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はじめに『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』【無料公開#1】

8月28日発売の『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』。マクドナルド・メルカリ・SHOWROOMで事業と組織の成長を加速させてきた著者が、カルチャーを言語化し共有化するための手法をご紹介いたします。組織運営に悩む経営者、人事担当者、マネージャー、すべてのはたらく人に向けて、「新しい組織論」を無料公開にて連載いたします。

はじめに

「人を大切にしている」と謳う会社や経営者は無数に存在します。

しかしながら、そうした会社のすべてが順調に業績をあげているわけではありません。さらに言えば「人材が大事」と言いながら、働く社員が不幸になってしまっているケースすら目にすることも多くあります。

・素晴らしい経歴で、頭もキレる超優秀な社員が入ってきた! しかし、いろいろ手を出したものの大きな成果にならず、すぐに退職してしまった。

・新卒社員が夢を抱いてワクワクして入社してきた! しかし、入社数カ月経てば夢を語ることはなくなり、目の前の作業をこなす日々。そのうち退職していた。

・社長が入れ替わり、組織風土改革が始まった! しかし、これまで最も組織に貢献してきた功労者が抵抗。改革もうまくいかず、功労者も退職してゆく。

退職までいかなくても、「こんなはずじゃなかった」「仕事なんてそんなものだ」とぼやく人は、きっとあなたの周りにもいるはず。

「人を大切にする」と謳う会社なのに、どうしてこうした不幸が生まれてしまうのでしょうか。

その原因の一つが「期待値ギャップ」です。

期待値ギャップとはつまり、社員が会社に対して抱いていた期待と、実際の働く環境や条件に差分がある状態のこと。

そのギャップが大きければ大きいほど不満につながるわけです。

社員の期待値と現実の環境にギャップが少ないのが「いい会社」

たとえば、成長著しく、今勢いのあるいわゆる「いい会社」に、ふたりの社員が入社したとします。

Aさんは「自分自身も成長できる環境に身を置いて、バリバリ働きたい」と考えています。

一方、Bさんは「業績好調な会社で、安定して働きたい」と考えていました。

そして、実際の仕事が始まると、AさんとBさんの明暗はすぐに分かれます。

Aさんは即戦力として、次々に重要な業務を任されるようになりました。残業は22時まで及ぶことがあるものの、上司も先輩もハードワークをこなしながらAさんをサポートし、チームとして信頼関係を築くことができました。

一方、Bさんも入社早々、重要な業務を任されました。しかし、Bさんには、それが大きなプレッシャーとなりました。仕事が追いつかないうえに上司も先輩もなかなか帰らないので、ズルズルと連日22時前後まで仕事をする日々。Bさんはすっかりモチベーションを失い、転職活動をはじめました。

ご覧の通り、AさんとBさんの働く環境や条件は一緒です。

では、なぜふたりのエンゲージメント(会社に対する愛着・信頼や絆)は異なってしまったのでしょうか。

これはひとえに、「会社に対する期待」の違いに要因があります。

期待通り「成長できる環境」だと感じたAさんにとって、この会社は「いい会社」です。しかし、「安定して働ける環境」を期待していたBさんにとっては「いい会社ではなかった」ということになります。

ここで「いい会社」の定義がはっきりします。

社員にとって「いい会社」とは極めて主観的な概念であり、普遍的に誰にとっても「いい会社」というわけではないことです。

あくまで個人の主観として、自分の期待する通りの環境であれば、「いい会社」だと捉えられる。

言い換えれば、「社員が期待する環境と、会社が提供する環境のギャップがない(少ない)会社」を「いい会社」だと定義することができます。

組織におけるカルチャーを言語化し社内外に共有する

では、「いい会社」であるためには何が重要なのか。

その答えは「適切な期待値を設定する」ことです。

意思決定や情報共有の方法、権限委譲の度合い、残業の有無、働き方、コミュニケーション……。

こういった業務遂行上のやり取りや環境、社内外で感じられる雰囲気や空気感のすべて、つまり「組織文化」や「企業風土」と呼ばれるものが、社員の期待値とズレないように設定されていることが大切です。

しかし、「組織文化」や「企業風土」は会社の歴史が積み重なりつくりあげられたもので、多くの場合きちんと明文化されてはいません。

組織文化・企業風土というものは、日本でも以前から組織論において語られる概念です。

そして、最近ではグーグルやネットフリックスといったシリコンバレーの企業を中心に「カルチャー」を重要視する組織運営や人材育成が注目されています。

この本では海外事例を踏まえたうえで、日本の組織における組織文化、企業風土を論じていきますので、「カルチャー」と総称して表現することにします。

組織におけるカルチャーは、企業にとっては無形資産となり得るものです。いわゆる「あうんの呼吸」と言われるように、暗黙知として共有され、その都度説明しなくても適切に物事が進んでいくわけです。

けれども言語化されていないだけに、厄介な問題を引き起こします。

「そういうカルチャーだとは知らなかった。入社してみてイメージと違って驚いた」「組織変革によって会社のカルチャーが変わってしまった。もはや自分の好きだった会社ではない」―。

