、許してあげてくれへん?

あと・・・今すぐじゃなくていいから、ちょっとずつでいいから、父ちゃんのこと、好きになったってくれへん?

ちょっとずつでいいから。

父ちゃんにも言ってるねん。
優しいおじいちゃんになろうよ!って!
70歳まであと10年あるやん!(実際は10年足らずだけど)
10年あったら変われるよ!って、母ちゃんも言うてるんよ。

母ちゃんも、もっと朗らかな雰囲気をもった人になろうと思っているんよ。
母ちゃんも、変わろうと思ってるんよ。

それに、母ちゃんは、父ちゃんのこと、嫌いじゃないで。
あの飾り気ないところが、スキになったんやで。
自分を飾らなくても、自然体でいることができるし、会話は盛り上がったら面白いしね!

加えて、私たちの馴れ初めを少し加えた。

運命の出会いであること。
父ちゃんと母ちゃんが出会えなかったら、あなたたちは・・・。と。
(親と疎遠の私のどの口が?!だけど)


娘からは、わかった!を示す、ラインのスタンプが返ってきた。


私はこの場合、100%娘の肩をもって主人の悪口を言いまくるのも違うと思ったし、かといって、娘の言っていることを全否定するのも違うと思った。

「父親のことを何てこというの!」と、頭から押さえつけるのも何かちがう。


あくまで、私見だけど。


家族がヒトツにまとまるかまとまらないか、女の人の手腕ひとつなところがあるのではないかというのが、私の思うところ。

今回は長くなるので敢えて省略するが、そう思うのには理由がある。

もちろん、家庭にもよるし、父親となる人の性格にもよるのだろうけど。


子供が大きくなるまで、家庭のなかがある程度バラバラでも、物理的な距離感は近い。親が離婚しないかぎり。

一応、外から見た感じは、まとまっている家庭に見える。

だけど、これが、子供が大きくなり、家を出るとなると、それ以降のことは分からない。

特別な理由がない限り、盆なり、彼岸なり、正月なり、一年に何度か家族皆で顔を合わせる機会があるとよいけれど、誰かヒトリ欠けると、それはもう一家離散状態に見える。


あくまで、私からみると・・・だけど。


別にそれぞれが幸せでいれば、それはそれでよいのだろうけど、せっかくこの世で家族として出会えることが出来たのに・・・。


かといって、私達家族もどうなるか分からない。


それが、試されているのかなと時々思う。



今日は娘の大学の卒業式。

主人が「卒業おめでとう」とラインを送ると、娘から、袴姿の写真に「ありがとうございます。おかげさまで卒業できました」のひと言が添えられて、ラインが返ってきたという。

「オレがちゃんと言い聞かせたからや」と言って、主人は喜んでいる。


ちゃうで。

私が、父ちゃんにライン送るんでも、ちょっとひと言つけたら、受け取る方も気持ちいいし、何より、父ちゃん単純やから「うほほーい!😍」言うて、何でも喜んでしてくれるかもよ♬

と、私が言うたからやで。なんてこと、主人に言えるわけがない。

早速、先日、軽トラに乗せる荷物の写真を、主人に送ってくるところから、娘のラインの送り方は変わった。

数日後には、新居への引っ越しが待っている。
息子も一緒に、軽トラ二台で駆け付けるよていだ。


こんな感じでええんやろか?💦


先日、テレビで、東日本大震災のことをやっていた。

自分の目の前で自分の母親が亡くなっていくのを、ただただ見送るしかなかった娘の立場だった人。

幼い息子さんのご遺体が、未だに見つかっていないお父さま。

大震災でたくさんのご家庭が、否応なしに一緒に生きていけなくなっていったことを拝見して、何とも言えない心境になった。

家族としてこの世で出会ったことを、大切にしていきたい思いがつよくなった。

それには、やはり、気配り心配りも必要なのかなと思う。


※言葉の表現が、一部の人にとって不快な思いを与えるものに聞こえている可能性があります。もし、そのような感情になられた方がいらっしゃったら、ごめんなさい。


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