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香木と妻

2016年に10年以上お付き合いを続けてきた中学校の同級生と結婚した。中学の頃から「私は看護士になる」と宣言してきた妻は、その夢を叶え、現在もその仕事を続けている。誇り高く仕事をし、家事もそつなくこなす妻には本当に頭が上がらないのだが、一つだけ大きな不満があった。

それは、私の大好きな「香木」を「そこら辺に落ちているような木じゃん」と一蹴すること。これに関しては私も黙っていられないと、言い争いを申し込もうと鼻を鳴らすのだが、ふと我に返って手元の香木を見ると、その昂ぶりは冷める。確かに、知らなければただの木かもしれない──言い争っても、コテンパンに負けるのが分かっているので、自分でそう言い聞かせているだけのような気もするが。

妻が夜勤の時は、仕事を早々に終え、急いで帰る。普段、あまりに混雑している電車には乗らないようにしているが、この時ばかりは違う。ギュウギュウ詰めの特急の満員電車に乗るのが全く苦にならない。「香木」が待っているからだ。

妻の夜勤日=「入澤香木研究所」の営業日なのだ。仕事でもそうだろうが、何かにひたすら向き合っていると、周りが「だんだん」理解してくれる。妻もそうだった。“ただの木”であった反応は、やがて「良い香りがする〜」になり、いまでは「伽羅?羅国?いっぱいあるんだね、私も知ってみたい」と興味を抱いて“いただける”ようになった。

心の中で三三七拍子、いや万歳三唱までするものの、私は一切それを表に出さない。ここで調子に乗ったらいけないことは、これまでの付き合いで十分理解しているから。ちょっとずつ小出しにして、次回の“お声かけ”を待つ。そんなことを繰り返しながら今に至る。大変な苦労である……。

しかし、この過程で私自身もいろいろなことを学ぶことができた。勉強したことや感じたことは、自分一人に問いかけるよりも、誰かに話すことで整理できる。妻を通じて、本では学べないことを発見できた。

ところで、私は伽羅の香りが最も好きだが、妻は真那賀が好きだという。真那賀は、「女のうち恨みたるが如し」とも表現される。怖さは増すばかりである。

【連載】香木研究所
「敷居が高い」と思われがちの香木・香道ですが、私は単純に香木の香りに魅了され過ぎて、その敷居を感じる間もなく不躾に接してしまったと今さらながら猛省しています。しかし、香木・香道を通じて私と関わっていただいた方々は、皆様素晴らしい人間力をお持ちでした。この連載は若輩者である私にご指導・ご鞭撻下さった諸先輩方、そしてこれから香木に触れることになる方に向けて、これまでの感謝とともに、香木を通じた心の変化を綴っていきたいと考えています。いつの日か、この連載を読まれた方と香木について語り合える日が来たらと夢見ております。
前回の記事:ピンセット香道

【著者】
学生時代に多くの外国を訪問。特にオーストラリアとネパールには並々ならぬ思い入れを持つ。海外での経験を重ねるごとに日本を顧みる機会を得て、約9年前に香木に出会い、一生の友とすることを誓う。その友を知ってほしく日々紹介するものの、伽羅以外を受け付けない妻に孤軍奮闘中。いつの日か好きな香木と香りを通じて知り合った仲間と一緒に、純粋に香木を楽しめる空間を持つことが夢。「香りで繋がりたい」と心底願っている、語学教育総合企業に勤務する35歳。

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