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アイスランドから見る風景:vol.19-2 アイスランドで簿記を勉強する -後編-

さて、前編からかなり時間が経ってしまったが、あれから2つ大きな変化があった。ひとつは、アイスランドでの簿記・中級コースを無事終了したこと、そしてもうひとつは、6月の一時帰国時に簿記3級の試験に合格したことである。今回はこの2つのトピックに焦点をあてながら、コラムの続きを書いてみようと思う。

初級のおばあちゃん先生のコース終了後すぐに、次の中級コースが始まった。最初の4回はエクセル。簿記に必要な関数に重点を絞った授業内容だ。本来は簿記の先生が教えるはずだったのが、他で受け持っていた授業と重なったらしく、急遽別の先生がこの部分だけ受け持つことになった。何と今度は60歳半ばくらいのおじいちゃん。しかも通常はエクセルのコースを教えていることから、授業の進行が速いこと速いこと。次々と課題を説明してこなしていく先生に、生徒たちは真っ青である。先生は絶好調だったのか、休憩もなく2時間ぶっ通しで話し続け、疲れた様子を微塵も見せなかった。

理解するための十分な時間を与えられずに、新知識に頭がパンクしかかっていたわたしは、そこで思わず手を挙げた。「ちょっとお手洗いに…」 もう実力行使でしか授業は止められない。「おお、もうこんな時間か。じゃあ、今日はこれでお終い」そう言った先生に「いえ、まだ授業時間は1時間半あるのですが…」と生徒の一人が答える。話の流れから、先生は授業時間を1時間短く見積もっていたようで、そのために授業が駆け足になってしまったようだった。責任感が強いといえばそうだろうが、事前にもうちょっと授業内容と生徒のレベルを把握していて欲しかった…。

面白いことに、2回目の授業から事務所の女性職員とおばあちゃん先生が交互に顔を出して、エクセルの先生を休憩に誘い出すようになった。きっと生徒から状況を聞き及んだのだろう。授業を始めるとなかなか止めることができないこの先生に「お茶が入った」「今日は○○があるからどうぞ」と声をかけて、授業を否応なしに一旦中断させる行動に出たのだ。そんな声掛けも初級の授業と同じ間合いだったので、生徒たちもいい塩梅で息抜きできるようになった。たとえ数分でも、加熱しすぎた脳を冷やすことは大切なのだ。

エクセル授業が終わったときは、妙に安心した。次回から簿記だ、それなら何とかなるだろう。前回に比べれば、かなり歳の若い先生が担当になるが、その分授業が気さくな雰囲気になるかもしれない。

わたしの予想は半分当たって、半分外れた。何とかなりはしたが、途端に宿題が増えた。授業の内容も初級が完全に理解されていることが前提で、基本的に重複するところはない。授業の速度も以前と比べると格段に速い。確かに生徒たちと年齢が近いために、授業での口調も対等だ。しかし、わたしには少し困ったことがあった。それは、先生の口調がくだけすぎてジャルゴンが多くなり、しかも先生が早口なことから授業が聞き取りにくくなったのだ。

時間の配分、説明の仕方や言葉使い、何が重要で何を優先するか。経験の長い先生は、このことがよく分かっている。エクセルの先生も中級の先生も、教えているのが自分たちの専門分野なので、生徒の理解できない理由が
即座には分からない。その点、おばあちゃん先生はすごいと思った。初級ということもあって、使命はあくまで生徒全員を掬い上げることだ。それが中級になると、分からない人たちは少しずつ遅れを取り始める。