こういった不幸を生み出してしまうのは、期待値ギャップに起因しています。

カルチャーが言語化されていないからこそ、会社側も社員側も、どちらも事前に察知することができず、エンゲージメントの低下や離職につながり、「気づいたときには手遅れ」となってしまうわけです。

この本で私が提言するのは、カルチャーを言語化し、可視化し、それを社内外に浸透させることで、企業と社員の期待値ギャップを減らし、誰もが自分にとって「いい会社」を見つけられる「カルチャーモデル」を推進すべきだということです。

事業と組織は両輪と言われます。事業においては、ビジネスモデルが可視化され、その中で事業戦略が明示され、社内外に説明がされています。

であれば、組織にも「カルチャーモデル」と言うべきものがあり、それが可視化され、社内外に説明がされるべきではないでしょうか。

つまり、「どういうビジネスを顧客に提供するか」と同等に、「どういうカルチャーを社員に提供するか」が重要であり、企業にはその説明責任があるのです。

これまで見えない空気のような存在とされてきたカルチャーが言語化され、社内外に共有化されることで、言行一致した組織を築きあげることができます。

それが企業と社員の間の期待値ギャップをなくし、誰もが自分にとって「いい会社」で働くことにつながります。そして社員が会社に満足し、ロイヤルティ(忠誠心)高く働き続けてくれることが、企業が長期的に成長し続けるために重要な競争力となるのです。

マクドナルド、メルカリ、SHOWROOMに共通するカルチャーの重要性

「いい会社にしたい」

これは、私が社会人になってから一貫して想い続けている言葉です。

2005年、私は新卒で日本マクドナルドに入社しました。日本マクドナルドは当時、赤字からの建て直しの真っ最中。傍目から見れば、経営がうまくいかず、喘ぎ苦しんでいるような会社でした。

では、どうしてそんな会社に入社したのか。
同級生たちの多くは、金融や商社といった、「就職人気企業ランキング」上位に入るような、一般的に「いい会社」と言われるような会社へと入社していきました。

そんな彼らを横目に、「〝いい会社〟に入るより、〝よくない会社〟に入って、その会社を〝いい会社〟にするほうが、やりがいも学びも大きいのではないか」―。

生意気にもそう思い、ランクインするべくもない、日本マクドナルドへの入社を決めたのです(会社の名誉のためつけ加えておきますが、あくまで当時のマクドナルドが「よくない会社」に見えただけで、実際のところは優良企業です)。

それから3年経ち、5年が経った頃になると、同世代の友人たちからは自分の働く「いい会社」に対する不満や愚痴の声を多く聞くようになりました。

飲みの席でのたわいもないネタとして言っていたのでしょうが、明らかに仕事がつまらなそうな姿も目にしました。

「いい会社に入ったはずなのに、どうしてだろう?」そんな疑問を抱きました。

私はと言えば、現状の組織や仕事に対して課題に感じる点があっても、不満になることはありませんでした。

そもそも私が「いい会社にする」ために入社したのですから。

それどころか山積する課題の中、自らそれを解決していける仕事が楽しくてしょうがなかった。そんな環境で、いつしか「いい会社を選んだな」と思うようになっていました。

私が日本マクドナルドに入社したのは、〝プロ経営者〟と言われる原田泳幸氏がトップについた直後でした。

日本マクドナルドは元々、創業者の藤田田氏がつくり上げた会社で、「社員は皆家族」といった極めて日本的な組織としてスタートしています。

たとえば、社員が結婚すると、その妻の誕生日が来るたびに花束が家に届いていました。その上決算ボーナスを「奥様ボーナス」(*1)として、妻名義の口座に振り込んでいたそうです(この制度は、私が入社する以前のものです。当時はまだ社員の多くが男性で、それだけ「内助の功」を重んじていたと言えます)。

こうした日本的な経営手法の会社から、原田氏へとトップが替わり、アメリカ法人が統括するグローバル企業へと転換を図り、2013年にはカナダ出身のサラ・L・カサノバ氏に社長のバトンを渡し、一層グローバル化を加速させました。

私はその間、マーケティング部長や社長室長という立場から、日本的な大企業から外資のグローバル企業へと変革していく姿を11年にわたり目の当たりにしてきました。

そうした中で、日本に根差してつくり上げてきたローカルの現場の組織力の強さと、グローバル企業のブランド力の強さとの双方を、身にしみて感じました。

その後、メルカリというフリマアプリを手がけるITベンチャーへ身を移し、人事や組織開発の責任者を務めました。メルカリは当時、ユニコーン(創業10年以内で時価総額10億ドル以上の未上場企業)として注目を浴びており、私が所属していたわずか2年間で、600人から1800人へと社員数が拡大し急成長するフェーズを経験。安定成長を続ける継続性が重要な外資系の大企業とは、極めて対照的な組織運営のスタイルを学びました。

