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小説のつづき Part2 7

朝からピアノを調律する音が響いている。
もう随分時間が経ったが一向に終わる気配がない。

ユミは冷たく晴れ渡った光の中で、濃い目のコーヒーを煎れる。
金色の細かな泡がたくさん立つと少し幸せな気分になる。
そして、部屋中にモカの甘い香りが広がる。
いつもの倍の時間をかけてデキャンタは一杯になった。

ユミは調律の音を聴くたびに子供の頃を思い出す。
毎年、春になると調律師のおじさんが朝からやってきた。
そして、調律が終わるまでの時間はとても長く落ち着かなかった。
両親と調律のおじさんの前で必ず一曲披露しなければならなかったから。
一年も練習したんだから、「とても上手になったね」と行ってもらわないと。
と子供心にそう思った。

そんな事を思い出していると調律師から声がかかった。
彼はキータッチで気になる所はないか訊ねた。
ユミの話を聞いて、微妙に下がっている鍵盤に薄いシムをかませ、硬くなったハンマーのフェルトに針を刺して細かく最後の調整をする。

「ずいぶん弾きこみましたね。ピアノが全体に軽くなった」
「ええ、ようやく調子が出てきたみたいです」
「いい感じに枯れてますから、弾くほどに鳴ってきますよ。空調も入れっぱなしで安定してるからこれで音程は完璧だと思います。今日は最後まで居ますから気づいたことがあればまた言ってください」

重い鍵盤を嵌め込んで組立て直すと、弾いて確認するように促された。
ユミは、やっぱり弾くんだと思うと懐かしい緊張感に包まれた。

観客はカズヤにシンジ、そして動き回る原田。
そして、さっき着いたばかりのパーカッションの千草だった。
みんなは、思い思いに椅子を持ち寄りピアノの周りに腰掛けた。

ユミはおどけてクラシックのアーティストのように優雅なお辞儀をした。
シンジが「昨日弾いてたクラシックお願いしま〜す」と言う。
彼女はちょっと笑って「オッケー」と応え、フッと真顔になると、右手から印象的な旋律が流れ出した。
つづく左手のゆったりした音が旋律を支えるようにひときわ美しい。
一音、一音がこぼれるようにみんなの体を通り過ぎ、床に散らばる。
窓から入る冬の陽は鋭く、ユミの長い髪を刺す。

ユミの弾くショパンはセッティングで動き回っていた原田も止めてしまった。彼はケーブルを持ったまま立ち尽くしている。
鮮やかな音色が一つ一つ消えてゆき、微かに残る最後の音がペダルを離して消えるとシンジとカズヤの大袈裟な歓声とみんなの拍手が上がった。
ユミは再びピアノの前に立ち深々と優雅にお辞儀を決めた。

「カズヤ!その拍手大袈裟じゃない」とユミが言うと、原田が「録音しとけばよかったな」と笑って、慌てて「いや〜ホントに良かったですよ」と大真面目に言った。
それがおかしくて、またみんなで笑った。

カズヤがユミさんのコーヒーを飲んだら千草さんと合わせたいという。
パーカッションのセッティングも終わっていた。
あと、楽器はフルートの城のみ。

黒木とアレンジャーの鈴木が乗るボルボに同乗してくるらしい。
ユミとは昔からのスタジオミュージシャン仲間だ。
気心は知れている。演奏のスタイルもわかり安心だ。

スタジオは束の間、小春日和の空気を纏っていた。

                  つづく

小説のつづき の続編 原稿が途切れ途切れにしか残ってなくて。オーディションに合格したユミは、年明けから河口湖のスタジオに改造された別荘にいる。カズヤとシンジのデュオをデビューさせるために。 この7はレコーディング前のシーン。初回は河口湖に佇む寂しげ?不安げ?なユミの姿から始まる。見てる人ほぼいないから、欠落してる原稿の雰囲気を思い出すために残っていた7を推敲加筆してアップするよ。 次はリズムを掴んんで 1   から始められる予定。