日本と違うことを実感したのは、先生の理解できない生徒たちへの対応だった。「できなければ、それでいいわよ」「宿題も提出できる人は提出して」「課題の幾つかには、点数をつけないといけないけど、つけて欲しくない人は事前にそう言って」これらはすべて、中級の先生の口から出た言葉である。授業の内容を理解する、宿題を提出する、成績がつけられることは、コース受講の前提であり、意義そのものだ。しかし、先生も授業が理解できない生徒を数多く見てきたのだろう。確かに簿記を理解せずとも、記帳はできる。わたしも実際そのクチだったのだ。理解できないことで劣等感を持たせるよりも、できなくても少なくとも最後まで授業を受けさせたほうが、先生にも参加した本人にもいいに決まっている。

アイスランドには面白い言い回しがある。日本語に訳すと、「自分の領土では自分が領主」、つまり「自分の人生では、自分が主人公」なのだ。だから人とは比べない、自分は自分でよしとする。やり過ぎれば自意識過剰、もしくは現実逃避になってしまうから、さじ加減はなかなか難しい。ただ、逃げ道があるのはいいことだ。なぜなら、尊厳を失わなわずに済むからだ。自分には限界があるし、できると思っていても、上にはさらに上がいる。しかし、あくまで自分の本領を発揮することに意識を集中させると、他人との比較は減り、劣等感を持ったり、卑屈になったりせずに済むように思う。分を知ることで、自分の闘う土俵が見えてくることもある。

課題は本来自分の力でしないといけないが、先生はTeamのチャットで生徒同士が分からないことを話しあうのは奨励した。Teamの内容は、基本的にみなが見ることができる。「一人ずつの質問には答えられないけど、話合っている内容がかなり脱線しているようなら、わたしも声をかけるかも」と先生は言った。成績を付ける以上、公平でないといけないのだが、このフォローもなかなか上手な距離の取り方だと感心した。

税理士に見てもらう前にチェックをしないといけない確認事項のリスト。決算整理仕訳の順序も書かれている。写真の女性が中級の先生。先生はプリント柄が好きだったのね。授業についていくのに必死で、先生のおしゃれにまで気が付いていませんでした。スミマセン…。

アイスランドでの簿記・中級コースの開始と同時に、わたしは日本の簿記3級の試験に向けての準備も始めた。日本への一時帰国の日程も決まっていたし、言語こそ違うが、基本同じ内容を勉強しているのだから、日本で試験を受けない手はない。ただ、アイスランド語で専門用語を日々耳にしていても、わたしは日本語の会計用語に馴染みがない。読むだけだと、目で字ずらを追いはしても、言葉が記憶に留まらないのは確実だと思った。そこで、まずは専門用語を頭にしっかりと叩き込むべく、時間と量を決めてYouTubeで簿記3級の授業を見ることにした。

これは非常に助かった。わたしが見たのは、Amazonでの売り上げが一番と宣伝されている先生のものだったが、さもありなんという分かりやすい内容で、基礎の基礎を学ぶのに適しており、トピックの割り振り、動画の長さも適度で(長いものは数回に分けて見た)、初めて簿記を学ぶ人たちには無理のない良いコースだと実感した。アイスランド語での授業で理解していなかったことも、日本語で説明をされてなるほどと合点がいくことも多々あった。

しかしながら、その後過去の試験をダウンロードして解き始めると、すこし事情が異なってきた。試験が大きく3つのパーツに分かれているのを知ったのはこのときだ。第1問目の仕訳と第3問目の決算整理仕訳の試算表は、多少のルールの違いこそあれ、根幹はアイスランドの簿記と同じだ。問題は第2問目の補助簿の記帳と勘定記入である。アイスランドでは、PCソフトがすべての補助簿を作成してくれるから、実務では自分で作成する必要はない。初級の授業でエクセルを使って精算表を作ったとき、実際に売上帳、仕入帳は別途に記載したし、商品有高帳こそ作らなかったが、先入先出法や移動平均法での単価の割り出しは学んだ。しかし、記帳の方式が日本とは違う。この部分からは、YouTubeではなく、オンラインで説明されているHPを参照にした。