直近では、オンラインでのライブ配信事業を行うSHOWROOMにて、COO(最高執行責任者)として経営から事業運営、組織運営に携わってきました。まだ100名ほどのスタートアップであるものの、自著がベストセラーとなり、メディアにもよく登場する前田裕二氏という稀有なリーダーが経営する、カリスマ起業家型の会社での経営経験もさせてもらいました。

私の経験してきたキャリアは、業界も職種も、組織規模も会社の国籍も、経営スタイルも、まったく異なるタイプの会社です。いずれもそれぞれ異なる独自の組織的な強みを持ち、それこそが競争優位の源泉となっていました。

そもそも、マクドナルドとメルカリの2社だけを例にとっても、ビジネスモデルからまったくもって違います。マクドナルドはリアルな場で店舗を運営する外食業。

メルカリはオンライン上でユーザー同士が物を売り買いするCtoCプラットフォームを運営するIT企業です。この2社は、いずれも直近の会計年度で過去最高売上を記録していますから、現段階では成功している企業と言っていいでしょう。

では果たして、これらの会社に共通する成功要因は何でしょうか?

それは「人を大切にしている」ところです。

マクドナルドは「我々のビジネスは、ハンバーガービジネスではない。ピープルビジネスだ」と言い続け、店舗で働く社員やクルーのことを何よりも大切にします。

メルカリは、「人材への投資を最優先する」と言い、常に働く人材を最優先して経営していました。

いずれも、ヒト・モノ・カネという経営リソースの中で「ヒト」を中心に据えた経営を標榜しているのです。これが企業としての競争優位となっているのは、経営に近い立場を経験して明らかに実感したことでした。

ただこれはこの2社に限ったことではありません。冒頭に述べたように「人を大切にしている」と謳う会社は数多くあります。

実際、私はグロービス経営大学院で教壇に立つ中、さまざまな企業で働く受講生の実務相談を受けていますが、事業戦略やマーケティングの悩みよりも、人や組織に関する悩みのほうが多いのです。

そうした多くの会社と、人・組織が強みとなっている会社では、何が違うのでしょうか。

日本マクドナルド、メルカリ、SHOWROOMでは、「最高の組織文化」を目指してカルチャーを設計、言語化し、社内外に浸透させることによって期待値ギャップをなくすように心がけています。

そうすることで、エンゲージメントの高い社員が増え、組織力を強みとしながらビジネスを成功させているのです。

カルチャーを言語化し共有化するために「カルチャーモデル」をつくる

この本では、カルチャーを言語化し共有化するための手法について、具体的な事例とともに触れていきます。

実際にあなたの所属する組織において、カルチャーモデルを推進するための手引書となれば幸いです。

いまや終身雇用制が崩壊し、労働人口が減少し、雇用の流動化が進むなか、採用において「選ばれる企業」でなければなりません。

先に触れたグーグルやネットフリックスといった会社は、給与体系や福利厚生だけで選ばれているわけではありません。

カルチャーを重視し言語化することで、採用市場において優位に立ち、優秀な人材を採用することに成功しているのです。

カルチャーを言語化し「いい会社」をつくることは、人事担当者のみならず、各領域のマネージャーや経営者にとってこれから欠かせない営みとなることでしょう。

またこれは、会社単位というだけではなく、事業や部門といった組織単位でも検討可能ですし、小さなチームからでもスタートできます。カルチャーは人が集まるグループであれば、どこにでも生まれるものですから、企業に限らず、サークルやクラブ活動などの個人的なコミュニティにおいても応用できるはずです。

カルチャーモデルの推進によって、「いい会社」が増え、私のように「いい会社で働いているな」と、自然に感じられる社員がひとりでも世の中に増えること。

ひとりでも多くの働く人が、自分の価値観と一致した、「働きやすい」と感じられる職場で働けること。

成長しながら成果を挙げ、楽しく生き生きと働ける人が増えることを、心から願っています。

*1 『毎年生まれる100万人にフォローされる商売を考えよ 金持ちだけが持つ超発想』藤田田(KKベストセラーズ)


著者プロフィール

唐澤俊輔(からさわ・しゅんすけ)

Almoha LLC, Co-Founder

大学卒業後、2005年に日本マクドナルド株式会社に入社し、28歳にして史上最年少で部長に抜擢。経営再建中には社長室長やマーケティング部長として、社内の組織変革や、マーケティングによる売上獲得に貢献、全社のV字回復を果たす。
2017年より株式会社メルカリに身を移し、執行役員VP of People & Culture 兼 社長室長。採用・育成・制度設計・労務といった人事全般からカルチャーの浸透といった、人事・組織の責任者を務め、組織の急成長やグローバル化を推進。
2019年には、SHOWROOM株式会社でCOO(最高執行責任者)として、事業成長を牽引すると共に、コーポレート基盤を確立するなど、事業と組織の成長を推進。
2020年より、Almoha LLCを共同創業し、人・組織を支援するサービス・ツールの開発を進めつつ、スタートアップ企業を中心に組織開発やカルチャー醸成の支援に取り組む。
グロービス経営大学院 客員准教授。


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