過去問に目を通しておくのは大切だと実感したのはこのときだ。試験の内容を把握することはもとより、60分という短い時間をどの問題にどれだけの振り分けるか、その配分を練ることは肝心である。決算整理仕訳を理解して、それが正しくできることが大前提だが、財務諸表を全部几帳面に記入することで時間を浪費するよりも、得点に加算される部分を正しく回答することに力を入れたほうが合格に繋がる。

初めてこの第3問にチャレンジしたときは、わたしは自分ののろカメ速度に腹が立った。まったりと解いていると、あっという間に時間が経ってしまい、半分も回答できない。まずは、精算表の作成の時間短縮、習うより慣れろの精神で、試験3週間前から第3問の過去問を毎日時間を計って解くようにした。20分過ぎたら、一度手を止めて、回答できなかった部分を確認し、そこがどのように得点に結びついているかもチェックする。この毎日の精算表ドリルは、ネットの過去問を印刷して、すべて紙面で行った。これだと、どこにいても、空きの時間で解くことができると思ったのだ。(と言っても、いつでもどこでも過去問に向き合う、という気力はなかったが…)

その後の大仕上げは実際のネット試験のシュミレーションだ。それは下記のHPで行うことができた。このお試しは大変有難かった。試験の構成、時間の表記、合否判定など、本番とほぼ同じ条件を体験できる。ネット試験を受ける人間は、画面と紙を同時に使って回答をする必要があるので、筆記だけというのとは、多少ニュアンスが違う。一時帰国の縛りのために、ネット試験という選択をしたものの、日ごろPCで仕事をしている人間にはこちらのほうが馴染みやすい。試験会場の緊張感が好きな人であればともかく、ネット試験は受けやすく結果も即時にでるので、自分には向いていると思った。

高知市五台山から見た街並み。
アイスランドの木のない山を見慣れているせいか、
お山の緑の力強い生命力には感銘を受けた。
ちなみにネット試験は名古屋で受けた。

上記のような手順でネット試験の準備をして、6月末の試験に合格することができた。ネットの口コミを見ていると、独学でも90点、満点に近い点数で合格している人たちが多くいるので感心するが、合格は合格、8割の点数でも良しにした。試験時は、両側の隣の席が空いているとうれしい、または音のしない計算機があったら、なんて思いもしたが、問題を解き始めると多少の雑音は気にならなくなる。欧州ではすでにマスク撤廃になっているので、マスクをしながらの試験は息苦しかった。少なくとも通気性のいい夏用仕立てマスクを用意しておいて良かったと実感。学生時代以降、〇十年ぶりの試験体験だった。懐かしいといえばそうだし、試験はやっぱり大変、というのも正直な感想だ。

テスト終了後に、各設問の合計点数の詳細を見ることができる。やはりわたしには第2問の点数が一番低かった。仕訳は正しくできるのに、決算整理仕訳をT字勘定で記入する、その方式を完全には理解していないことがよく分かった。この部分は今後の課題であるが、どなたかいい教材やリンクをご存じなら、ぜひ教えていただきたい。アイスランドの簿記の試験は、ざっと見たところ日本の商業簿記3級と2級が混ざった内容なので、今回間違えた箇所は今後のためにしっかり理解する必要がある。

ちなみにアイスランドの簿記の試験は、エクセル、簿記、税法の3部門に分かれており、この3つの試験においてそれぞれ7割正しく回答することが条件であるものの、一度に全部合格する必要はなく、3年以内に全試験を終わらせればいいらしい。アイスランド人にとっての鬼門は税法、と先生は言っていた。えっ、外国人のわたしもアイスランドの税法を勉強するのですか、と気が遠くなる思いがする。しかしまずは、エクセルと簿記の学習に集中しようと思う。その流れで、そうですね、簿記2級にもチャレンジしたいな。そんな欲も出てしまった。

高知の路面電車。
2両編成でゆったりとした速度で街路を走る。
高知は昭和の時が止まったような場所、という印象を受けた。

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